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異世界の朝

 鼻をつままれたような息苦しさで、ぼくは目を覚ました。


「んぁ……?」


 まぶたをこじ開けるも視界は真っ暗で、毛布よりも肉厚な柔らかいなにかが、左右からぼくの顔面を包むように覆っている。

 息ができない……手をばたつかせると、温かいを通り越して熱い、しっとりと汗ばんだ柔らかなものむにっと掴んだ。


「やぁ……ダメだよ、古河くん、ラピスちゃんが見てる」


「ふぁ……ふ、夫婦とは、そんなことまでするものなのですか……」


 ぼくの身体に巻きついた四本の腕に、力が入る。


 この段になってぼくは、ようやく左右から二人の少女に抱きつかれているのだという事態を把握した。


 顔面に押しつけられているのは十中八九、弥生とリィルの豊満な胸であり、このままでは窒息死もあり得るだろう。


『ハッ!? ますたーの生命のピンチですっ』


 ラピスの声が聞こえ、視界が急に開けた。

 左右からぼくに抱きついてた二人の少女が、ベッドの下にいた蒼きスライムの触手によってはがされたのである。

 

 上体を起こして周囲を見渡す。

 

 弥生、リィル、福原さんの三人が、ぼくに抱きつくようにして、ぐっすりと眠っていた。


 ぼくは昨夜の出来事を思い出す。


 痺れにも似た甘美な快感が、いまだ後頭部の奥深く……脳髄のあたりで燻っている気がする。

 シーツに残る血痕は処女の証しであり、全員がぼくに純潔を捧げた。

 なまめかしい三つの嬌声は、いやというほど集落中に響いただろう。


「んゅ……奏人くんのいじわる……」


 弥生の唇から、寝言がこぼれる。

 言葉のわりには、やけに幸せそうというか、ぼくに対する非難は感じられなかった。

 ボタンがはじけ飛んだシャツやしわになったスカート、破れたストッキングなんかを見ると、少し乱暴にしすぎたかとも思うけれど、嫌がっているようには見えなかった……むしろ、喜んでいたような気さえする。


 いじめられて喜ぶタイプなのだろうか……?

 まぁ、どうでもいいことだ。


「いけません、カナト殿……もう愛妾は何人いても構いませんが、えこひいきはダメです……時に女の独占欲は国を傾けます……要するに、私もなでなでしてくだしゃぁい……」


 今度はリィルが、すっとぼけた寝言を発する。

 抱きついて、脇腹のあたりに擦りつけてくる銀色の髪を梳る。

 とぐろを巻いた角を、真上からまじまじと観察することができた。

 本当に、頭から生えてるんだな。

 銀の髪と対をなすような黄金の角は、螺旋を描く模様が深く刻まれている以外は、磨かれたみたいにツルツルの表面だった。

 歯のように奥のほうで神経が通っているのか、螺旋の溝に指をすべらせると、心地よさそうに喉を鳴らす。


 なんだか、猫みたいだ……。


 無骨な鎧を身にまとい、この集落のリーダーとして気丈に振る舞っていたけれど、ベッドの上では、ぼくにしがみついて離れなかった。

 スライムに家族を奪われて、安心して甘えられる存在を求めていたのかもしれない。

 それは、いまもぼくの片足に抱きついてる福原さんにもいえることだけど。

 彼女らをはがしてベッドから起き上がった。

 床には戦慄の表情のまま凍りついた鮫島さんが寝転がっている。


「そういえば、見られたんだよな」


 騒ぐのが目的とはいえ、三人があまりに大きな声を出すものだから、最中に目を覚ましてしまったのである。

 すぐにラピスが動いて黙らせたけれど、鮫島さんのぼくへの信頼感は、いまやゼロを通り越してマイナスだろう。

 残念とは思わないが、面倒なことをされると厄介だ。

 足場が固まるまでは、大人しくさせておかないと……。


「ぼくを非難するのが前提にあって理を説いても聞きゃしないだろうからな……昨日みたいに脅していうことを聞かせるか、ラピスに食わせてしまうか」


 圧倒的に楽なのは後者だ。

 彼女のスキルも、ラピスに保持させておくほうがメリットがある。

 福原さんあたりは、大喜びして、いっそうぼくを信奉するかもしれない。

 それはそれで、うざいかもな……。

 福原さんはきっと、甘やかせばどこまでも強者に依存しようとするタイプだ。

 かといって、普段からアメとムチのさじ加減を図るのも面倒くさい。

 ぼくは、鮫島さんを生かしておくことを決めた。

 殺すことはいつでもできる。

 魔族たちも魔王に残忍さを求めているわけではない。代理のリィルを見れば明らかだ。

 ぼくは如月さんがスキルで疑似洗濯をしてくれた制服に袖を通した。

 新品のようなごわごわとした着心地に、逆に違和感をおぼえる。


「こういう落とし穴があるんだな……まぁ、問題はないか」


 朝日を浴びようと、テントの外に出た。

 絶句する。

 三つの影が、テントの入り口でひざまずいた姿勢で並んでいたのである。


 一つ目は薄緑色の肌に杭のような牙が特徴のオーク。


 二つ目は鱗に覆われ水かきがついた両手足と、頭の左右から魚のヒレのようなものを広げた半魚人、マーマン。


 三つ目は昨夜門番をしていたゴブリン。大柄なオークやマーマンの隣に並んでいると、余計にその小柄が際立つが、その二匹に引けをとらない存在感を放っている。

 むろん、オークやマーマンが見かけ倒しという訳でもない。


 こいつら……それぞれの種族のリーダーか。


 岩のごとく引き締まった肉体と、そこに刻みつけられた無数の傷跡は、彼らがこれまでにくぐり抜けた修羅場の数を物語っていた。

 少なくとも、昨日城塞都市で向けられた無数の矢よりは、脅威を感じる。

 とはいえ、ぼくとてここでなめられるわけにはいかない。

 少女たちを傷物にした……その時点で、気持ちの上では、もはや魔王だ。

 この連中も屈服させ、従わせるカリスマが必要となる。


「おまえたち、なにをしている?」


 用心し、すぐ背後までラピスを移動させながらも、堂々とした態度を堅持する。


「私の名はマーマン族の長、トリトーン。新生魔王たられるカナト様に拝謁したくおうかがいしました」


「オデ(、、)はオークの族頭、ヴルグバイだ」


「あっしはゴブリン族をまとめておりあす、ボブコフでやんす」


「我ら三種族、カナト様への忠誠を誓う所存です!」


 マーマンが、凜とした声を発して見上げた。


 先に半魚人と表現したが、顔のパーツや輪郭は人間のそれに近く、端整な顔だちをしている。

 髪は見事なブロンドで、瞳はすずしげなアイスブルーだ。


「唐突だな……ぼくのことは、ラーゴに聞いたのか?」


 三人はうなずく。


「異世界からやってきたヒト族のぼくを、どうして信じる気になった」


「一夜にて姫様ばかりか、さらに複数の女子さ相手にして、明け方近くまで喘がせ続けたその絶倫なる精力……まさしく、我らが魔王にふさわしいお方だ」


 ヴルグバイと名乗ったオークの長が、訛りの強い声で答えた。


「……なに?」


「我が同胞のマーメイド族も、姫様たちの嬌声を聞いて産卵をしてしまいました……ぜひとも、魔王さまの子胤をかけて欲しいと!」


「ギャギャッ! 強い男! 強壮なる魔王の苗床を用意する! ゴブリンの仕事でやんす」


 軽い目眩をおぼえて、ぼくは頭を抱えた。


「あー……すみません、カナト殿」


 テントの内側から、服を着たリィルが姿を現す。

 どうやら、この騒ぎで目を覚ましたようだ。


「姫様ッ」とそれぞれの種族の長たちは畏まり、そのままの姿勢で頭を下げる。


「そのなんというか、身内のことながら恥ずかしいのですが……昨日話したとおり、魔族の中には、繁殖力に重きを置く種族が少なくないのです」


「あぁ……狙いどおりだな。重畳だ」


「のわりには、あまり嬉しくはなさそうですね」


「いや、子孫を産み増やすことが生物の存続条件なのは間違いないからな」


 強者こそが、支配者。

 野蛮な考え方は好きではないが、個人的な好みは分けねばならない。


 ぼくは軽くせき払いをして、マーマン族の長トリトーンを見た。


「マーメイド族にぼくの子胤をやることはしない。当面の目的は、スライムの打倒だ。その目処がつく前に後継者なんてつくるつもりはないからな」


 そもそも、半魚人の無精卵にぼくのをかけて受精するのか疑わしいが。


「む、むぅ、そうなのですか……ですからカナト殿は昨夜、中にはくれなかったのですね」


 リィルが、少し残念そうに、ぼくに囁いた。

 あたりまえだ。

 この歳で子持ちになんてなりたくはない。


 一方で、トリトーンは目を見開いて、愕然とした表情でいた。


「姫様が認めた、魔王たるあなたの子胤をいただきたいというのは、過ぎた申し出とは思っていましたが……それより、スライム打倒の目処がつくまでに後継者をつくらぬとは?」


「まさかカナト様は、一代でスライムを打倒するおつもりで?」


「決まってるだろう。ぼくはあんな単細胞生物が我が物顔でのさばっている場所でいつまでも暮らすつもりはない。この大陸に、ぼくが住みやすい国を作りあげてみせる」


「おお……」


 ぼくの言葉に感激したように、魔族たちは瞳を輝かせた。


「なんたる自信……ラーゴ殿に聞きました。数多のスライムを一騎当千の強さで蹴散らしたと」


「そのことについては、朝食の前にみなに話します。カナト殿にも準備がありますので、あなた方は下がって、朝の準備を」


「「「ハッ!」」」


 リィルがその場をまとめて、三匹の魔物たちは広場のほうへとむかっていった。

 そちらへ目をやると、明け方の薄暗がりの中、集落共同の炊事場で朝食の準備をする様々なモンスターのシルエットが見える。


 初めて迎えた、異世界の朝だった。


 外は眠気も吹き飛ぶような寒さで、吐く息も白い。

 かまどにかけられた鍋からは、もうもうと湯気が立ちのぼる。


「朝食は、集落全体で取るのか?」

「はい……といっても、種族ごとに活動時間がバラバラで参加しないものもいますが」


 テントの中に戻ると、まだベッドで弥生と福原さんが寝ていた。


「ムニャムニャ……古河くん、見かけによらずにおっきい……」


 どんな夢を見てるんだ。


「起きろ、朝だ」


 ぼくはベッドから如月さんを蹴り落とした。

「ふぎゃっ」と短い悲鳴をあげて、床の絨毯に顔面から落下する。

 さすがに目を覚ましたようで、弥生は鼻の頭をさすりながら身体を起こした。


「いたたた……モーニングコールならもう少し優しくしてよ……」

「てっきりMなおまえは喜ぶかと思ったぞ」


「喜ばないよ! あたしノーマルだもん。てか、仮にも乙女が処女を散らした朝だというのに、なんか昨日よりも鬼畜度合いが増してない?」


「ぼくはバージンに特別な価値があるとは思わない。それと、もうこの集落のリーダーになると決めたからな。魔王らしくふるまわなきゃいけない」


「ぴったりだと思うよ」


 皮肉を口にするも、嫌味はなかった。

 この手の経験は乏しいけれど、惚れてしまったほうが負けだというのは、わかる。


「カナト殿は、ヤヨイ殿と本当に仲良しなのですね」


 リィルは、ぼくらのやり取りを微笑ましげに見つめていた。


「そう見えるか?」

「ええ、とても……」

 うなずきながら、彼女は赤い瞳を伏せる。


 弥生は、ぼくが破いた服をスキルを使って修復すると、まだ眠っている福原さんを揺り起こした。

 裸の彼女も、慌てて制服を着始める。

 女子の着替えをのぞき見る趣味はないので、ぼくは後ろをむいた。


 テントを見回して、ふと、なにかが足りないことに気づく。


 これだけ騒がしくしておいてなんだが、なにかもっと、やかましい存在がいたような気がする。


 ラピスは……いる。


 甲斐甲斐しく、カバンからぼくらの洗面道具を取りだして準備をしていた。

 じゃあ……あ。


「鮫島さんは、どこにいった?」


 朝ぼくが目を覚ましたときに床で寝こけていた彼女の姿がなくなっていた。

古河奏人のスキル……11個

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