↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【9/7書籍発売】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第二章 杖作成

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/76

27.殿下、まだ私に好かれているおつもりでしたの?

「少し付き合ってもらおう」


 有無を言わせない口調だった。


 私は、もう一度グレンの方を見る。

 少し離れた場所で、リーヴもまた必死に小さな手を伸ばしていた。


 ……今なの?

 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。


 せっかく、やっと決めたのだ。

 リーヴをグレンに会わせて、それから私もきちんと話をする。

 今まで一人で決めていたことを、今度こそ彼自身に尋ねる。


 それなのに。


「長くはかからない」


 私の迷いを別の意味に取ったのか、ローレンス殿下がそう付け加えた。

 王太子である殿下から、わざわざ話があると言われている。

 ここで無視するわけにもいかない。


「……承知いたしました」


 そう答えるしかなかった。

 リーヴの方を見る。

 籠の縁を掴んだまま、まだグレンを目で追っている。


 胸の奥に焦りが広がる。

 少しだけ。本当に、少しだけだから。

 自分に言い聞かせ、私はローレンス殿下の後を追った。


 集合場所から少し離れたところで、ローレンス殿下は足を止めた。

 人の姿は見える。

 けれど、普通の声で話している限り、内容までは聞こえない程度の距離だ。


「それで、お話とは?」


 私から問いかける。

 殿下はすぐには答えなかった。


 いつもなら、自分の考えに迷いなどないように話す人だ。

 それなのに今日は、妙に歯切れが悪い。


「……カルディナート嬢」


「はい」


「もう、十分ではないか?」


 ──何が?

 思わずそう聞き返しそうになった。


「何のことでしょうか」


 ローレンス殿下の眉が、わずかに寄る。

 まさか通じないとは思っていなかったような顔だった。


「君も、いつまでも意地を張る必要はないということだ」


「意地?」


「そうだ」


 今度は少しだけ、いつもの調子が戻る。


「以前のことについて、今さら私も何か言うつもりはない」


 話が見えない。

 私は黙って続きを待った。


「君が急に態度を変えたことも、その後ベルマーを側に置いていたこともだ」


「……グレンを?」


「ああ」


 なぜ、ここで彼の名前が出てくるのだろう。


「シュプラウト育成では君とペアだった。実体化という前例のない結果も出した。細かな仕事も得意なようだし、補佐として使う分には悪くないのだろう」


 淡々と告げられる言葉に、胸の内へ小さな棘が刺さる。

 補佐として使う。

 その言い方が、妙に引っかかった。


「だが、もういいだろう」


 ローレンス殿下は、当然の結論でも告げるように続ける。


「私の気を引くために、あれを必要以上に側へ置いておく必要もない」


 一瞬。

 本当に、何を言われたのかわからなかった。


「……私が?」


「ああ」


「殿下の気を引くために、グレンを側に置いていたと?」


 確認すると、ローレンス殿下はわずかに目を細める。


「違うとでも言うのか?」


 違う。

 あまりにも違いすぎて、反論するより先に呆気に取られてしまう。


 最初のころならともかく。

 まさか、今でもそんなふうに考えていたなんて。


「では、殿下は……」


 私は言葉を選びながら問いかける。


「今でも、私が殿下をお慕いしているとお考えなのですか?」


 ローレンス殿下の表情が、わずかに変わった。

 けれど、それも一瞬だった。


「違うのか?」


 返ってきたのは、驚くほど迷いのない言葉だった。

 私は目を瞬かせる。そして──。


「違いますわ」


 はっきりと答えた。

 ローレンス殿下が黙る。


「以前の私が、殿下を追いかけていたことは事実です。ですが、今は違います」


「……」


「ですから先ほども申し上げた通り、殿下がどなたとご一緒されようと、私には関係ありません」


 今度こそ、ローレンス殿下の表情から余裕が消えた。

 ほんのわずかに目が見開かれる。


 ああ。

 やはり、先ほど女子生徒と二人で離れたことを、私が気にするとでも思っていたのね。


 ようやく腑に落ちた。

 けれど、わかったところで何も変わらない。


「……そんなはずはない」


 低く落とされた声に、今度は私が目を瞬かせる。


「何がでしょう」


「君は、あれほど私を追っていた」


「ええ」


「それが、急に何もなくなるなど」


 そこで言葉が途切れる。

 私はしばらく待ったが、続きはなかった。


「なくなりましたわ」


 静かに告げる。


「少なくとも、今の私に、殿下を恋愛の相手としてお慕いする気持ちはございません」


 言葉にしてみれば、驚くほど簡単だった。

 胸が痛むこともない。

 惜しいとも思わない。

 ただ、事実を伝えただけだ。


 ローレンス殿下は何も言わなかった。

 視線だけが鋭くなる。


「では」


 しばらくして、低い声が返ってきた。


「ベルマーは何だ」


「……グレン?」


「あれだけ近くに置いていたではないか」


 声音は落ち着いている。

 けれど、先ほどまでの余裕はなかった。


「公爵邸にまで住まわせていた。学園でも一緒にいることが多い。シュプラウト育成が終わってからもだ」


 次々と並べられる言葉に、私は眉を寄せた。


「だから、何でしょう」


「身分を考えろと言っている」


 胸の奥が冷えた。

 ローレンス殿下は、まるで当然のことを教え諭すように続ける。


「ベルマーは子爵家の、それも庶子だ。君はカルディナート公爵家を継ぐ立場だろう。補佐として側に置くことまで否定するつもりはないが、それ以上を望むような相手ではない」


 何かが、すっと冷めていく。

 少し前までの私なら──。

 グレンの身分を考え、彼の立場を考えて……きっと、似たような理屈を自分自身へ並べていたのかもしれない。


 もちろん、ローレンス殿下と私では違う。

 それでも。

 相手が何を望んでいるのかを聞かないまま、こちらだけで答えを決める。

 その点だけは──同じではないか。


 私は、もうやめると決めたばかりだ。


「殿下」


「何だ」


「なぜ、グレンが何を望んでよいかを、殿下がお決めになるのです?」


 ローレンス殿下の眉が動いた。


「私は事実を言っている」


「身分の差があることでしたら、私も存じております」


「ならば」


「ですが、それと彼自身が何を望むかは別の話ですわ」


 遮るように告げると、殿下が口を閉ざした。


「それに、私が誰を側に置くのか。誰を信頼するのか。それも、殿下にお決めいただくことではございません」


 静かな風が吹く。

 少し離れたところから、生徒たちの声が聞こえてくる。

 私には、もうこの話を続ける理由が見つからなかった。


「お話は、それだけでしょうか」


「まだ話は終わっていない」


「申し訳ございません」


 私は軽く頭を下げる。


「ですが、私には今、先に話をしたい相手がおりますので」


 ローレンス殿下の目が細められた。


「……ベルマーか」


 問いというより、確信に近い声音だった。


「ええ」


 迷わず答える。


「グレンです」


 沈黙が落ちた。

 ローレンス殿下の表情は崩れない。

 王太子らしい、整った顔のままだ。

 けれど、その目だけがひどく冷えて見えた。


 以前の私なら、その視線に怯んでいたかもしれない。

 けれど今は。


「それでは、失礼いたします」


 一礼して、踵を返す。


「カルディナート嬢」


 呼び止める声が背中に届いた。

 それでも、今度は足を止めなかった。


 私は集合場所へ戻る。

 籠の中で待っていたリーヴが、私を見つけるなり身を乗り出した。

 その向こうには、まだグレンの姿がある。


 ……待たせてしまったわね。

 私はリーヴのもとへ足を速めた。

『ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件』の書籍が、9月7日にSQEXノベル様より発売されます!


活動報告に、書籍版の収録内容や特典SSについて詳しくまとめています。

ご覧いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 『もう十分だろう?』はあんただよ、殿下。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。