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【9/7書籍発売】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第二章 杖作成

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28.私が、あなたに戻ってきてほしいの

 集合場所へ戻ると、リーヴはまだグレンへ向かって懸命に手を伸ばしていた。

 その姿に気づいたのだろう。少し離れたところにいたグレンが足を止め、こちらを見る。


「リーヴ」


 グレンが名前を呼ぶ。

 呼ばれたリーヴは、ますます身を乗り出した。


「わかったわ。今、出してあげるから」


 私は籠のそばにしゃがみ、リーヴを抱き上げた。

 するとリーヴは私の腕の中で身をよじり、なおもグレンへ手を伸ばす。

 そこまでグレンのもとへ行きたいのか。

 リーヴを抱いたまま、グレンのもとへ歩み寄る。


「……グレン」


「ノエリアさま」


 久しぶりに、きちんと名前を呼び合った気がした。

 学園では毎日のように顔を合わせている。

 けれど、視線が合えばどちらからともなく逸らし、必要以上に近づくこともなかった。

 こうして向き合うのは、グレンが公爵邸を出て行ったあの日以来かもしれない。

 私の腕の中で、リーヴがもう一度身をよじった。


「ほら。グレンよ」


 私がリーヴを差し出すと、グレンは一瞬ためらったあと、そっと受け取った。

 途端に、リーヴがグレンの胸元へしがみつく。


「……リーヴ?」


 予想していなかったのか、グレンの腕がわずかに強張った。

 リーヴは小さな両手でグレンの制服をぎゅっと掴み、顔まで胸元へ押しつけている。

 グレンが背中を撫でても、離れようとしない。


「あなたがいなくなってから、ずっと元気がなかったのよ」


「……そうだったんですか」


 グレンの表情が曇る。

 グレンは腕の中のリーヴを見つめ、もう一度その背をゆっくり撫でた。


「ごめん、リーヴ」


 グレンが小さく謝ると、リーヴは制服をさらに強く掴んだ。

 私は二人から目を逸らした。


 リーヴは寂しかったのだ。

 私が思っていた以上に、ずっと。


 グレンがいなくなってからも、リーヴのことは私がしっかり見なければと思っていた。

 けれど、それは前世から染みついた、何でも一人で抱え込もうとする癖だったのかもしれない。

 リーヴは私とグレン、二人の魔力から生まれた。

 私が一人で何とかしようとするのではなく、グレンと二人で向き合うべきだったのだ。


 グレンはしばらくリーヴの背を撫でていたが、やがて私へ顔を向けた。


「リーヴに会わせてくださって、ありがとうございます」


「……ええ」


 丁寧な言葉遣いは、いつもと変わらない。

 それなのに、妙に遠く感じた。

 グレンは再びリーヴへ視線を落とす。


「そろそろ戻った方がいいですね。みなさんも待っていますし」


 そう言って、グレンはリーヴを私へ返そうとした。


「待って」


 思ったより強い声が出た。

 グレンの手が止まる。


「ノエリアさま?」


「あなたに、聞きたいことがあるの」


 今度こそ、きちんと話す。

 そのために戻ってきたのだ。


 私は周囲を見回した。

 他の生徒たちは、それぞれ実習を終えた仲間と話したり、教師に杖を見せたりしている。


「少しだけ、いいかしら」


「……はい」


 グレンが頷く。

 リーヴは相変わらずグレンの胸元にしがみついたままだ。

 私とグレンは、そのまま集合場所から少し離れたところまで移動した。


 向かい合った途端、何から話せばよいのかわからなくなる。

 けれど、もう自分一人で答えを決めるつもりはない。


「グレン」


「はい」


「あなたは、どうしたいの?」


 私が尋ねると、グレンは目を瞬かせた。


「……どう、とは」


「これからのことよ。あなたが公爵邸を出たとき、私は引き止めなかったわ」


「……はい」


「その方が、あなたのためだと思ったから」


 グレンの表情がわずかに曇った。


「あなたのお父さまが、公爵家との関係を利用しようとしていることもわかった。私のそばにいれば、あなたまで巻き込まれるかもしれない。それなら、離れた方がいいと思ったの」


 あのときは、それが正しいと信じていた。


「でも、それは私が勝手に決めたことだった」


「ノエリアさま……」


「あなたが何を考えているのかも、何を望んでいるのかも聞かずに、私一人で答えを出してしまった」


 グレンのためだと考え、守っているつもりだった。

 けれど、それだけでは駄目なのだ。


「だから、今度はあなたに聞きたいの。あなたは、どうしたい?」


 グレンは何も言わなかった。

 腕の中で、リーヴが小さく身じろぎする。

 グレンはその背を撫でながら、しばらく考えていた。


「……戻りたいです」


「公爵邸へ?」


「ノエリアさまのそばに戻りたいです」


 息が止まりそうになった。

 その答えを、私はずっと待っていたのかもしれない。


「リーヴとも、また一緒にいたいです。それに……これまでのように、ノエリアさまを支えたいと思っています」


 嬉しかった。

 張りつめていたものが、ようやくほどけていく。


「それなら、戻ってくればいいでしょう」


 けれど、グレンは頷かなかった。


「……今は、戻れません」


「え? ……戻りたいのでしょう?」


「はい」


「なら、どうして?」


 グレンはすぐには答えなかった。


「何も変わっていないからです」


「何が?」


「僕の立場も、父のこともです」


 その答えに、私は何も言えなくなる。


「今戻っても、また同じことになると思います。父が公爵家との関係を利用しようとするかもしれません」


「それなら、私が──」


「またノエリアさまに守っていただくんですか?」


 グレンの言葉に、続きを飲み込んだ。

 グレンは責めるような口調ではなかった。

 むしろ、自分を嘲るようにわずかに口元を緩めた。


「それが、嫌なんです」


「嫌?」


「ノエリアさまに迷惑をかけて、そのたびに庇ってもらうだけなのは嫌です」


 グレンは腕の中のリーヴへ一度視線を落とし、それから再び私を見た。


「僕は戻りたいです。でも、今は戻れません」


 言っていることはわかる。

 グレンの意思を聞こうと決めたのは、私自身だ。

 その答えを尊重しなければならない。


 ──それなのに。


「……でも」


 気づけば、そんな言葉が漏れていた。


「ノエリアさま?」


 グレンが不思議そうに私を見る。


 どうして、こんなにも納得できないのだろう。

 「戻りたい」という言葉に期待した分だけ、「戻れない」という答えを受け入れられなかった。


「僕がどうしたいか、聞いてくださったんですよね」


「聞いたわ」


「では……」


「聞いたけれど……戻りたいと言ったあとに、戻れないなんて言われるとは思っていなかったのよ」


 グレンは黙ったまま、私を見返した。


 言ってから、これではグレンの意思を聞いておきながら、その答えに不満を言っているようなものだと気づく。

 自分で決めろと言いつつ、決めると怒る。典型的なモラハラじゃない……。


「……ごめんなさい。今のは忘れて」


「いえ」


 グレンはしばらく何かを迷っていたが、やがて口を開いた。


「では、ノエリアさまは?」


「私?」


「ノエリアさまは、どうしたいんですか?」


 不意を突かれ、言葉に詰まる。

 グレンはまっすぐ私を見ていた。


「僕に聞いてくださったから……僕も、ノエリアさまがどうしたいのか知りたいです」


 今度は、私が答える番だった。


 考えていなかったわけではない。

 むしろ、何度も考えた。


「……あなたを夫として迎えて、私が公爵家を継ぐ」


「え?」


 グレンが息を呑んだ。


「それが一番理想的なのではないかと、考えたことはあるわ。あなたなら、公爵家をきちんと支えてくれると思う。リーヴのこともわかっているし、私とも……」


 そこまで言って、わずかに言葉が詰まる。


「きっと、うまくやっていけると思うの」


 グレンの耳が、見る間に赤くなっていった。

 けれど、今はそこに触れている場合ではない。


「でも、それでは駄目だと思った」


「どうしてですか?」


「あなたを利用しているだけになる気がしたからよ。公爵家を継ぐために夫が必要だから。あなたなら私を支えてくれるから。そんな理由だけで結婚するなんて、したくなかった」


「……僕が嫌だと言うと思ったんですか?」


「それも、わからなかったわ。あなたは優しいから。私が公爵家の娘として頼めば、立場の違いから断れないと思うかもしれない。そう考えて……」


 そこまで口にして、私は小さく息を吐いた。


「でも、それも私が勝手に決めていただけだった」


 グレンの気持ちを聞かないまま。

 また、自分一人で。


 だから、今日は聞いた。

 グレンは戻りたいと言ってくれた。

 それなのに──。


「では──公爵家のためでなければ、ノエリアさまはどうしたいんですか?」


 すぐには答えられなかった。


「それは……」


 答えようとして、言葉が止まる。


 公爵家のため。

 リーヴのため。

 グレンなら、きっと良い夫になるから。


 理由なら、いくらでも並べられる。

 けれど、それだけではない。


 公爵家を支えてくれる人が必要なだけなら、他にもいるだろう。

 良い夫になってくれる人だって、探せばいるのかもしれない。


 それでも──私が戻ってきてほしいと思うのは、グレンなのだ。


 グレンが公爵邸からいなくなってから、ずっと落ち着かなかった。

 教室で顔を合わせても、まともに話せないことが苦しかった。

 元気をなくしたリーヴを見るたび、グレンを引き止めなかったことが正しかったのかと迷った。


 そして今も。

 戻りたいと言われれば嬉しくて、戻れないと言われれば嫌だった。


「ノエリアさま?」


 名前を呼ばれて顔を上げると、グレンと目が合った。

 その腕の中では、リーヴがまだ制服をしっかりと掴んでいた。


 うまく説明できない。

 この気持ちが何なのかも、まだよくわからない。


 けれど、今の私が望んでいることだけはわかる。


「……戻ってきてほしい」


 グレンは声もなく私を見返した。


「公爵家のためだけじゃないわ。リーヴのためだけでもない」


 声が少し震えた。けれど、今度は目を逸らさなかった。


「私が、あなたに戻ってきてほしいの」

『ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件』の書籍発売まで、あと3日となりました!

9月7日、SQEXノベル様より発売です。

どうぞよろしくお願いいたします。


そして本日より、めちゃコミック様にて、

『二重人格レディー~私の中の最強悪女が目覚めたら、危険な男たちに溺愛されました~』

の配信が始まりました!


こちらは『ワンオペ母が悪役令嬢~』とは別の作品で、私が初めて原作を担当したWebtoonです。

下記のリンクからご覧いただけますので、お読みいただけると嬉しいです。

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