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24話 幸せを願う愛の祝福

 他人の心を滅ぼす悪意の権化。醜態の塊は正体を現す。


 世界に蔓延る負の感情。人類とは相容れることのない邪悪な怪物。

 蓄積された意識の集合体は幸ある者達を貶める為に呪いとして災禍を降り注ぐ。厳重に重ねた結界の層をグラインダーのように衝撃を走らせ、結界を突破した悪意の権化は、少年だけを正確に狙いを定めた。


 目先に凝縮された赤い閃光が発射される。


 熱を帯びた破壊光線は白い公園を負に染め上げ。莫大な閃光は視界を奪う。

 轟き叫ぶ金属音は泣き止まない。空気中にある粒子を焼き焦がす。まさしく怪獣が放つ一直線上のレーザーのように。


 寂寥とした現実を破壊しようと時間は身勝手に過ぎていく。


「うう……!?」


 遮蔽物に隠れていた幸乃は現状について理解が追い付いていない。


 身を守るために腕を盾にして、崩れる体勢は完全に目を瞑っていた。突発に吹かれた暴風が竜巻を生み出し、わずかな空間を制圧しても、彼女の心身に一切の傷痕は刻まれることはない。絶対に彼女は傷付けない。


 強いて言えば。

 何も通ることはないのだ。


 それはそうだ。禍害を受けているのは、破壊光線を放つ怪物の方であった。


「……時間稼ぎは済んだかな」


 轟音を遮る涼しげな声。ピタリと風を止む余裕の声を響かせて。

 手先を馴染ませていた航は刹那に目の色を変える。


 その途端に。



 ―――膨張する赤い破壊光線を電気を纏う日本刀で跳ね返してみせた。



 彼女を遠ざけた右手が。身構えた瞬間には航は日本刀を所持しており、破壊光線を怪物に向けて返却する為に刀を振るう。視界では捉えきれない一太刀は残心を綺麗に描き、跳ねた破壊光線は不可抗力に怪物と衝突した。


 更に畳み掛ける音速の剣術。


 空気を弾く渇いた音と共に。表世界に向けて披露する。

 土煙を捲る風が悪戯をする中で、煙幕が群がる白い公園で咆哮を繰り返す怪物に航は日本刀を握ったまま戦場の最前線へ歩む。


 伸びてくる邪悪な手を焼き焦がす。

 炭となって消えるまやかしの産物を何も知らずに捌いていく。


 そして。航は空間を無視して。


 一閃は届いた。



「―――雷迅」



 間合いが辿り着いた先に訪れる、電撃を含んだ奥義。


 網状に走る稲妻の渦。逃げ場のない落雷の応酬。眩いばかりの青い閃光と熾烈な爆音が次々と怪物を貫いた。


 たった一振りの斬撃によって恐々と戦局を変える戦慄の業。先程の優雅を含んだ剣技とは大分違う。雷神の荒々しさを具現化させた怒涛の一撃は、怪物の勢いさえも食い止めてしまうほど。感電した怪物は動きが鈍くなる。


 しかし、透明な殺意だけは俊敏だった。


「ひっ……」


 土煙が舞う。遅れてやってきた衝撃は刃物と同等の殺傷能力を誇る。

 大顎を開けた暗黒の空間から枝のように細く暗黒色をした腕が航を襲う。完全な不意打ち。反応ができないスピードで命を潰そうとする。


 幸乃は衝撃に驚いていただけで。怪物の奇襲は知らない。


 気付いた時には既に遅かった。


「日比谷くん……!」


 呼び掛けても反応を示さない。幸乃の視界はまだ未確定なままだ。

 思わず心配して掛け寄ろうとしたが、唐突に起きる違和感の錯覚によって幸乃は伸ばしたハズの手を戻す。


 建築物に亀裂が走っていなかった。


 むしろ。白い公園を覆う曼荼羅模様の結界が張り巡らせていたことを。


「心配する必要はないさ」


 寸前で腕を避けていた航。

 手を前に掲げる構えは制裁の合図を示しており、既に閉鎖空間を掌握していた航は支配者に相応しく敵意を向けた眼光を放つ。 


 手のひらに輝く光の波動。やがて形を成していく。

 そして黄金色に煌めいたシルエットは自動式拳銃となって。日本刀を振り翳し、暗黒色の腕をあっさり切断させる。立て続けに拳銃を構えては、土煙に紛れた怪物の額に狙いを定めた。


 躊躇なくトリガーを引く。


 銃口に火花が迸ると共に咆声が轟き。鐘を鳴らす銃声は咆哮を遮断させる。


(……なるほど)


 見事に命中するものの、特に変化は見られない。あれだけ叩き込んでもほとんど無傷に近い。大体の攻撃は動きを封じ込めることしか出来ず、時間を経過してしまえば、怪物は何事も無かったように行動を再開させた。


 何回繰り返してもリセットさせられてしまう。


 詮索する打つ手がない。 


「……やはり、全然効いてないみたいだ。その十分過ぎるしぶとさなら頷けるな」

「ええ!? ちょっと、なんでそこまで余裕になれる!?」

「実はあの怪物の弱点なんだけど……」


 悲劇から免れた幸乃は指摘を含んだ文句を募らせてきたではないか。


 下がれとは言ったものの。

 恐怖と向き合う彼女は背を向けず、現実と向き合っている。


 直向きで純粋な心の強さ。健気に頑張る姿に感心した航は今すぐにでも説明したいところだが、煙幕の狭間から赤いレーザーが二人の間を通過した。


 忽ち二度目の爆風が襲う。


「……」


 まだ動ける。まだまだ動ける。

 式神。結界。波動。剣技。奥義。試行錯誤による連続攻撃を乗り越えた怪物。無尽蔵のエネルギーを持つ存在について、航の経験上、突然変異によって具現化した怪物は初めてかもしれない。


 マガイモノとユガミビトとは違う存在。

 新たな脅威を知った。


 だがしかし、未知なる相手に対して、二人は衝撃に屈せずに。

 動くダーツボートにしか見えない相手に鬱憤を晴らそうと拳を解していた。


 いよいよ限界が来たかもしれない。


「本当に。空気が読めないヤツだな」

「うん。流石にしつこい気がする。なんかちょっとだけイラついてきた!」


 幸乃の本音は無謀ではない。紛れもなく意思の強さを成せる姿だった。


 最初は怯えていた。

 何処にでもいそうな女子高生の反応だ。

 けれど次第に恐怖を肌身で感じ取り、偽りのない現実を受け止めた意識の輝きは見ていてこちらも清々しくなる。


 招き手を払い燃え盛る彼女の潜在能力は未知数だとしても。

 認識の境界線を無視して、常識の裏側を踏み入れる幸乃の清らかな精神。穢れを払い除けるカルマは因果の終着点を凌駕していた。


 彼女は一体何が見えていて。

 何が千駄木幸乃を動かすキッカケがあるのだろうか。

 誰にも止められない運命さえも抗えてしまいそうな。明日を見据えるその曇りなき瞳はとても透き通っていて。


(……やはり、そうなのか)


 変だと思っていた。どうしてだと疑問を抱えていた。

 でも、解決した。


 太陽の日差しを浴びた幸乃の姿は、夕暮れを告げる者に相応しかった―――。


「……それに、あなたと一緒にいると、私も強くなれる気がするの。ワガママかもしれないけれど、私はあなたのことを信じてる。だからその……」


「……」


 どんな表情を浮かべているのだろう。


 伺えはしない。眺めることもタブーだ。これから彼女が歩む未来を守る為にも、航はそれ相当の覚悟をしなければいけない。


 約束を守らないと。

 彼女に失礼だ。


「今度は、あなたの背中を守らせて」


 きっと窮地の中心に立っているハズなのに。

 笑顔を浮かべる。美しくて眩しい。年相応の可愛らしい仕草をする。


 駆け巡る衝突が未来を霞ませ、混沌としたちっぽけな空間に一輪の花が咲いた。


「―――」


 過る感覚が研ぎ澄まされて。

 拳銃を宙に隠した航は静かに息を飲み込む。


 そして、その瞬間だった。



 ―――得体の知れない怪物を狙い、時空間移動した航は陰陽刀を振るっていた。



「―――月破照覧」


 立ち込めた高揚の感情を乗せて。

 捉えられることのない意味に、絶句するほどの神速は誰にも止められない。


 一撃を加える華麗な身のこなし。たった一つの斬撃によって怪物の脅威を鎮めてしまう。わずかな静寂の間に陰陽刀を収める仕草の後に続く衝撃波さえも、制服に付いた埃を払う程度の感覚で終わらせる。


 自信に満ち溢れた幸乃を置いてきぼりにさせて。


 地盤を揺るがす莫大な圧縮波は怪物を巻き込み、爆発を引き起こした。


「……へ?」


 隣に気を配る幸乃はこっそりと振り返る。

 もちろん誰もいない。


 改めて異形の存在に目を向けると、幸乃は声を荒げてビックリした。暴れ回っていたあの怪物が伸びており、赤い双眼は途絶えていた。動く気配もない。気絶をしているのか四肢が痺れている。


 本能の機能停止を見て安堵の表情を浮かべる彼女ではあったが。

 警戒を怠らないのが航だった。


(……まだ動くか)


 原型を留める限り。怪物は再び復活してしまう。

 警戒心が薄れたタイミングで奇襲を掛けたり、再び衝動のままに暴走するか、結界を抉じ開けて脱走を試みる可能性も捨てきれない。


 何れにせよ、無難に身構えることが大事だ。


 だからこそ、今のうちに証明しなければ、物語は始まらない。


 彼女が。訪れてしまう。


「いつの間に。全然見えなかった……」


 無意識で呟く幸乃だったが直ぐに希望に満ちた表情に戻る。

 こちらに小走りで駆け巡ろうとする所で偶然に航は時空間を越えて到達。まるで瞬間移動みたいに見えていた彼女の方は「ひゃあっ!?」とビックリしてしまい、小さな悲鳴を上げた。即座に説明を入れる。

 

「ひ、日比谷くん。今、瞬間移動をして……」


「瞬間移動の上位互換、時空間移動だ。本来はこの霊符を怪物にマーキングさせて物理的法則を無視しながら移動するんだけど、俺が扱っている波動は特別なんだ。制限なく何処にでも移動できる術。……禁術の一部だ」


 血族。あるいは波動の遺伝。

 禁術を扱える一族。そこに日比谷航として生まれた時点で、一般人ではないことを聞かされた時、見える世界は変わった。存在という有意義を実感した。


 自分が四代目の『黄昏』の修繕師と同時に。

 二代目の『黄昏』の血を引く末裔の一人であることを。


 夜空が綺麗で。月光に満ち溢れた日に。


 波動は目覚めた。


 航自身が特別だと理解しているからこそ。与えられた使命を全うするだけ。今回の事件に関してもそうだ。いかなる状況を見計らい、事件によって散りばめられた解決へのパズルのピースを埋める役目は。


 最後の切り札として。

 黄昏の修繕師はたった一人の少女でも救ってみせると誓う。


 裏側で好き放題に威張る異国と。戦うことを決めた。


「……それよりも、あのバケモノに警戒した方がいいな。弱点らしい弱点がない。色々と模索していたけど、どうやら日本の波動が効かない。俺の知らない所で超常現象が起きているとは……」


「そんな……」


 見事な不意打ち。交戦を始める前に仕組んでいた術式の数々。

 場合を考えて幸乃の背中に霊符を貼り付けた時点で彼女は得体の知れない怪物へと豹変してしまう。人ならざるものに変化を遂げた異形の存在は。


 ―――想像を遥かに越えた、悪意の鎧を纏っていた。


「超常現象……。日比谷くんが知らないこともあるなんて……」

「いや、少しだけ気掛かりなものがあるんだ。この悲しいバケモノを具現化させた張本人がどこかで彷徨っているかもしれない」


 きっと。航が知っている『あの女』の仕業ではない。

 本懐のその奥に潜んだ猛毒。術者の思想で構造されたマスゲーム。異なるピースが枠となるものに混同している時点で。


 あの怪物は単なる『歪人』では無かった。


 迷い狐と合体した少女とは別の一件。背後に隠されたもう一つの事件。

 正直な話だ。たった一人の女の子を巡って、護衛派や暗殺派とかいうでっち上げのダミーに議論を用いて熱を帯びている場合じゃない。


 そういう、お互いの正義がじゃれ会うレベルの問題では無くなったのだ。

 これまで想定していた事態よりもかなり深刻に。熾烈な佳境を突き付けられて、波乱を招くキッカケをもたらしたに過ぎない。


 バケモノに組み込まれた術式は。

 陰陽道とは全くの別物であり。意思が掛け離れていた。


 現実という思念を構成する世界に幻想をもたらす神秘の象徴。


 その名は、―――『魔術』である。


「張本人を探さないと。新たな怪物が暴れ出す。そして、無関係な被害者が出てしまう。そうなる前にあの怪物を倒して、事件の真相に辿り着くまでだ」


 振るうようにして現世に具現化させたのは。

 白と桜の色彩に装飾されたステッキのような剣。眩い光輪から登場するそれは花であり、ラナンキュラスをモチーフにした武器は周辺に花弁の盾が舞い躍り、心を静める芳香は浄化に導く。


「……出来れば。使いたくはなかったが」


 柄を掴み取り、航は花の形をした剣先を怪物に突き付けた。


 異国の剣にして。

 心を解放せし異端の印そのもの。


 欲望の具現化、幸せを願う愛の祝福フェリーチェ・ラヴ・ブレッシュ


 憎しみに溺れたモノに捧げる、奇跡を運ぶ永遠の祝福。

 留まる魂の執念を癒す、花金鳳花の剣を天へと掲げたその途端だった。


「わぁ……っ、魔法少女みたい……!!」

「……男なんだけど」

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