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モンスターの集落

 バスはリィルたちの集落に到着した。


 車内からフロントガラス越しに外を確認すると、ヘッドライトが照らす闇に小さな影が二つ浮かんでいる。頭が大きく、五~六歳くらいの子供を思わせるシルエットだが、坊主頭に小さな一本角が伸び、肌の色はくすんだ緑色。大きな目は猫みたいに光り、唇からは上向きの鋭い牙が覗けた。


「ゴブリンだね」


 テンション高めに、如月さんがつぶやいた。


「彼らには、夜の見張りをしてもらっています。それにしても、異世界人が我らの世界について詳しいというのは、本当なんですね」


「ゴブリンもドラゴンも、ぼくらの世界に昔からある民間伝承だ。遙か昔に、なんらかのつながりがあったのかもしれないな」


 ゴブリンやドラゴンの知識を持ち帰った人間がいたとすれば、帰れる希望もあるのかもしれないが……確証のない期待は厳禁だ。


「私が先にいって、説明してきましょう。『くるま』のことを知らないものもいますし、スライムを連れたカナト殿を見たら、みなは警戒します」


 黒の鎧をガチャガチャと鳴らしながら、リィルはバスの外へと出ていった。


「あの……」


 運転席の福原さんが、となりに立っていたぼくに声をかけた。


「どうした?」

「いえ、その、あの……なんていうか……」


 顔を真っ赤にして、もじもじと何度もつっかえてまともに言葉にならない。

 ぼくがじれったさをおぼえていると、背後から如月さんが助け船を出した。


「亜希乃ちゃんも、古河くんのハーレムにくわえて欲しいんでしょ?」


「ハーレムってな……」


 しかし案の定、福原さんは、はにかみながらもこくこくと首を縦にふっていた。


「わたしも古河さんに命を助けてもらって……とっても、感謝してます……それを、ちょっとでも、返すことができたらなって……」


「如月さんやリィルに対してそうであるように、ぼくは福原さん個人にも、特別な感情は抱いていない。たぶんこれからも、そういうことはないと思う。さっき抱きしめたのだって、君をこれからぼくのいいように使ってやろうと思ったからだ」


「そ、それでも、いいですっ……全然、構いません……」


 この女も、如月さん同様に、頭のネジが飛んでるな。

 クラスメイトが死ぬのを間近に見たのだから、そういうこともあるか……?


「だったら、二人が三人になったところで大きな違いはない。君の【マスターオブヒール】を、役立たせてくれ」

「は、はいっ」

 福原さんは、瞳を輝かせてうなずく。


 一方で、ぼくは背中に強烈な視線を感じていた。

 リザードマンのラーゴだ。

 彼は、リィルにはついていかず、ぼくのことをジッと見ていた。


「どうした? 何か言いたいのか?」

「いや……感服しタ」

「なに?」

「そこまデ他者を軽視しておきながら、従属させる手腕……魔王としての片鱗、適正……すでにオマエ――否、アナタは、先代の魔王様よりも魔王らしい」

「誉められている気がしないな」

「人間の尺度ではそうダろう……しカし、姫様の目に狂いはなカっタ」


 大柄なリザードマンは、バスの通路に窮屈そうにひざまずいた。


「これまデの非礼を詫びさせてほしい。ワタシは竜人族の生き残りを束ねているラーゴと申しまス。仲間たちには、カナト殿を支持するよう、呼びカけよう」


「すげー古河くん、意外に人誑ひとたらしの才能あるんじゃない?」

「意外って……如月さんが一番にたらしこまれてる気がするんだけど……」

「え? や、たははは……亜希乃ちゃんにいわれるほどじゃないと思うけどなぁ!」

 笑って誤魔化すものの、顔は真っ赤だ。


「にぎやかですね」


 事情を話し終えたリィルが戻ってきて、バスは集落のまわりを囲う鉄条網にそって停められた。  

 いまだ気を失ったままの鮫島さんは、如月さんが背負って集落の門をくぐる。


「ようこそ……などと、偉そうにいえたものでもないのですが」


 リィルが自嘲気味な笑みをこぼす

 月明かりのおかげで、夜でも集落の全景がわかった。

 遠目からでもはっきりとしていたが、途中で通ったノヴルドの城塞都市とは比較にならないほどに貧相だ。

 スライム防衛の要であると思われる堀はなく、モンゴルの遊牧民を思わせるテントが並んでいる。建築物と呼べるものは木造の見張り台くらいのもので、リィルたちが住むべき場所を奪われて、ここに流れついた背景を推察させた。

 ざわめきと共に、テントから様々な姿形のモンスターが姿を現す。


「うひょお! 古河くん、あれミノタウロスだよ! ケンタウロスに、あの小さい金槌持ってるのはドワーフかな?」

「如月さん、うるさい」

 これまで通り、チョップで黙らせる。


「リィルさまッ!」


 モンスターたちの中から、ぼくらの元に、小さな影が飛びだしてきた。

 それは、一見してビーバーである。全身が茶色の毛に覆われており、齧歯類特有の発達した前歯に、前足は鋭い爪があった。

 再び、如月さんが黄色い声を発する。


「ビーバー? かわいいっ」


「誰がビーバーじゃあ! ワシは、誇り高き水の精霊アーヴァンクのビルバなるぞ! 偉大なる魔族の統率者ギュランディートさまの腹心にしてリィル姫のお目付役! そのワシをかわいいなどとぉッ!」


 走ってくる勢いのまま、前歯をむき出しにして飛びかかってくるアーヴァンクを、リィルはふさふさの尻尾をつかまえて、そのまま宙づりにした。


「うぉおおっ! 離してくださいませリィル姫ぇっ! かつて海魔将と恐れられたこの爺や、年老いてしっぽのモフモフ感は五割り減となりましたがまだまだ戦えますぞぉ」


「なにが海魔将ですか。単に若かりし頃の女好きが高じて磨きをかけていた毛皮の手触りを父上が気に入っただけでしょう」

 リィルの指先が、ビルバの頬をつつく。


「しっぽのモフモフ感、五割り減になっちゃったのか……」

 如月さんが、残念そうにうなだれた。


『如月さま、ぜひぜひラピスのプニプニ感で癒やされてください!』

 ぼくの足下にいたラピスが、にゅるりと触手を伸ばす。


 その途端、リィルや彼女の指につままれたビルバが肩をふるわせた。

 それだけではない。

 見張りをしていたゴブリンをはじめとして、ぼくらを遠巻きに観察していたモンスターたちが騒然とした。

 ある者は身震いし、またある者は身がまえる。

 唐突に張り詰める空気に、リィルは慌てて声をあげた。


「彼らは、私の客人です。異世界人であり、その従者はスライムですが、心配はいりません。今日はもう遅いから、詳しいことは明日話しますので、みなは、このまましっかりと休んで、今日の疲れをとってください」


「この者タちは、姫様と私の命の恩人デある! 彼らに手を出スことは、姫様に弓を引くものと知れ!」


 リィルの言葉にラーゴがたたみかけて、周囲のざわめきは一層高まった。


「スライムが異世界人の従者……?」

「姫様の命を救っただと」


 ビルバも、毛を逆立てて警戒している。


「ひ、姫さま……今の言葉は、誠でございますか?」


「ええ。ラーゴのいうとおりです。そのスライムの名はラピス。決して私たちに牙をむけることはないでしょう」


 決して、とは大きく出たが、それくらいいわなくてはこれだけの部下を率いることはできないのだろう。

 ビルバは腕を組んで難色を示す。


「しかし、だからといって、集落に連れてくるようなことをせずとも……」


「私はこの少年……カナト殿こそが、父がいっていた『厄災を従えし者』だと思います」


 再び、モンスターたちはざわめきだす。


「なんと! たしかに、ギュラン様が遺した予言をすんなりと解釈すれば、スライムを従えた異世界人ということになりますが……!」


「ええ、だから私はカナト殿と夫婦になる決意をしました」


「ほげーッ! ほほほ本気ですか姫さま!」


「ええ。私は、この方がとても気に入りました。彼も了承してれています」


 月明かりに照らされる雪白の頬が、薄桃色に染まる。


「形だけの話だがな」


「ぬぁっ! 貴様、姫さまにむかってなんたる口の利き方!」


「いいのです。このようにつれぬ態度もカナト殿の魅力の一つです」


「うぐぐぐ……変な虫がついてはならぬと鍛えに鍛え上げ、今や名実共に魔族最強となられた姫さまに、このような顔をさせるとは……許せぬ!」


 ビルバは長い前歯むき出しにして、リィルの肩からぼくに迫った。


「けけけ決闘じゃあ! 爺やの目の黒いうちは姫さまにいい加減な男がつくなど決して――ボゴッ」


 言葉の途中で、ラピスの触手がカーバンクルを捕らえて、その身体の中に取りこんだ。


『ますたー、これ、消化してもいいですか?』


「ダメだ。おとなしくなったら出せ」


 やがて、スライムの体内ででろでろになり、ぐったりしたビルバを、リィルが受け取った。


「うぐぐ、このビルバ、不覚を取ったわ……!」


「いい加減にしなさい……申し訳ございません、カナト殿。私のことになると、少々血の気が多くなってしまうのです」


「別に。もっと殺伐としていたのを想像していたから、むしろ拍子抜けしたくらいだ」


「殺伐……とはしないと信じていますが。カナト殿が予想されているとおり、我々の婚約を発表して、貴方を認めてくれるのは、おそらく集落の半数程度だと思います」


 リィルは、肩を落として告げた。


「この黒き剣と鎧があるから私は現在魔族軍のトップを任されていますが、スライムに破れて死んだ父への求心力は日に日に低くなっています。その遺言を重要視するものが、何人いるか」


「力こそが正義……脳筋なんだねぇ」


 如月さんがしみじみと告げる。


「姫様、ひとまずここは私に任せ、今夜はお休みくダさい」


 リザードマンのラーゴが、リィルの手から爺やを受け取り提案した。

 魔族たちの奇異の視線にさらされ続けるのも堪えるので、ありがたい申し出だった。


「カーミオのことを、みなに知らせるべきではないでしょうか?」


 カーミオ……先の戦いで夜光スライムに食べられた、アンデッド族の名前だったか。


「明日デいいかと……奴には家族もいません。最後の【マミー】デした」


「無念だったでしょうね……私が、そばにいながら」


 リィルは唇を噛み締めて、天を仰いだ。

 一筋の涙が顎を伝い、地面を濡らす。


「リィルちゃん……」


 如月さんが、元気づけるように彼女の肩を抱いた。

 ラーゴがぼくに小声で囁きかける。


「優しすぎる御方ダ……アナタが魔王たらんとするならば、姫様のことを頼む」


「頼むって、なにをすればいいんだ?」


「男が女を慰める方法といえば、ひとつしカあるまい」


 表情の読めなかったリザードマンの顔が、このとき初めて、にやりと笑うのを見た。


古河奏人のスキル……11個

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