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【魔王】の娘

 さて、なにから話したものかな……。

 ぼくとラピスを驚愕の形相で迎えた二人を見るに、やはりこの世界でスライムを殺すことができるというのは、並大抵のことではないみたいだ。


「そ、そのスライムは……」


 少女のほうが口を開いた。

 城塞都市の人間と同様、口の動きと発音にずれがあるが、言葉は通じる。


「この蒼いスライムはラピス。ぼくの下僕だ」

「下僕……スライムを、従えているというのカ」


 リザードマンの独特の発音に、うなずいた。

 二人は顔を見合わせる。


「バカな……【スライムナイト】が実在するなド……! 姫様、危険デス」


「いえ、あの身なりは異世界人に見えます……父から聞いた言い伝えのとおりだわ」


「【スライムナイト】? 言い伝え?」


 二人が小声で交わすやり取りの中から、耳についた単語を反芻する。

 鎧の少女が、リザードマンの制止を振り切って、ぼくのほうに近づいてきた。

 用心して【ソードスレイブ】は消さずに臨戦態勢を解かずにいると、彼女は目の前で、ひざまずいてみせる。

 首を垂れて胸に手をあて、その姿はまるで王に謁見する騎士の姿を思わせた。



「お待ちしておりました……魔王よ」



「な――!」

 想定外の言葉に、ぼくは絶句してしまった。


「我が名は、リィルディート。先代の魔王ギュランディートの娘として魔族軍を率い、魔王の代理を務めてきました」


 先代の魔王の娘……?

 だから、クラス【魔王】なのか。

 しかし……。


「待ってくれ。ぼくが魔王というのは、どういうことだ?」


「先代の遺言です……『かの地より現れる、厄災を従えし者に次期魔王の座を譲る。その者こそ、救世主。魔族軍に繁栄をもたらすもの』と。かの地とは異世界、厄災を従えし者とは、スライムを操りし戦士です」


 リィルディートと名乗った少女は赤い瞳でぼくを見上げ、熱の籠もった調子で話した。


「たしかに、ぼくは異世界から来て、スライムを操っているが……遺言はあんたらの都合だ、ぼくには関係ない」


「リィルと呼んでください、親しい者はそう呼びます。そちらのリザードマンはラーゴ。私の腹心です」


 やわらかく微笑む、魔王の娘。

 身にまとった無骨な漆黒の鎧が不似合いなほど可憐な美貌。

 ややかすれ気味のハースキーヴォイスも耳に心地よい。


「あなた様のお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」


「古河奏人だ。今日の昼間にこの世界にやってきた。この世界の情報がもっとほしい……説明してくれるのか?」


「むろん、仰せのままに」


 リィルはそういって、再び頭を下げた。

 気味の悪さをおぼえるほどに、腰の低い態度である。

 一方で、ラーゴと呼ばれたリザードマンは、感情の読めぬ爬虫類の瞳でぼくをにらむ。

 あのリザードマンには、歓迎されてないのか?

 すべて唐突で、戸惑いをおぼえずにはいられないが、甘言で陥れようとしているわけでもなさそうだ。

 ぼくは、用心を怠らずに話を続けることにした。


「君たちは、スライムと敵対しているのか?」


「リィルとお呼びください、カナト様」


「なら、そっちも『様』はやめてくれ」


「ではカナト殿、と」


 まぁ、いいか……。


「先の質問にお答えします。スライムは、現在この大陸に住まう全生物の共通の敵です」


 リィルは、冷たい地面にひざまずいたまま、丁寧な口調で語った。


「スライムが隆興したのは、十年前のことです。それまで連中は、人間と戦っていた魔族軍の尖兵……あらゆる種族から侮られる存在でした」


 スライムが進化した原因はわからないと、リィルは語った。

 アメーバ状の不定形生物は突如として、すべてを克服した。

 魔王討伐を目指していた勇者たちを。

 自らの上司である魔王ですらも。

 数多の生命がスライムによって食われ、この大陸の半分を占めていた人間の王国も消滅した。


「我ら魔族も同様ダ……反旗を翻したスライム共に、手も足も出なカった」


 片言ながら、ラーゴの無念はひしと伝わってくる。

 ひざまずいたリィルも、当時のことを思い出してか、握り拳をふるわせていた。


「魔族たちは自由奔放、欲望のままに生きますので、人間たちのような国家という社会形態を取っていません。人間の社会にもあるマフィアと似たような組織形態と捉えてください」


「極道か……暴力で他者を脅し、弱者を食い物にしているような連中は嫌いだ」


「先に魔族を迫害し、石を投げてきたのは人間たちです。その地に根付いていた信仰を破壊し、彼らが唱える女神の教えに従わぬ者を虐殺しました」


 言葉に抑揚はないが、リィルなりに譲れぬものを感じた。

 ゲームのような世界だが、歴史はあるらしい。


「そちらを侮辱するつもりはなかった……どうもスキル【言語解読】の翻訳機能も完全とはいえないらしい」


「いえ……異世界から来たカナト殿にこちらの事情を察しろということこそ無理難題です。それに、我々も長い戦いの中で少なくない人間を手にかけました」


「わかった、話を戻そう。人間の国と同様に、魔族軍もスライムによって壊滅させられたんだな?」


 話の流れから察したことを尋ねると、彼女はうなずいた。


「話が早くて助かります。おっしゃるとおり、魔族百万の軍勢は壊滅し、ちりぢりになりました」


 銀髪の少女は補足する。


「【魔王】とは最も強い魔族の証しであり、魔族軍を束ねていた我が父ギュランディートはスライムによって殺され、スライムたちがこの大陸の覇者となりました。今や、この大陸の八割はスライムの勢力下にあり、人間や魔族、エルフやドワーフたちの集落が点在するに過ぎません」


 この大陸は、ぼくが考えていた以上に荒廃し、人々の生活は疲弊しているようだ。


「強いものが魔王なら、スライムが次期魔王に君臨しててもおかしくなさそうだが、さすがに、スライムを魔王として担ぎ上げる者はいなかったんだな」


「そのような生真面目な魔族もいましたが……みなスライムに食べられるのを見て、逃れてきました」


 どこまでも共存は不可能、ということか。


「この先に、魔族軍残党の集落があります。どうか、きていただけないでしょうか?」


「人間の集落で門前払いを食らって、魔族の集落に招かれるか……」


 リィルの提案に、皮肉な笑みをこぼさずにはいられなかった。

 彼女の剣や鎧にも興味があるし、ここは招待を受けるべきだろう。


「あっちに、ぼくの仲間がいる。食料をわけてもらえるか?」


「決して余裕があるとはいえませんが、飢えている人に施しをするぐらいの蓄えはあります」


 即答したリィルに、リザードマンのラーゴが何事か耳打ちした。

 その金色の瞳は、ぼくと足元のラピスを交互に見ている。

 リィルは首を左右にふって、腹心の意見を取り下げた。

「シャーッ」と、ラーゴはあからさまな威嚇の声を発する。


「ラーゴ! すみません、みっともないところを見せてしまって」


 リィルは、申し訳なさそうにうなだれた。


「いや、警戒するのは当然だろう」

 ぼくだって、まだ手に握り締めた剣をしまうことはできなかった。


「先に、謝罪させておいてください……集落には、スライムに家族や友人を奪われた者が多くいます。カナト殿を不愉快にさせる者もいるでしょう。我々の集団はその……あまり行儀のいいものばかりではありませんので」


「不確かな言い伝えを信じて、よそ者をいきなり招くほうが、ぼくにはわからないな」


「……それだけ、我々も追い詰められているものとご理解ください」


「わかった。あんた方を信じるよ」


 ここで彼女の提案を蹴ったところで、どのみちいくあてはない。

 修学旅行のお土産のお菓子を食べ尽くすまで荒野を彷徨うよりは、万倍もマシだ。

 ぼくは、【ソードスレイブ】をラピスに消させて、右手を差しだした。

 その手を見て、リィルは小首を傾げる。


「なんですか、これは?」


「握手の習慣はないか? ぼくらの世界では、初対面の人間と挨拶するときに、友好の証しとして手を握りあう」


「ほぅ。それは知りませんでした……アクシュ」


「無礼デある! 姫様に人間風情が触れるなド!」


「下がってください、ラーゴ……友好の証し、ぜひとも結びたいです」


 リィルは漆黒の籠手を外して白い左手を差しだし、再び首を傾げる。


「ん? これで握りあうのですか?」


「逆だ。ああ、いい。そっちを外す必要はない」


 ぼくが左手を差しだせばいいのだ。

 握り締めたリィルの手は小さく柔らかで、戦闘の直後のためか、熱かった。


「ふふ……これが異世界流の挨拶ですか。悪くないですね」


 雪白の頬が、わずかに赤らんでいた。


古河奏人のスキル……11個

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