27話 健気なままで
今日の早朝。
それはネットニュースにて速報されていた。
名前も知らない群衆が、喉から手が出るほどの、退屈潰しのスキャンダル。知名度を実力で積み上げてきたアイドルの消失に、赤の他人は目の色を変えて。ペテン師のような形相で都合のいい情報を搾取する。
煽るデマとフェイクニュースを流して。
嘲笑う偽善者は自分自身が驕っていることを知らない。
入り乱れた情報の数々に翻弄される一般人の困惑する様子を着目し、炎上目的で真実ではない誹謗中傷の言葉を呟く。印象操作だと異論を唱える者の感情の起伏を爆発させることで、意味のない対立を偶発する。
ロクでもない魂胆。
そんな人生の無駄を喜びとする、可哀想な人達が築いたガラクタの城が、自我のある悪意に憑かれるとは知らずに。
―――言葉という呪いが、自分自身に跳ね返ってくるなんて。
誰もが迷信の一つに耳を傾けないのだろう。
何せ。
真実の情報こそ、そんなに安い価値観で世に問うワケがないのだから。
◆
煌めく光の残滓に突如現れたシルエット。
ボロボロと剥がれていく闇を越えて。瞳を閉ざす少女を二人は刮目する。
「女の子……? も、もしかして―――」
先に反応するのはビックリした幸乃だった。
歪人を超越した悪意の獣、鵺に化けた怪物の正体が、まさか年齢が同じくらいの少女がいたなんて。幸乃の想像を超える景色が更に広がるばかりだろう。
だがしかし。これは事実だ。
闇と光が混同する世界。全てが真実だとは限らない世界。
純粋な光に照らされた世界に現れる影こそが、一般人の常識を遥かに凌駕する真の部分だ。表舞台には決して姿を見せず、裏で暗躍する名も無き立役者。国力さえも凌ぐ神道結社は祖国の安寧を願っている。
心の奥にある『欲望』が意思を支配しないように。
陰と陽を維持し続ける護持達には、航でさえも頭が下がるばかりだ。
「……今朝、失踪していた人がいたんだ」
今にも倒れ込みそうな少女を幸乃は抱く姿勢で支える。
息はある。だが気絶をしていた。苦しそうな表情を浮かべるのは長時間悪意の塊に意識を奪われていた為。酷く消耗しており、ゆらゆらと揺らめく幻影の煙が再び少女の身体を乗っ取ろうとする。
ほんの束の間。
一瞬で距離を詰めていた航は彼女が空中に放り込んでしまった『欲望』の武器と持ち物の黒バッグを掴んでは幻影の煙を振り払う。
「彼女の名前は秋葉月子。耳にしていると思うけど、『ブランジュ・ノワール』のガールズバンド兼アイドルを活動している人なんだ」
透かさずに手を少女の頭上に翳す。
すると空気中を舞う微風が少女の周辺を纏う。芳香効果を含む微風に包まれて、苦悶の表情が微々たるものだが穏やかに和らいでいく。
荒げた息は元通りに。
眼前に居るのは寝心地に揺蕩う少女の姿が。
疲労を蓄積してしまい、思わず眠ってしまった女の子の寝姿が。
「すやすやと眠っているみたいだね……」
「とりあえず横になれる場所を。まずは……、あのベンチまで移動させよう」
白い公園に設置されたベンチに視線を向けた。
無音の空間で存在を示す腰掛けの椅子には、見覚えのある黒バッグが鎮座されていた。それが航の所有物だと理解するのに閃きは微塵も必要としない。
ただ、明らかに放置されていたのが癪に障るだけで。
「うん。そうだね。まずはこの子をベンチに移動して―――」
「あ、待ってくれ!」
ベンチに辿り着くまでの距離に。
手を伸ばす航には打算があった。それほど疲弊はしていないものの、気を失っている少女を華奢な体躯の幸乃が抱き上げることはきっと困難であると、航は事前に懸念を想定していた。
片手が塞がっている今の現状、代わりに彼女を抱える自信はない。仮に移動している途中で目が覚めてしまえば、こんな不条理なご時世だ、無実の罪を着せられてしまう可能性だって秘められている。
勘違いで虚しくなるのは御免だ。
ただでさえ有名人。盛大な声の大衆には勝てない。
それと状況が状況なので幸乃をお姫様抱っこしたのは正直恥ずかしさもある。
なので、第一に思考を行動に変えたのは、時空間による移動だった。
(しまった……! 千駄木ごと彼女を干渉してしまった!)
時空間移動を利用して怪物に接近戦を挑んだ戦法。頭上に放たれた銀灰色の矢に視線を集め、遮る影の手の視覚に霊符を忍ばせた卑劣な手段。相手側にとって最悪な不意打ちの一手でありながら、対応が一切出来ない初見殺しになっている。
元々の発端として。
根源の波動、時空間移動という術を取っておいた航は対象物を飛ばすことで擬似的に魅せ、特殊な移動手段を応用して最終的には勝利を収めた。
それなのに問答無用で敵対する者を蹴散らしてきた暴君の業。
二ヶ月の休暇を含めて、一時的だったが隠居生活を余儀なくされていた航は波動をあまり慣らしていない為なのか幸乃が少女を支えたまま、しかも一言告げずに、黒バッグと交換にベンチに移動させてしまう。
気付いた頃にはもう遅い。
「あっちゃー、つい癖で千駄木ごと飛ばしちゃったか」
「ん……? うわぁ!?」
秋葉月子を寝かせようとした配慮が仇となる。
時空間を経緯して共に飛ばされた幸乃。怪訝そうになるものの、一瞬にして景色が変化していることを鵜呑みにするが、自身が眠っている女の子を押し倒しているシチュエーションを目の当たりにした途端、盛大に感情を露にした。
「ちょっと、待って、私、どうしてこうなって……、ええ!?」
毛が逆立つネコのような反応。
両手を上げる姿はまるで威嚇のポーズのように。
忙しなくあたふたする幸乃は羞恥に満たされており、急いで身を引こうと試みるが落下した黒バッグを掴み終えた航と目が合ってしまい、次第にその顔は熱を帯びては恥ずかしさのあまり真っ赤に染まっていた。
「日比谷くん……。そ、そういう趣味じゃないからっ!」
近くにやってくると幸乃は首を左右に振って必死に伝えようとする。
正直に言ってしまえば、勝手に時空間を飛ばした航自身が悪い。
以前の話として彼女が何かしらの責任を取ることは一切ない。むしろ『欲望』を制御できる素質を備わっている幸乃を高く評価したい。
だから、これ何も言うことはない。優しく微笑を湛える。
「ああ。分かっているさ」
あとは幸乃が退いてくれるのを待つのみ。
締めが不本意な結果となってしまったが、誤解が無くて良かったと航はそう考えに至る。誰だって間違える。失敗は恥ずかしいことじゃない。正しい答えがあるとは限らないこの世界で、思い通りには行かないのは自身が未熟だからではなく、常に見えない試練に立ち向かっている証拠なのだ。
起こり得る出来事の数々こそが、自身の更なる成長に繋げると。
―――そう思っていた時期もありました。
「痛っ!? ッ~!!」
気が緩むような腑抜けた声が、白い公園に響き渡っていく。
一刻も早く女の子から離れようとした幸乃。
だがベンチを踏み外れては足を滑らせてしまい、そのまま地面に軽く衝突。衝撃を和らげたものの、その場で急に踞り、両手で額を覆う仕草は静かに悶絶をしていることから、普通に痛かったらしい。
溢れそうなほどの涙目。
クラスのマドンナらしからぬ年相応の健気な姿。
あれから数年経ってはいるが、見た目が変わっていても、相変わらず幸乃は幸乃であった。何処にでもいる普通の女子高生は努力を怠らず、真面目で正義感のある彼女の意思は物心が付いた時には、既に自分が生きている理由を知っている。
「うう。痛いよー……」
「……やれやれ。その調子だと、昔とちっとも変わってないじゃないか」
不安と希望に待ち受ける千駄木幸乃の行く末。
その未来の景色に辿り着けるように。彼女の子供っぽさに呆れてしまうけど、航は彼女のサポートを全うするだけだ。
手を差し伸ばす術は消えない。
たとえ、これから待ち受ける、幾多の至難が二人を遮ろうとしても―――。




