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29話 不和になる





 四つの組織に連なる極秘機関特殊武装組織。裏国家直属とする結社。


 英国連合『REBEN(レーベン)』が所有する『暁天の魔女』と『極夜の祈祷師』を要するフランスを中心としたEU連合の魔術結社『STRAHL(シュトラール)』。『白夜の魔術師』を率いて各地を暗躍する米国の特殊部隊、またの名を『WELT(ヴェルト)』。そして、『黄昏の修繕師』を筆頭に世界終焉シナリオを防ぐ日本の陰陽道結社『WAHR(ヴァール)』。


 極秘として国際的特権の所持を許可されており、友愛。平等。自由。三つの標語を名の元に本来有るべき姿の世界を目指す。憎しみを打ち砕くほどの、国境の垣根を越える幻想に満たされた景色を眺める為に。


 正しい正義と向き合わなければならない。


 ファンタジーという空想の想像上を。固定された概念に縛れる意識は、既に構成された当たり前の常識を凌駕するのに難しく、最終的には鼻で笑われて茶化される始末。偽装に囚われた思考は二度と覆らない。たとえ世間が歪みを含んだ真実に手を伸ばすことができなくても。


 名前の知らない誰かが残した今日を、決して忘れてはならないと。


 心からそう願っている。



 だがしかし、ドロドロに溶けた欲望の前では、夢物語は実現できなかった。



 賽は投げられてしまった。


「再び繰り返される悲劇に危惧して、私達は私達なりの答えを導き出した。誰も悲しむことも、恐れることも、必要としない方法に辿り着いた。……なのに、名誉に束縛された哀れな構成員達が、欠けた六芒人の一席を巡って対立し始めた。それが波乱を巻き起こした、最大の失敗にして最高の原因よ」


 現実は厳しい。

 過酷。嘘だらけの欲にまみれた世界だ。


 利益だけを求め弱者を貶す。権を持つ者が優遇される現状。資金が武器となり、弾圧する言葉の力は他者を処分される。何も得ることのない手厳しい現実は、地位が低い者を徹底的に落とす。そこには平等の形すら隠され、強欲する支配は満たされるだけ。愛も空しく幸福も手に入れることもない。


 まさしく、現代は『理由』を奪われている。


「……メンターである総合理事長が隠居生活をされた今、機関の思想はバラバラになってしまった。次期指導者を求めて彼らは『彼女』という鍵を探している。妖狐争奪戦が毎日のように行われるからこそ、この戦いは茶番でしかない」


 身を潜める妖狐を保護するか。始末するかの選ばれた二択。どちらとも波乱を巻き起こすだけのトリガーに過ぎなかった。


 二ヶ月の間、拮抗状況は変わらない。むしろ悪化してしまった。


 進展しない膠着は贅沢に時間を潰す。唯一『彼女』と対抗できる切り札、四代目さえも生殺しにさせた一部の六芒人の判断には不満しか残らず、その強情にして暴君たる指揮にはみんなウンザリをしていた。


 そんな軋轢の時代だからこそ、東雲うずめは決断する。


 同胞に向けた銃口が届かなくても、姿を見せない『奴』に示していたことを。


「だって、貴女もそう思うでしょ? ―――神楽坂聖さん」





 二月に発生した波動による暴走は議会に物議を醸し、そして混乱させた。


 伝説と謳われる妖狐の復活に関係者は懸念する危惧に自覚を抱いた。その脅威となる戒めの存在に注意を払うものの、過去に伝わる最悪なシナリオを遥かに越えると予想して、決意を固める者達は六芒人の意見を待ち望む。


 期待に添えるような。明るい未来が続いていく答えを誰もが想像して。


 けれど、勝手な都合が理想を壊してしまう。


「まさか現状維持って、……花伝さん、これって一体どういうことですか!?」

「萌近、お、落ち着いて。私もこの判断には頭を抱えちゃって……」


 探偵事務所に赴いた女子大生に。

 切羽詰まる勢いで彼女に詰め寄る萌近の懸命さがどうしても辛い。


 その熱量を持った尋ねる姿勢では返って困らせるだけだと、パーソナルチェアで寛いでいたうずめは間隔を置いた所で腕を組み、静かに様子を探る。


 冬服に身を包む相手はようやく春休みを手にした大学帰りで、余程の緊急事態なのかショルダーバッグは肩に掛けず手で持参をしている。茶髪のロングは所々乱れており、覚束ない足取りはもはや限界。浮かべる笑顔は疲労で窶れていた。


 妖狐の力を携える者にして『八咫烏』の構成メンバー。


 千石(せんごく)花伝(かでん)


 波動感知に特化し、幻想を容易く見抜けることができる『残影』の持ち主。そのスペシャリストの花伝さえも掌握できないほどの『彼女』の透明な強かさ。畏怖の象徴が、陰陽道界隈を統べる派閥の頂点、六芒人でさえ現状維持を余儀なくされる強大な存在を前に、太刀打ちさえ敵わない波動の力量の違いに、極めて困難に立ち塞がる障壁が生じたのだと心の中で悟りを覚えた。


 同時に他の構成メンバーもまたやむを得ない至難に対面したということか。


 それも。放棄するような形で終わっている。


「……どうやら、議会ほ報告によると『彼女』の脅威に備えながらも方向性は現状維持を可決。派閥の連中達は潜伏する『彼女』の刺激をなるべく避けるよう、来るべく時までに平然を装うつもり、か。妙にきな臭い気がするけど」


「というか!」


 机を苛めるようにバンバンと叩く萌近は明らかに混乱していた。

 しかも頭を抱えた。


「私達の代表を含めて大半の人達が妖狐と共存するって総合理事長が事前に言ってたじゃん!? どうして覆ってちゃったんだよ!?」


「私に聞かれても困るなー、あははー……」


「笑ってる場合じゃない!」


 予想とは掛け離れた方向性の違いは後来を霞む。

 決してあってはならないハプニングを初めて経験した萌近の切羽詰まった反応。これが全てを物語る。誰もが想定していたハズの流れが、意図も容易く裏切られたかのように裁断が強引に下された。


「これは満了一致で決められた議決であって、今後の方針は臨時決定するみたい。どうしても今すぐには決められない事情が多すぎて。言葉にするのも……。はあ、これ以上いざこざはごめんなんだけどね」


「うぐぐ……、なんで、こんなことになっちゃったんだ……」


「ごめんね。本当は女の子を助けたかったんたけど。総合理事長が不在の今、私達だけでは決められないんだ」


 苦笑を浮かべる花伝だが、議会に参加した数少ない関係者でもある。


 一部の関係者だけが参加できる議会において。一体どのような判断で『彼女』の待遇を与えたのか。そして、誰が権限を行使したのか。総合理事長、日比谷時道が離脱した機関は不穏な空気を運び寄せている。


 背後を這う企みにうずめはひしひしと感付いていた。

 終わらない悪夢の到来を、阻止するには真実を問い詰めなければならない。


 裏側はそれほど歪なのだ。


「……その前に。花伝さんにお伺いしたい件があるのですが、前例を覆るような案を提出した者は誰なんでしょう。組織全体の意見をひっくり返す、真逆の立場が居るとすると、個人的ですがあの堅物な六芒人しか思い当たりません」

 

「うわ出たよ。妖物絶対ぶっ殺すマン。五反田仙吾! 雷親父は嫌いなんだよ」


「形残さず排除を掲げる密殺の一族。敵となる障害を次々と排除していった一族だからこそ、『鬼殺し』の異名が名付けられた。余程のことなのか五反田代表は妖狐である『彼女』を毛嫌い、頑なに否定し続けた結果、現状維持に辿り着いたと」


「じゃあ、これって、憎しみの連鎖って奴かいな!?」


 現代にて復活を成し遂げた『彼女』と四代目の『黄昏』の修繕師。


 繰り返してきた因縁の一線上。その血の定めと語られる各々の戦い。世代や血縁を越えて、成就してはいけない戦場はやがて民の象徴を枯らすのか。


 だがそんなことはさせない。


 妖狐を始末するのはあくまで最終手段だ。総力を注いで祖国の意志を守る。無駄な血を流すことのない、平和の為に掲げた正しい正義を証明させる。それが、総合理事長を含めて代表達が目指す理想の世界である。


 同じ景色を眺める安寧の日々を。

 共存を望んだ夢物語の続行を、三代目の『黄昏』の修繕師の子孫にあたる天王洲慧子代表は信念を掲げていた。


 潰えてはいけないのだ。

 かつて栄光の未来を願った約束を果たすまでは。


「それで、花伝さん。『彼女』を和解しない人物を是非教えてくれませんか?」


 机に肘を付いてうずめは返事を求める。


 これ以上は反乱を起こさまいと、探偵能力で解決策を急ぐ。同胞の争い事は誰も望んでいない。『彼女』の不幸な結末を変える起爆剤が欲しい。その為には同じく妖狐の波動を扱える千石花伝を事務所に寄越したのだから。


 寝返り。返り討ち。


 そんなのはどうでもいい。


 目的が必要だ。起爆剤となる目的を探している。構成員の隠された本当の目的を突き止める手掛かりこそが、『彼女』の弱点となり、仇なす理由を掴んでさえいれば無駄な戦いを避けられるに違いない。


「出来れば、私は同胞達の無駄な戦いをさせたくないんです」

「……」


 想像したくはないシナリオに花伝は息を飲んだ。


 どこか難しそうな表情を浮かべている。

 少しばかり視線を外して、自身の発言にも躊躇うような、収拾が付かない印象。それでも覚悟を示す花伝の答えは、尖りしか残っておらず。


 事態は最悪の展開を迎えることに。


「代表はもちろん、意見に反対したのが、四代目と清澄の巫女。それだけじゃないよ。清澄の巫女の意見を尊重して半分の八咫烏のメンバーが共存を拒んだんだ」


「あのケチ巫女がァー!!」

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