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31話 慟哭を奏でるマリアージュ

 唐突に訪れた。

 期待を裏切る最悪のタイミング。


 間違いなく聖の勝利だと、確信していたそのハズだった。


(―――結局の所、本質の差で決まりましたか……)


 攻防一体の活劇を潜り抜けて。辿り着いた勝利の景色をようやく捉えた。わずかな技量の差で勝敗を決める戦いの世界だと知りながらも。揺るぎない自信を携えてきた聖は自力で勝利をもぎ取ろうとした上で、違う正義に対立してもなお、根本的な部分については何も変わってはいない。


 同じ景色を目指す者同士。


 辿る道は違う。けれど最終的には一本道からは逃れられないように。

 答えもまた。一つの道から始まった。


(やっぱり、そうですよね。真実を見抜く意志には到底敵いっこないですよ)


 逃げる電撃を見て。確信に至る聖は目を細める。


 フェイクニュースで溢れ返る現代社会。不安定な幸福に悩まされる群衆の日々。長続きの出来ない飽きっぽさとハッキリとしない曇天の気持ち。人との距離が徐々に遠ざかっていくような気がした。常に潜む孤独が囁いている。次第には精神面が削がれてしまい、疑心暗鬼に埋もれた心は波乱の種を散蒔いてしまう。


 パニックを引き起こすヒステリックな一面。


 流布する透明な恐怖心が人を狂わせる。今回の妖狐の一件も同等。明確な意味に辿り着けなければ人々は簡単に恐れを抱く。


 理解不能。意味不明。


 得体の知れない正体に脳は錯乱する。常識にはない予想外の出来事がトラウマを植え付けるように、外部による要因は心に衝撃を与える。心が傷付いてしまうのは反骨した記憶に前意識がトラウマを克服出来なかった証拠でもある。


 心の領域という、初めて自分自身を理解した者が見る景色こそが。


 本来あるべきハズの正当な人格者だったのに。



 ―――人々は自分の存在を認められず、心の殻に閉じ込めてしまった。



(人間は思っていたほど強くはないんです。すぐに他人を傷付けたり、自分の意見だけを押し付けたりして、本当にわがままな生き物なんです。だけど本当は自分を認めて欲しくって、自分自身さえも見失っている、承認欲求の化物なんです)


 愛情に飢え。生にしがみ付いている。

 どんな生命よりもおぞましい。邪道な本性が備わっている。


 劣悪な現代では前意識は腑抜けてしまった。


 顕著となる不完全な人格。反抗的に暴力を振るう欠落した性格。他者の透き通る理念に相容れず争いばかりを繰り返す。負のスパイラルは改善されず、心が歪み続けた結果、やがて人は自己愛性パーソナリティ障害を形成する。


 それも意図的に。


 いがみ合うばかりの負の連鎖。

 止まらない衝動は世界へと震撼させた。


 反発する戦慄がエスカレートしていく中で、緊迫した空気を呼び起こす当事者がいることを決して忘れてはならない。そして世界の裏側こそが波乱の種を散蒔いた諸悪の根源であり、過熱した心の暴走は制御不能だった。


 別の場所で意地と思念が衝突している事実もまた。


 歪んだ前意識によって生じた。子供騙し程度の八つ当たりである。


(……どんなに生き急いだとしても、最後に辿り着くのは孤独だけなんですよ)


 偽りを見抜く慧眼。

 曇りなき判断力が欠けた最悪な時代で。


 これは自分を見直す為の試練なのだと、課題を告げられた聖が属する派閥は一体どれほどの局面を眺め続けても、破綻した現状が邪魔ばかりしてくる。


 心臓に悪い。


 今もそうだ。真実を知らされていない人達からすると、意志を阻む行動は裏切りの対象そのものであり、推進力に亀裂が走ることも想定内。だがしかし、くじ引きでハズレを引いてしまった者の内心は清々しいものではなかった。

 

 今日という日に限って。聖は散々と経験させられた。


 閑話休題。


「あーあ、……負けちゃいました」


 陰陽刀が吹き飛ばされて。屋上に突き刺す。

 その場でへたり込む戦意喪失の聖は弱々しい笑顔を浮かべる。


 手元に武器が無い。


 つまり東雲うずめに対抗できる術が絶たれたこと。間合いを牽制された時点で劣勢は傾いていた。最後まで虎視眈々と勢いを乗せていたのは。


 紛れもなく彼女の方だった。


 未熟な判断で相手を見てはいけない。


 変化を遂げていく意識に伺いながらも、交戦を捌く技術は精進が足りなかった。実力不足だと言えば当然で。自ら仕向けた戦場を利用出来ずに幕を下ろす。多彩な電撃が完封された途端、雲行きが崩れるのは明確であった。


 ただの勢いで負けた。


 しかも己の信念を貫いた、揺るぎない意志を背負った相手に。


「……相変わらず、東雲さんは強いですね。本当にまさかですよ。スカートの中に拳銃を忍ばせていたなんて」


 突飛に吹かれる強風を前に。

 東雲うずめは涼しげな表情をして髪を靡かせる。


 うずめが握る陰陽刀。先に斬りかかる聖は彼女の刀を弾き、拳銃の銃口に切先で塞ぐ。暴発は叶わないものの拳銃を一刀両断させて戦意を奪う目的の聖だったが、想像の遥か上を行くうずめは勝利の構造を披露させた。


 伸びる脚と共に。

 揺れるスカートは視線を引き寄せて。


 不意打ちだった。


 魅力的に映る太股に忍ばせていたもう一つ拳銃。

 これこそが聖の陰陽刀に向けて発射された弾丸が命中。衝撃に耐えきれず刀は宙に吹き飛ばされ、目前だった勝利は意図も容易く遠ざかる。


 見事に形勢は狂わされた。


 淡々とこなす。そこに恥じらいの感情はない。

 動揺をする相手の心理を利用した突飛的な行動。東雲うずめという怪異さ。彼女の平淡な素振りに、聖は思わず懐疑的になる。


 ―――この人、羞恥心は無いのか。


「手の内は隠せ。と言うけれど、スカートも該当するわ」


「あの。それって女性限定の特権ですよね?」


「外部によって生じる羞恥の心緒を狙うのは世界では常識の中の常識。猥雑な一面を目に焼き付くことで精神を鈍麻させる。相手が私で良かったわね。海外だと徹底的に意識を朦朧とさせて最後は息の根を仕留めるの」


「色々と詳しいんですね……」


 流儀の欠けた卑劣で下品な戦術が。世界ではメジャーな存在だと、聖はどうしても認められずにいた。


 しかも対象とする異性に向けたものであり、一瞬だけ意識を眩ます為の不意打ちは基本的に女性には効かない。そもそも拳銃を隠していたイメージが強すぎて聖の意識は警戒心に染めていた為か、羞恥には至らずに済んだが。


 もしも下着を履いていなければ。


 どうなっていたか。真相は誰にも分からない。


「確かに命を脅かすものだと納得しますよ。けれど、私思うところがあるんです。別にスカートの中に拳銃を忍ばせる必要は多分無かったんじゃないですか? あの時東雲さんの片手、空いてましたもん」


「……」


 そう言われてみれば。


 毒気が抜けるような反応をする彼女の姿に苦笑を浮かべるしかない。


 陰陽刀を銃口を塞ぐ時点で聖にはメリットはなく。反撃される選択肢であった。それでも聖は決着が付くという意味だけを築いた。その結果として敗北を見出しており、無駄な傷の舐め合いを阻止することができたのは何よりも大きい。


 何せ。この戦いは。


 勘違いによって生じた派閥による殲滅戦ではないからだ。


「丁度疲れも取れたところですし、……よいしょっと!」


 心の波動が回復して再び解放された聖は立ち直る。


 馴染ませると屋上に突き刺さる陰陽刀を引き抜く。先程の戦いで損傷した箇所を青白く発光する指先でそっとなぞりながら丁寧に修復していく。

 うずめも光の集合体を手の平に収め、具現化した光は陰陽刀に形成される。聖が動いたことで念の為身構えつつも淡々とした温度に変わりはない。


「また戦うつもり?」


 いやいやいや、と手を振る聖は笑顔で否定した。


「スカートの中に拳銃を忍ばせておきながら、精神を麻痺させてくる東雲さんとは戦うつもりはないですよ。オマケに精神とか麻痺しませんし、そもそも派閥が違えど基本的に味方同士なので。これ以上刃こぼれしても、無駄ですからね」


「……履き違えか」


 顎に手を置きながら深々と思索に耽る。


 聖の言動。事の矛盾。

 食い違いを生じた原因を巡らせて。


 対峙に至るキッカケと世界観の差異。各地に起きる感情の衝突は全てあの妖狐に抱く憎悪の部分がトリガーになったのだと、うずめはそう考えていた。


 実際に恨みによって暴走した者がいる。


 広大な悪意を感知して。轟く波動の爆心地に向かう途中、同じく存在を知った聖と遭遇してしまい、立ち塞がる彼女と応戦する形となったが、時間の経過と共に妖狐の力を宿す少女の方に危機が訪れることに。


 事態は最悪だった。


 覚えのない一方的な逆恨みに少女は傷付いている。


 罪のない少女が救われる為には。

 到来するであろう最高のバットエンドを回避することだ。これこそが唯一の正当の手段であり、保護側の派閥の人間として、お互いに同じ景色を眺める共存できる場所を目指している。一人の人間の命を穢すことは絶対に許されない。


 摘まれてしまう命に手が届かない距離にあっても。


 名前の知らない彼女を脅かす災禍と共に。

 爆心地に訪れる波動の衝突は、彼女に向けられたものではなかったからだ。


「……あなたが伝えたいものは、私達は出る幕ではない、ということね」

「煩わらしい揉め事に御理解を頂けて心から感謝してますよ」


 しれっと指先をとある方角に向ける。


 不安を煽る曇天の景色に差す太陽の日差しが溢れてくる中で、波動の衝突は更に熾烈が激化させる。その中心で先手を握る聖の派閥は既に各地に網羅しており、洗練された手段は最初から想定されていたかのように。



 ―――妖狐の力を宿す少女を誰かが護衛していた。



「我々の目的はこうですよ」


 突如何もない空間からタブレットを召喚させる。

 液晶画面をなぞると共に、疑惑の矛先を突き止めた聖はうずめにタブレットの画面を見せた。


 その怪事めいた内容を確認したうずめではあったが。

 問い掛けようとするが、口元に指を当てて「しーっ」と内緒のポーズをする聖に目を逸らし、退屈そうにしながらも黙視をせざる負えない。


「まだ気付かない皆さんには内緒ですよ?」


 争いが起きた表舞台で密かに暗躍する裏側の計画。


 形を成す物に影が常に添うように、公にしない暗黙の証拠がある。アンバランスに保たれる天秤が崩れる時、錯乱によって即発される感情の片隅で行われた意図は、由々しき事態さえも知略で遂行できてしまう。


 成長する疑心暗鬼に拍車を掛ける派閥の軋轢。


 これこそがメインイベントの真髄であり、不安を駆け巡る灰空市さえ巻き込んだ新たな火種は、次の機会を定めて伺っている。


 真なる敵は。


 最も近い境界線で嘲笑っていた。


「他者の心を掻き乱すことで、眠っていた本心を呼び起こすことができる。感情の起伏で暴走する人々の中に闇が潜む。今回の事件で更に色濃くなりましたよ。人は何故他人を傷付けてしまうのかを。私達はある方法で突き止めました」


「私達、はね……」


 諷示が込められた言葉をうずめは溢す。

 バラバラに拡散する疑惑を辿れば。手に届く正解はとても近い場所にあって。


 納得はしない。きっと誰もが納得はしないだろう。


 批判される答えだ。傷付けられる選択肢を選んだ。他にも正当な道があったハズだ。それでも信念を押し通す理由がそこにあるならば、見届けるよりも、妖狐の力を宿す少女に加担する方が意義を果たせるとしたら。


 人はまだ、―――捨てたもんじゃない。


「騙された思想さえも利用する、傷だらけの野望。まさに人間味のある本能だわ。猟奇的な事件を引き起こす為には犠牲も厭わないように、先程の怪奇めいた景色もまた仕組まれた方略、ということか……」


「うん? ああ。先程の奇々怪々のような超常現象ですか」


 そういえばその出来事もあったような、暢気な様子で天を見上げては記憶を呼び起こす聖ではあったが。


「あれって、一体誰が仕込んだものなんでしょうね? 何か知っています?」

「いや、まさか……」


 明白になる口調と発言が予想を上書きされる時。

 肌を刺す謎の圧力は、知らない間に修羅に続く道を掻い潜っていたことを。


 強烈に思い知らされると共に。


 事態は激変する。



 波動という名の、心の衝突の爆心地が、物理的に消滅した―――。



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