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【9/7書籍発売】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第二章 杖作成

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【書籍発売記念SS】欲しかった言葉

こちらは、第一部終了後、第二部に入ったあたりの時系列のお話です。

現在は最新話の位置に掲載していますが、後日章分けを行い、「第一部番外編」へ移動する予定です。

 机の上に広げた資料へ目を落とす。

 領地に関する報告書は、ようやく半分ほどまで目を通し終えたところだった。


 もう少し。

 せめて、この束だけでも終わらせてしまいたい。


「ノエリアさま」


 声をかけられ、顔を上げる。

 扉のそばに侍女が立っていた。


「昼食のご用意が整っております」


「もうそんな時間?」


 窓へ目を向ければ、夏の日差しはすっかり高くなっている。

 集中しているうちに、ずいぶん時間が経っていたらしい。


「ありがとう。これだけ確認したら行くわ」


「かしこまりました」


 侍女が一礼して退出する。

 私は再び資料へ視線を落とした。


 さて、急いで終わらせよう。

 一枚めくる。

 さらに次の一枚へ。


 ここまで確認したのだから、関連する資料にも目を通しておいたほうがいい。

 そういえば、さっき気になった数字も確認しておきたい。

 別の資料を引き寄せる。


 これだけ。これを確認したら、本当に終わり。

 そう自分に言い訳していると、扉が叩かれた。


「どうぞ」


 入ってきたのはグレンだった。

 腕の中にはリーヴがいる。

 淡い若葉色の小さな体をグレンに預け、こちらを見つめていた。


「どうしたの?」


「ノエリアさま、まだこちらにいたんですね」


「ええ。もう少しで終わるわ」


 グレンが壁の時計を見る。

 つられて私もそちらへ目を向けた。


「……あら」


 昼食の時間を、ずいぶん過ぎている。


「食事、できていますよ」


 その言葉に、手が止まった。


「さっき、侍女にも呼ばれたのだけれど……」


「そうだったんですか?」


「これだけ終わらせてから行こうと思っていたのよ」


 そう言って机を見る。

 けれど、まだ目を通していない資料はたくさん残っていた。

 グレンも机へ目を向ける。

 残った資料をひととおり眺めてから、困ったように私を見た。


「何よ」


「何も言っていません」


「顔が言っているわ」


「そうですか?」


 本当に自覚がないらしい。

 そのとき、リーヴが私へ小さな手を伸ばした。


「あら。どうしたの?」


 指を差し出すと、きゅっと握られる。


「さっきから、ノエリアさまを探しているようだったので」


「それで連れてきてくれたの?」


「はい」


「ごめんなさい、リーヴ。待たせてしまったわね」


 もちろん、リーヴは昼食を必要としない。

 食べ物には興味を示さず、光と水と魔力で満たされている。


「グレンはもう食べたの?」


「まだです」


「どうして?」


「三人で食べると思っていたので」


 あまりにも普通に返されて、一瞬、言葉に詰まった。


「先に食べていてよかったのに」


「急いでいたわけではありませんから」


「でも、待たせてしまったでしょう?」


「僕が勝手に待っていただけです」


「……ごめんなさい」


「謝らないでください。三人で食べようと思っていただけなので」


 グレンは気にした様子もなく答える。


「わかったわ。もう切り上げる」


 資料を閉じる。

 散らばった紙を重ね、筆記具を片づけようとしたところで、グレンに呼ばれた。


「ノエリアさま」


「何?」


「それは後でもいいんじゃないですか?」


「でも、このままでは──」


「食事はもうできていますし、これ以上遅くなってしまいますよ」


 食事はもうできている。

 私は手にしていた資料を机へ戻した。


 ──ご飯、できてるよ。


 不意に、前世で欲しかった言葉がよみがえった。


 子どものことで手いっぱいだった日。

 もう何もしたくないほど疲れているのに、冷蔵庫の中身を思い浮かべて、今日の夕飯を考えた日。


 誰か、ご飯を作ってくれないかな。

 作るところまでいかなくてもいい。今日の夕飯をどうするか、私より先に考えてくれるだけでも助かる。


 子どもの明日の持ち物は何だったか。

 足りない日用品はないか。

 今週中に済ませなければならないことは何か。


 実際に手を動かすことだけが負担だったわけではない。

 何が必要なのかに気づき、考え、段取りをつけるところから、ずっと私の役目だった。

 家のことも、子どものことも、一緒に考えて、一緒に背負ってくれる人が欲しかった。


 けれど、結局はそのたびに私が考えて、私が動いた。

 そんな毎日を繰り返すうちに、いつの間にか期待することをやめ、一人で背負うのが当たり前になっていた。


「ノエリアさま?」


 我に返って顔を上げる。

 グレンがこちらを見ていた。


「どうかしましたか?」


「……いいえ。何でもないわ」


 今の私は公爵令嬢だ。

 食事を自分で用意する必要もなければ、身の回りのことも使用人たちがきちんと整えてくれる。


 けれど、グレンは私がまだ食事に来ていないことに気づき、リーヴを連れて様子を見に来てくれた。

 私が頼んだわけでも、何か言ったわけでもない。

 それが、なんだか嬉しかった。


 ……こういうのに弱いのよ、私。


「行きましょう」


「はい」


 立ち上がり、グレンと一緒に部屋を出る。

 リーヴはグレンが抱いている。


     ◇◆◇


 食堂には昼食が用意されていた。

 リーヴのための籠も置かれている。

 けれど、グレンが下ろそうとすると、小さな手が服をつかんだ。


「まだ抱いていてほしいの?」


 声をかけると、リーヴはグレンの服をつかんだまま離さない。

 グレンが困ったように笑った。


「このままでも大丈夫でしょうか」


「ええ。あなたが食べにくくないのなら」


「大丈夫です」


 グレンはリーヴを抱いたまま、食事を始めた。

 私も料理を口へ運ぶ。

 食べ始めてみれば、かなりお腹が空いていた。


 やはり、もっと早く仕事を切り上げるべきだった。

 次からは気をつけよう。


 しばらくして顔を上げると、グレンがリーヴの様子を見ている。

 リーヴが動くたびに視線を向けるものだから、手元の料理はほとんど減っていない。


「グレン」


「はい?」


「あなたも食べなさい」


「食べていますよ」


「全然減っていないじゃない」


 グレンが自分の皿を見る。


「……本当ですね」


「もう」


 笑いながら、リーヴへ両手を伸ばす。


「今度はこっちへいらっしゃい」


 リーヴもすぐに手を伸ばしてきた。

 グレンから受け取り、膝の上に抱く。


「私が抱いているから、あなたは食べて」


「でも、ノエリアさまもまだ途中ですよね」


「私はちゃんと食べているでしょう?」


 私とグレンの皿を見比べる。

 さすがに反論できなかったらしい。

 グレンが大人しく食事へ戻った。


「ほら。冷めるわよ」


 そこまで言ってから、気づいた。

 少し前、同じようなことをグレンに言われたばかりだ。

 思わず口元が緩んでしまう。


「どうしたんですか?」


「何でもないわ」


「さっきからそればかりですね」


「あら、そうだった?」


 リーヴを抱き直しながら、とぼける。


 グレンがリーヴを見ている間は、私が食べる。

 私がリーヴを抱けば、今度はグレンが食べられる。


「ノエリアさま」


「何?」


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 グレンがようやく食事を進め始める。


 乙女ゲームの世界に転生して、よりによって悪役令嬢になった。

 恋だの愛だのが物語の中心になる世界なのだから、もっと甘い言葉にときめいてもよさそうなものだけれど。


 実際のところ、私の心に残っているのは、グレンが何気なく口にした一言だった。

 悪役令嬢に転生してまで、気になるのがそこなのか。

 我ながら色気がない。


 ──「愛してる」より、「ご飯できてるよ」。

本日9月7日、『ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件』第1巻が、SQEXノベル様より発売されました!


書籍版はWeb版から加筆・改稿し、新たなエピソードも収録しています。

発売記念SSとあわせて、お楽しみいただけましたら幸いです。


また、初めて原作を担当したWebtoon、『二重人格レディー~私の中の最強悪女が目覚めたら、危険な男たちに溺愛されました~』も、めちゃコミック様にて配信中です。

下記にリンクがありますので、こちらもご覧いただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
どこかで、『西洋人は直接「愛してる」と好意を伝えるが、アジア人は「ご飯食べた(てる)?」と相手に聞く事で気にかけている事を表し、間接的に愛を伝えている。』(親子間の情についてだったかもしれません)とい…
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