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25話 目覚めの道標

 生まれて初めて。魔法少女と呼ばれた。


 白い公園に繰り広げる深淵を覗く演劇。

 第三者が組んだ術式、魔術によって暴走した得体の知れない怪物。

 憎しみを放出し。怒りを蔓延する負の感情。その憎悪を終わらせる為に。祝福の終演と勝利の約束を天に掲げた。その合間に挟む幸乃の率直で和む感想に、何かがおかしいと航は微妙に違和感を覚える。


 一体。どういう風に想像をしたらそういう言葉が浮かぶのだろうか。


「いや、俺、男なんだけど……」

「例えだよ!?」


 武器自体の華やかさと漫画やアニメの世界に出てきそうな完璧なデザイン。

 まさに魔法少女が扱うべきものだ。言われてみれば、男子には相応しくない品物であり、最も絵になる人が他には居そうだ。


 航にとって。

 この武器は宝の持ち腐れ。


 聖なる祝福の御加護を捧げる武器は隣にいる新たな主を求めている。


「……決めた」


 周辺に漂う防壁の花弁。心を静める芳香は邪気を払う。

 奇跡を運ぶ永遠の祝福は誰でも平等に。


 変貌を遂げる怪物に対抗手段となる花金鳳花の剣を眺めた航は静かに決意すると、幸乃の方へ歩み寄り、柄を向けてみせた。


 成功に導く。その花言葉が最も彼女に相応しい。


「これ、千駄木にあげる」

「ふぇ?」


 予想外のシチュエーションなのか。現実味を感じていないのどちらか。

 あまり考えていなさそうな、頭上にクエスチョンマークが浮かんでそうな、呑気そうに呟いた幸乃の笑顔が若干壺に嵌まりかけた。


 束の間の膠着した時間がとても惜しい。


 もう一度柄を向けてみると彼女の反応が薄い。何か間違えたのか。

 内心思案を巡らそうとした所で、ようやく幸乃は事の重大さを気付き、黒バッグを落としては慌てふためいた。


「ちょっと待って。それって、日比谷くんが大切にしてるものじゃないの? 駄目だよ。受け取れないよ! そんな、私が持ってもあの怪物を倒せそうにない……。私はただの普通の人だし、むしろ負けちゃいそう……」


 首を左右に振って断る幸乃。

 非力だと理解している上に現実の区別を見通していた。


 容赦なく恐怖を植え付ける怪物の暴走。常識を遥かに凌駕した陰陽道で対峙する少年の混沌とした戦争。

 残酷な景色を明白にした意識の隔たりを認識した幸乃は逃げなかった。常識とは異なるノンフィクションを受け入れた。


 うやむやにする幻想の誘惑を断ち切って。

 幸乃なりの遠慮は迷惑を掛けない為の優しさだと気付いても。

 航はそれを否定する。否定する笑顔でごまかした。弱気な彼女の姿に心を応えなければ、そう遠くはない未来できっと後悔する。


 だからこそ、大切な約束を破るつもりなんて、絶対に無かった。


「―――負けないよ」


 真っ向から否定をする。

 目の前に現れた愚かな絶望を砕く希望の言葉を放つ。


 これは。悪夢から目覚めた少女の物語。


 輝かしい未来を途絶する闇を断つのは黄昏の後光。少女が生きていく世界を守るヒーローは心に光が有る限り、夢は終わらない。


 黄昏の修繕師と光をもたらす少女。

 懐かしい邂逅をもう一度。止まっていた時計の針を刻んでみせた。


「―――前にも言ったじゃないか。俺は、君を守ってみせるって」

「……!」


 彼女の華奢な手元に降りてくる。祝福の意味を座す花の武器。


 白い花弁は歓迎するように宙に踊る。まるで意思を持った小さな妖精。呼応する武器の輝きは暖かい。彼女の両手に包まれる光は新たな主を選び。


 そして、幸乃の答えを認めた。


「本当に、いいの?」

「ああ」


 首を竦めた航は心から笑顔で歓迎する。

 一方で状況を鵜呑み出来ない。というよりも幸乃は素直に驚いていた。


 確かにそうだろう。こちらも驚いている。


 これまでのアプローチに含めて、航に違和感を覚える様々な出来事の全てが過去に彼女と出会っていたからこそ、必然的に辻褄に矛盾が始まり、お互いが望む解釈に違いが生じてしまったのだ。


 月日を経てば景色は変わってしまう。


 それと同じように別の道を歩んだ二人は再び巡り会わせた。

 けれども感動の再会ではなく、片方が一方的に初対面だと勘違いをしたマヌケがいた故に、幸乃があの少女なのだと気付くのにラグが発生。


 結局、奇妙な再会によって二人は今日、対面を果たした。


 斜め上を行く。

 誰もが想像することも皆無なほどに。


 物語は始まる。物語は続く。

 ふざけた神様のイタズラを裏切る偶然の再会は、決して感動的ではないけれど、

二人が抱く心の強さは違和感の世界を壊してしまいそうな。


 どんな困難を覆す奇蹟が。味方になってくれている。


「やっぱり。そうだよね。何も間違っていなかったんだ。……あの時、あなたが私を助けてくれた人なんだって」


「君は暴走しかけた男の人達に襲われそうになって、そこに偶然居合わせた自分が千駄木を助けた。……確かに覚えている。でも、まさか助けた女の子が教室にいてしかもちゃっかり忘れているってね……」


 大事そうに武器を抱えた幸乃が妙に微妙な表情をしたではないか。

 涙目が消えていた。


「もしもイメチェンをしなかったら、素直に喜べたのかなー」

「まあまあ。悪いのは気付かなかったこっちなんだし、別に千駄木は……」

「一声掛ければ誤解を招くことはなかったよ」

「……そうなんだ」


 何とも言えない気持ちになった。


 多分、幸乃の方は前から日比谷航の存在を記憶に留めていて。

 一方では違和感だけが残っていた。気付き始めたのは怪物に対する逃げない姿。心強く瞳を輝かせた彼女の情景。懐かしい言葉が胸に響いた。


 負の感情で形成される『歪人』が得体の知れない怪物に変化し、路地裏で対峙するその際に、突然結界を越えてきた幸乃に航は驚愕してしまう。


 なぜ。陰陽道と関わりがない彼女が結界を通り越してしまうのか。


 前代未聞の事例。戸惑いと共に内側から変化を遂げる怪物を分析しつつ、一定の距離を保ちながら、思案を巡らせた航の回答は空白だった。


 それはそうだろう。千駄木幸乃は何者なのか知らずにいることを踏まえて、既に対面していた幸乃は術式は効かず、一般人には越えられない強力な結界を越えるのには元々彼女自信が持つ認識の強さが覆した結界である。


 初対面だと思っていたが、実際には初対面じゃなかった。


 という個人的な勘違いよって生じた誤差で思い出すなんて。まさかあの時助けた女の子が幸乃だとは思わないだろう。


「だからなのか、千駄木は結界を越えられるのか」


「えっと、その、もしかしたら私って、迷惑を掛けているよね……?」


「むしろ逆なんだ。自分が迷惑を掛けてしまった。本当は民間人を守る為の術式なのに、世代を越えて隠蔽し続けていた現実を覗かせてしまったんだ。これまでも、ずっと何も知らないまま疑心暗鬼にならないように」


 隠されている事実は数え切れないほどに。


 目まぐるしく行き交うフェイクニュースに踊らされる群衆と、行き急ぐ群衆の反応をスイーツ感覚で味わう選ばれたエリート達。表裏によって築きた社会を過ごす人間は何も知らないまま、当たり前の世界を生きていく。


 何も知らない方が良かったと手のひらを返すかもしれない。


 たとえ。それでもだ。

 祖国と人々を守る武士道の灯火が潰えることは決してないことを。


 証明する。



「―――誰に伝えられなくとも、大切な人達の世界は守ってみせる。それだけさ」



 手の中に光が集まる。振り翳すそれは―――、黒銀の弓。

 梟のような禍々しさを備えた羽根の装飾。烏のような格調を備えた羽根の装飾。上下に施された関板には宵と明けを重ねる光と闇の双眼。道を外した者を正しい方向へ導く為の道標は過ちを更正する。


 もう一つの、心の解放。その強欲の名は、目覚めの道標(エヴェイユ・ストラーダ)


 現実を司る弓を構えた黄昏の修繕師は鉄槌を下す啓示をもたらす。

 化けの皮が剥がれた、怪物の正体に向けて。


「さあ、新世界の始まりだ」

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