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26話 怒りと憎しみと妬みと

 嵐が来る。そんな予感はした。


 微塵な静寂が空間にのし掛かる。緊迫した空気は一層と張り詰めていく。


 未知なる領域。それは名前を奪われた白い公園。

 限られた者でしか辿り着くことが出来ない場所であり、繰り広げる激闘は熾烈を帯びて混沌の攻防を醸し出す。


 甲走る衝撃波によって、行動が制限されていた怪物に変化が訪れた。


 重心が加わる図体を支える四肢はトラのような獰猛な爪を具現化し、丸みを描く体格は筋骨隆々の肉食類の獣を獲得する。長い尾には蛇模様の鱗で覆われていた。その先端には舌を伸ばしながら二つの双眼を宿し、そして毒牙を晒け猛々しい風貌の輪郭は、似合わぬ猿の頭を身に纏う。


 架空生物と呼ぶには十分に相応しくて。

 伝説として語られた、異質同体の化身は此処に再誕する。


 かつて、トラツグミと呼ばれていたモノだった、偽りの言葉は何処にもない。


 時代を重ねる度に姿を変えて。

 そして現代へと定着した怪物の一種はこのように呼ばれていた。


「……そうか。お前の正体はキメラでありながら、―――鵺なのか」


 納得した航を微笑を湛える。


 挑発する眼差しは見下した。弄ぶ気迫が癪に障らせる。分かりやすい扇動に呼応するように、鵺と名付けられた怪物は喉元を唸らせた。


 漆黒色の鎧を纏う鵺。その周辺に赤の網状が覆う。

 時間が経過すると共に極彩色の領域が拡大。白い公園に設置された遊具の支柱が次々と染色されていく。


 危機が迸るざわめきの予兆を。

 汲み取ることができた幸乃は思わず航がいる方へ振り向いてしまう。だがしかし侵食世界では声音は遠退いてしまい、うまく伝わることができない。


 それでも。だからこそ。

 幸乃は諦めず瞳に映った畏怖を克服してみせる。


 非常識で積み上げられた予期せぬ事態に心の天秤は不安に傾いてしまいそうなるものの、抱いた危惧は簡単に拭えることはないと知っていた。


 越える。越えられる。


 決意を宿す幸乃に毒の支配は一切通用しない。


「日比谷くん。これって……」

「毒だ」


 言葉を告げる航は事前に弓を身構えていた。

 手の中に凝縮していく光の集合体。やがて形を変えて、燦々と煌めく銀灰色の矢を創造。鵺に目掛けて射貫こうとする構えを維持する。


「奴は土地を汚染させて人類を悪意で蹂躙しようとしている。……かなりの呪詛が込められているな。その瘴気を一度でも触れてしまえば、意識が奪われて目の前にいるアイツみたいになってしまう。だから一層と警戒した方がいい」


「そ、それって深刻なのは変わらないってこと……?」


「……むしろ、状況が悪化したとも言えるし、ええい、とにかく距離を置こう!」


「結局私達、追い込まれてるの!? って、うぎゃあ!?」


 何処にでも現れる影の手が。忍び寄る影の意思が二人に迫る。


 冷静に距離を置いて影を弓で払う航とは別に、花金鳳花の剣を抱える幸乃の方は白い花弁の防御壁に守られてはいるが、毛を逆立つ神経の尖らせ方に、多少の不安要素を考慮を配ることに。


 アドバンテージを背負うが、それでも航は幸乃を最優先して呼び掛けた。


「千駄木、『欲望(デザイア)』を使うんだ!」

「で、でざいあ? ってなにー!? うわ、近寄らないで!!」

「しまった……! 剣を振るうんだ!」


 指示の通りなのか。それとも本能に沿っただけなのか。


 目を瞑ったまま幸乃は花金鳳花の剣を振るうと偶然に影の手に衝突し、眩い光を発した直後、―――影は音も掠ることもなく焼却した。一瞬で消し灰となり、宙に焼き崩れる様は地面へ落ちる寸前で完全に消滅していく。


 熾烈な景色だった。


 強大な悪意を前に拒絶した、幸乃の存在意識の証明。

 ナランキュラスの剣は改めて主が彼女であると是認してみせる。


 呼応する魂の輝きは未完成な現実世界に具現化し、純粋な心の強さに影の手は堪えきれずに藻掻き苦しみながら焼かれていった。


 見間違えるワケがない。


 まるで、あの時の景色と同じだ。奇蹟の登場に航は二度も巡り会えた。


「あれ……?」

「やはりそうか。あの場面と同様『招き手』が消えたのは、千駄木の心の強さに耐えきれず燃え尽きたんだ! これが、千駄木の波動の本性なのか……!!」

「は、波動……? なんのこと?」


 訳も分からず右往左往する幸乃は瞬きを繰り返し、自身に傷がないことを確認している最中で、新しい可能性に感服する航の極端な温度差が目立つ。


 巡る邂逅。気まずい時間が流れた。

 偶然の重なりによって生まれた奇妙な出会いが物語を繋いでいく。


 燃え盛る悪意。意志は解放する。


 何かが違うと認識しても。心髄では驚いていた。


 絶え間ない争いだらけの上書きされた常識を、簡単に覆してしまう千駄木幸乃の意思は本来、人々が抱くべきハズだった道徳心であり、垂れ流された毒を飲み干す現代人の枯れた意思を正すように進境させる。


 全ては意志の御心のままに。


 結び始める命の炎は、可哀想な邪心を赦してしまう。


「しかも、本体に効いている……!」


 欲望の象徴でもある武器を彼女が振るうことによって。

 これまで無傷を保っていた鵺に浄化が通る。清澄な空気が精神に炸裂する。他者のストレスを蓄積した憎悪が暖かい炎に癒されて、負のエネルギーを糧として活動する怪物は堪らずに咆哮を繰り返すばかり。


 忽ち爆音が暴風を伴って二人に襲い掛かるが、


「させるか!」


 現実離れする景色に紛れて。

 手札の数を削りなからも先手で妨害を加えるのは、弓を身構えていた航だった。


「日比谷くん……!?」


 正面を担う航は埃を払う程度で衝撃を凌いでいた。


 しかし何より航が気掛かりだったのは鵺の標的がこちらよりも彼女に傾いている事実が許せなかった。フラストレーションを沢山稼ぎをした航にとって、幸乃に危機が訪れることは絶対にあってはならないのだ。


 あの日に誓った。

 彼女を守る約束をしたことを。



 意地を張ってまでも、守りたい人がいる限り、未来への信念は揺るぎはしない。



 たとえ代わりがいても。全うするまでは守り通してみせると。


「女の子相手に傷付けるような、弱者の真似事は嫌いなんだ。狙うとしたらその前に俺を狙え。次も千駄木を向けるようであれば容赦はしない。……だけど」


 躊躇なく弦を引き、鵺の眉間を標準として定める。


 脳髄を刺激する鋭利な視線と淡々と吐き出した本音の呟き。それが沸騰していく航の感情の表れであると幸乃が気付く前に、厳かな声のトーンが異質な空間に冷気が支配しているのを知らないでいた。


 そして、刹那に訪れる気配さえも。


「次なんて言葉……、俺の前では、有り得はしないんだ!」


 頭上に放たれる銀灰色の矢が炸裂した。

 独特にして尊大な鐘の音を高鳴らせて。見えない波紋が宙に伝わる。


 特殊な音響が脳裏に介する波動の四重奏。


 脳波を同調させて変性意識状態を作り出すのはヘミシンク音。ヒーリング効果を

もたらすと言われるソルフェジオ周波数を発する銀灰色の矢は、ある一定の位置に達した途端、速度を急激に落としていく。


 銀灰色の矢は黄昏の日差しを浴びる。


 一見『強欲』の解放によって想像を具現化させた本物に満たない矢ではあるが、想像ならではのキテレツな効果を猛威に振るう。


 透明の振動が伝播して。


 鵺が支配する影の手は矢に対して新たな脅威に警戒を強める。

 矢を追い掛ける影の手もいれば。自ら盾となる影の手もいたりする。


 器用に順応する悪意の意識だったが矢が金属音を奏る瞬間に、これまで蹂躙してきた影が動きをピタリと硬直し始めた。


「動きが、止まって……」


 銀の輝きに瞳を釣られていた幸乃は我に返る。

 見えない力に拘束された影の手を見て、繰り広げる現状に唖然するばかりだ。


 思いも寄らぬ結果を引き起こす白昼夢の連鎖が。


 絶え間なく訪れる非常識が鵺を襲う。


 痙攣を起こす影の手と虚しく抵抗を続ける借り物姿の怪物。非常識の存在が非常識に苦境に追い込まれるという皮肉な揶揄が生じる。そんな清浄なる世界で響いたパライソの鐘は、抑えられない害心を完膚無きまでに純化する。


「チェックメイトだ」


 パチン、と。

 指を鳴らす合図は道標へと到着した。



「―――エヴェイユ・ストラーダ」



 銀灰色の矢は空間ごと捻じ伏せられて、その直後に鵺の眼前に現れた。一直線上に飛翔する矢は弾丸の如く空気を切り裂きながら、完膚なきまでに怪物の額を確実に貫いていった。



 衝撃は残り。射抜いた怪物に起きる光の残滓が散らばっていく。


 影の手はボロボロになりながらも。抗う為に再生と消散を繰り返す。鵺という謎に包まれたシルエットに亀裂が走り、最後の咆哮は航に届くことはなく、負の感情の暴走は何もぶつけることも出来ないまま。


 ―――優しい光に飲み込まれた。


 上空を目掛けて放った矢は本来の役目を果たす。

 代わりとして地上に落ちてくるのは一枚の紙、―――霊符だった。


 作戦は成功した。交換するように転移させた霊符は途中盾と化した影の手の死角へ入り込み、注目を浴びた矢を囮として利用し、いつでも時空間を飛ばす用意を航は最初から念入りに不意打ちを作り込まれていた。


 視界を集めるには。多少なりの奇術を要する。

 全ての攻撃が感知されるであれば、至極単純に不意を突けばいいだけの話だ。


 怪物相手に、正々堂々など通用しない。


「わ、わ……!」


 ひらひらと舞う霊符を必死にキャッチしようとして慌てる幸乃。見事キャッチすると安堵の様子を浮かべては航のところに駆け寄る。


「……日比谷くん、終わったの?」


「ああ。終わったよ。彼女に蓄積された悪意の塊は全部取り除いた」


「彼女?」


 銀灰色の矢を貫かれた鵺はもう何処にもない。

 けれども、怪物だった存在は新しい光となって、再び現世に具現化していく。


 理不尽な境遇を味わう悔恨は浄化の輝きを癒されて、膨張し続けていた極彩色の領域、毒は水飛沫を上げてはパシャンと弾けた。穢れた土地は見る見る内に当たり前の景色が戻り、禁足地である白い公園は甦る。


 以前よりも空気が澄んでおり、心地よい風が吉日の知らせを運んでくる。


 あるべき姿を取り戻すための布石は。


 光の空間から現れる人影は揺らめいて。

 消滅不明の少女にして、みんながよく知る有名アイドルユニットの長女の方。


 ―――秋葉月子だった。

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