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夜行バス


 リィルたちをバスのもとまで案内すると、当然のように女の子たちは仰天した。


「うあーーーーーーーーーーーーーーッ! 角の生えた悪魔ッ娘だぁ! なにその鎧、邪魔だよっ! 羽根は、尻尾はっ!?」


「如月さん、うるさい」


「こっちはリザードマン! すげぇ! ファンタジー! ファンタジーだよ古河くん、亜希乃ちゃん!」


「はわわわわ……」


 やかましいほどにぎやかになった自己紹介は、割愛させてもらう。

 モンスターを嫌悪すると思われた鮫島さんが、リザードマンのラーゴを見た途端に卒倒してくれたのは、むしろ僥倖であったか。


「これは……聞いたことがあるぞ。異世界にある『じどうしゃ』という乗り物だな?」


 リィルはリィルで、ぼくらが乗ってきた大型バスを前に、興奮しきりであった。


「知ってるのか?」


「こちらの世界に来た異世界人が乗っていたものとして伝え聞いています。巨大な鉄のハコが、馬に曳かれているわけでもないのに走るという……」


 運転手を務める福原さんがバスを発進させる。


「はしったーーーーーーーーーーーーーーーっ! うあーーーーーーーっ! なんですかこれーーーーーっ! 超たのしーですーーーーーーーーーーーーっ!」


「リィル、落ち着け」


 キャラがぶれている。


「す、すみません、取り乱しました……」


 顔を真っ赤にして照れる魔王の娘。

 無骨な黒い鎧を着たままの彼女は、席にすわることができずに、通路に立っている。


「集落つくまでに、いくつか質問をしていいか?」


「どうぞ……」


「まずひとつ目に、ぼくらの他にも異世界人がいるのか?」


 ぼくの問いに、リィルは首を縦にも横にも振らなかった。


「申し訳ありません。異世界人の存在は、うわさには聞いていますが、どこにいるのかは知りません。最後にその存在が確認されたのは、五年前です。ここから南へずっといったところにあるサンドーヴ城塞都市を壊滅させたと聞きます」


「城塞都市の壊滅って……」


 如月さんが口元をおおった。


「異世界人の存在が発見されたのは、スライムがこの大陸を支配してからです。人間たちは最初、異世界人をセイレス=トゥナが遣わした勇者として崇めていましたが、彼らとてスライムの前には無力とわかると、手の平を返しました」


「たしかに……この世界の文明レベルをつぶさには知らないが、科学文明でスポイルされたぼくらを厚遇しようとしたら、莫大な費用がかかるだろう」


 救世主たり得ないよそ者を養う余裕は、人類にはないのだ。


「それで、邪険にされた五年前の異世界人たちは、腹を立てて【スキル】を駆使して、サンドーヴ城塞都市を壊滅させたってわけだな」


 ぼくの言葉に、リィルはうなずいた。


「おっしゃるとおりです。先ほど、カナト殿は人間の集落に門前払いをされたと呟いておりましたが、ノヴルドの城塞都市でしょうか?」


「ああ。取りつく島もなく、追い返された」


「情報の少ない中、ご苦労なされましたね……この大陸のヒト族は五年前の経験から、異世界人との関わりを放棄して、『無視する』という方針をとっております」


「すごいね……古河くんの予想したとおりだよ」


 如月さんがいった。


「状況から判断しただけだ。それより、やっぱりこの世界の人間は、ぼくたちみたいな【スキル】を誰でも持っているというわけではないんだな?」


「はい。ただし、持っている者もいます。人間たちが信仰する女神セイレス=トゥナの神殿で、苛酷な修行を果たした者にだけ授けられる力……それが【スキル】です。そして、それを持つ者をこの大陸では【勇者】と呼びます」


 なるほど……だからぼくらはクラス【異世界勇者】なわけか。


「ねぇ、その異世界人が壊滅させたサンドーヴの城塞都市はどうなったの? そのまま、その人たちが街を治めてるんじゃないの?」


 如月さんが訊くと、リィルは首を左右にふった。


「サンドーヴの城塞都市は、しばらくしてスライムたちに襲われて滅亡しました。あの時の異世界人たちは、毎日魔力の補給をせねばならない海水による結界の維持を怠ってしまったと聞きます」


 海水による結界……あの堀のことか。


「古河くんみたいに、スライムと戦える人は、いなかったんだ」


「女神から授かるスキルは当人の個性によるそうです。【スライム騎乗】というのは初耳ですが」


「これまでの話だと、あんたら魔族はそのスキルを持った勇者と争っていたんだろう? そんなぼくらに施しをしていいのか?」


「人間と魔族が争っていたのは十年も前のことです……いつはじまったのかもわからない長い戦いで、たしかに確執も残っていますが、スライムの脅威を前に、救世主の出自を問うている余裕は、我々にはありません」


「救世主?」


 先代魔王の遺言とやらを聞いていない如月さんが、首を傾げた。

 ぼくも十全に理解しているとは言い難いので、その点についてリィルに説明を求めた。

 彼女は、丁寧に言葉を紡いでいく。


「我が父、魔王ギュランディートは、この厄災を予見していた節があります。具体的にスライムが隆興するとはわかっていなかったようですが……厄災を従えし騎士がいずれ現れるといっていました。そしてその者はやがて、この世界を統べる王となると。私は、厄災――すなわちスライムを従えしカナト殿こそが、その人物であると考えます」


 そういって、リィルは再び熱っぽい視線をぼくにむけた。


「悪いけど、ぼくは救世主なんてものに興味はない。そんな役目を押しつけられるのはごめんだ」


「カナト殿……」


「それに、リィルだってスライムを倒していたじゃないか。ぼくだけが特別ってわけじゃないだろう」


「私は、この剣の力によるものです」


 リィルは、漆黒の剣の柄を指先で叩いた。


「この剣と鎧は、我が魔王の血族に伝わるものです。父ギュランが、死ぬ間際に私にたくしたもので……理由はわかりませんが、この鎧はスライムの攻撃に耐え、この剣だけは、貫けばスライムを滅することができるのです」


 死んだ父親のことを思い出してか、彼女の表情は優れなかった。


「カナト殿……勘違いなさらないでください。私は、貴方に救世主を押しつけるつもりはありません。その気のない者に務まるほど、楽な旅路とは思えません」


「なら、なにを望む」


「協力関係を。まだ幼生の夜光スライムとはいえ、あれだけの数を一度に殲滅して見せたカナト殿の力は本物です。私は、貴方が望むなら、できる限りのことをすると覚悟を決めました」


「古河くん、エッチだ! エッチな提案をしよう! 美少女がなんでもするっていったんだ。エッチなことを要求しなきゃ男が廃るよ!」


 如月さんが真顔で迫ってきた。

 チョップで黙らせる。

 リィルは、わずかに頬を赤らめながらもうなずいた。


「その覚悟はあります!」


「この女の戯言を真に受けるな」


「いえ……すでに先ほど窮地を救っていただいた身……協力関係を抜きにしても、カナト殿には尽きぬ恩義を感じています」


「ぼくらもこの世界の情報がほしかった。それ以上恩に着せるつもりない」


「この混沌とした時代にあって、なんと謙虚な……」


 魔王の娘は、感心したようにぼくを見た。


「欲の皮突っ張って、大事なところでバカを見るのがいやなだけだ」


「なるほど……今の言葉、胸に刻んでおきます」


「魔王の娘っていうわりには、なんか堅物な感じがするね、リィルちゃん」


 如月さんが、ぽつりとつぶやいた。

 たしかに生真面目な印象を受けるが、どうでもいい。


「私、やはりカナト殿が気に入りました」


 真紅の双眸をキラキラと輝かせて、リィルは高らかに告げた。


「異世界から急に連れてこられて混乱していてもおかしくないこの状況下で、貴方は恐ろしく地に足がついている……救世主は、貴方しかいない」


 脱線してた話が、もとに戻ってしまった。



「ゆえに、どうか私のことを、嫁としてもらっていただきたい」



 車内の時間が三十秒ほど停止した。

 救世主の次は嫁……わけがわからない。


「待て……なんでそうなる」


「もしもカナト殿に我らの集落に滞在していただく場合、人間の、しかも異世界人となれば、仲間たちから反発が出るでしょう……その場合、先代魔王の娘である私が見初めた、ということにするのが、一番丸く収まる方法なのです」


「姫様、なりませン」


 それまで黙っていたリザードマンがリィルの肩をつかんだ。


「ラーゴの意見は聞いていません。私は本気です。命の恩人というだけではない……この方は、父をも越える傑物だとおもいました」


「ンな――ッ」


 ショックを受けたように言葉をなくすラーゴ。

 ぼくは頭を抱えて、深いため息をこぼした


「こっちの意思を無視して、話を進めるな」


「まぁまぁ」

 如月さんが、あいだに立ってぼくに耳打ちする。


「古河くんだって、わかってるでしょ。この話、乗っておくべきだよ」


 彼女のいうとおりではあった。

 いつガソリンが尽きるともしれないバスで、根無し草の旅をするのはあまりにも無謀だ。腰を落ち着けられる住処の確保は急務で、ぼくがリィルと一緒になれば、それらの問題は解決する。

 むしろ、この申し出は僥倖といえた。


「しかし、如月さんはついさっき、ぼくのことが好きとかいってなかったか? 他の女のものになっていいのか?」


「あたしだって、バスで野宿はやだし――いひゃいいひゃい!」


 如月さんのほっぺたをつねった。よく伸びる。


「半分本気だけど、冗談だよ。それに、古河くんはだれかのものにならないでしょ」


「あたりまえだ」


 しかし、自分のためにぼくを売るのだと白状したぞこの女。


「あたしは二番目でも全然かまわないから。ねぇリィルちゃん、魔王だし、側室ぐらいは認められるでしょう?」


「リィルちゃん……!」


 魔王の娘はいきなり「ちゃん付け」で呼ばれて、戸惑った。


「あれ、ダメ? 馴れ馴れしすぎた?」


「い、いえ……これまで同世代の友人というものがいなくて、そういうのが新鮮で……いや、それよりも、失礼いたしました。カナト殿とヤヨイ殿が、すでにそういう関係だったとは……私は、お二人にとても無神経なお願いをしてしまいました……!」


「ちがうぞ!」


「先代にも三十人ほどの愛妾がいました。私はあまりそういうのは好みませんが……後からきた私に、二人の仲を裂くことなどできません……ともにカナト殿を支える者として、仲良くしていただけるなら」


「物わかりがよくていいねいいね」


「おい……ぼくを無視して話を進めるな」


 如月さんとリィルの耳を同時に引っぱって黙らせた。


「いひゃいいひゃい……古河くんをないがしろにはしてないよ? むしろ話の中心」


「ぼくは他人に振りまわされるのが嫌いだ」


「重荷に感じたら、いつでも切ってくれていいよ。スキルも含めてあたしは便利な女なんだから、古河くんのいいように使って」


 ったく、調子のいい奴だな。

 しかし、その瞳は真剣だった。

 飄々としながら、如月さんは本当に、ぼくに恋をしているらしい。


「わかった……スライムたちに怯えながら生きるのはぼくもごめんだ。住みやすい世界を作るためなら、魔王にでも救世主にでもなってやる」


「ほ、本当ですかっ!」


 リィルが顔をほころばせる。


「ただし、勘違いするな。これは相互扶助の契約で、生き延びるのに必要だからするだけのことだ。実際にあんたに特別な感情を抱いたわけじゃない」


「それでもかまいませんっ! いえ、もちろん、カナト殿にふさわしい女性になれるように、努力するつもりですが!」


「古河くん、あたしは?」


「……好きにしろ」


「やたっ♪」


 如月さんは、小さくガッツポーズを取る。

 まったく、なにがそんなに嬉しいというのか……。


『ますたー、ラピスは……?』


「おまえは下僕だ」


『えへへへへ』


 なんで嬉しそうなんだ……。


『ラピスはますたーの奴隷で幸せなのですぅ』


 ……好きにしてくれ。


古河奏人のスキル……11個

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