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23話 白い公園

 足を踏み入れるのが至難な禁足地は二人を迎える。


 選択肢が決して一つとは限らないように。

 

 迷宮のような迷いを含む構成をした路地裏。その意図は果てのない巡り合わせの試練を連想させる。その最奥に辿り着いた者にしか見渡せない景色では、中途半端な意図で挑むと到底拝めることはない。厳かで謎めいた、何とも言えない場所は、異様にして幻想的だった。


 ―――白い公園。


「……路地裏の奥にこんな公園があるなんて」

「この場所は特別なんだ」


 路地裏を低空飛行をしていた航。

 体幹のバランスを保ちながら二歩ほど歩くようにして着地する。


 続け様に見知らぬ土地に降り立つ幸乃は、現実と解離した雰囲気にひっとりと周辺を見渡した。同時に航は一瞬だけ後方に視線を向けていた。


 特殊な構造をした禁足地。一面を覆う白色に満たすのは聳え立つビルの摩天楼。

 静寂だけが許された空間に。生活感は虚無に等しい。


 何もない。


 シンプルな景色がそこにはあるだけだ。


 公園の遊具は注目を寄せ、太陽の日差しは惑わせる。時間を忘れてしまいそうな閉鎖空間は、本来の感覚が麻痺を引き起こすような、妖しさを醸し出す。


 あまり長居したくない。

 冴えた意識が代わりに警戒してくれている。


「信じられないと思うんだけど、曰く付きな場所さ。地図にはほ載らないし普通の人は絶対に辿り着けない。見えない力が働いているんだ」


 見えない力が働いている。

 実際にスマホを取り出してみると本当に電波が届いていなかった。これではただの高い箱になってしまう。


「ホントだ! 電波が届いてないよ! って、……見えない力?」


「そうだ。神隠しと言えば分かると思う。日本には足を踏み込んではいけない場所が沢山あって、ある日突然人が失踪してしまうのは禁足地の仕業なんだ。神社の方が有名なんだけど、この公園は例外中の例外なのさ」


 公園に辿り着いた前に、二人が通った路地裏に衝撃が走る。


 入り口付近にて手足を掻き乱れた怪物は未だに暴れていた。赤い双眼はこちらを定めては強襲しようと試みるが、再び見えない壁に邪魔された。


 重い図体が有り得ない方角へ曲がる。無数の手は行き場を失い徘徊する。


 それでも空へ伸ばし、隙間を勘繰る。見えない壁に何度でも強引に打ち付けて。侵入できる場所を手当たり次第探しているような仕草に。


「うう、少しだけ、苦手かも……」


 あまりのしぶとさに不快感を覚えた幸乃は航の後ろに隠れてしまう。すると過去の記憶が脳裏に重ねた為か、赤面をそっと隠す。


 対して航は手を伸ばしてみせて。

 指の前で呪文を唱える姿勢で足止めを伺わせていた。


 勇ましさを含んだ笑みを湛えたその表情。行く手を阻む防壁は太陽の日差しを照らしてみれば、曼陀羅模様のような、マンガの世界に似た魔方陣が浮かぶ。


「……結界」


 不意に思い出す言葉に。違和感は存在しない。

 むしろ、慣れていた。


 偶然にも鉢合わせをした二人に。


 あの時、想像をしていなかった航の狼狽が本当の意味を理解する。


 得体の知れない怪物と対峙する為に路地裏に駆け込み、一般人に危険が晒さないようにあらかじめ結界を張っていたに違いない。

 その狼狽が根拠に至る理由。きっと本来ならば侵入出来ないハズなのに、何らかの拍子で幸乃が足を踏み込んだことでイレギュラーを招いたとしたら。


 暴走する怪物を凌ぐほどの、強力な結界に対して。

 どうして幸乃は航と再会できたのか。


 思い出した。


「うーん、なんでかな、いつの間に私は結界を越えちゃったんだろう?」


「……多分、力不足か、もしくは認識の差異で生じたのかもしれないな。千駄木が知り合いだったからか結界の影響を受けていないとか。でも、おかしいな。波動を持たない人には認識しないハズなのに……」


 顎に手を置いて思案を巡る航は一貫して冷静沈着で。ハプニングにも微動だにしない不屈の精神には改めて様子を伺うと、彼の底知れぬ誇りに激震が走る。


 恐怖が巣食う超常現象の世界では。


 彼はたった独りで怪物相手に日々恐怖と挑み続けていたことを。


 そこに。

 迷いなんてものは無い。


「本来、結界を張ると潜在意識を遮断するようになっていて、無意識に距離を置くように術式を施したんだ。一般人の配慮もあるけど、あんなバケモノがもしも表に出てきたら、騒ぎのレベルの問題じゃないし」


「……確かに」


 暴れ回る怪物はピタリと止まる。


 こちらを凝視する目玉。結界に張り付く影みたいな手足。

 心臓の脈打つ鼓動のように膨張したり萎縮する怪物は、みんなが知る生き物でもなければこの世に顕然する産物でもない。


 驚きたくもなる。嫌な現実が突き付けてくる。


「元々はさ、人なんだよね……?」

「ああ。正真正銘、人なのはいつも変わらない」


 憎しみのような。悲しみのような。

 どこかやるせない気持ちに浸るのにはどうしてだろう。胸の奥が痛くて辛い。


 きっと。苦しんでいるに違いない。 


 何かを悩んでいたハズだ。臆病に現状を眺めても、変化した現実は残酷ばかり。涙を流す苦痛を知った幸乃だからこそ、あの怪物が抱える苦しみを理解しようと心で歩み寄る。決して。背中を向けないように。


 あの日に誓った。成果を示す時が来た。


 今度は。


 ―――幸乃自身が名前の知らない誰かを救う番なのだと。


「尚更、助けないと駄目なんだ。みんなを救いたいから、私はあの人を助けたい」


 世界を見出す瞳が。拳を作る決意が。

 もう弱い自分から逃げないと誓ったあの日から。夢を追う意味を知るキッカケを導いた彼の強い背中姿が。幸乃にある弱さを理解した。


 自分が弱かったんじゃない。

 困難に立ち向かう心の覚悟が、まだ幼かったのだ。


 今は違う。


「私は、みんなを守りたいんだから……!」

「……!!」


 心に弾く高揚は全開になって。悩みに悩んで辿り着いた自身の道標。万を期して千駄木幸乃が言葉に表せるようになれた本音という真髄。


 それが「みんなを守る」ことだった。


 弱ければ勝てない。強くなければ勝てない。努力をすればいいのではない。

 一体何を守るのかを。明確な意思がなければ駄目なのだ。


 でも、答えを掴んだ幸乃は違う。


 ―――真実の愛に気付いたからこそ、改めて守るべきものを見識してみせた。


「……そうか。知らなかった。千駄木って、とても優しいんだな」

「え?」


 顔色を伺う航に見透かされて。


 クスリと微笑む彼の愛おしさに幸乃は何も言えなくなってしまった。

 どこまでも優しくて。どこまても心強い。たとえ対峙する怪物に対しても感情を囃し立てず、真っ直ぐな眼差しは決して曇ることはない。


 見てきた景色の数々は越えられないように。

 彼の背中はこんなにも近いのに、日差しを浴びた姿はどこまでも遠く感じる。


 懐かしさと共に。

 幸乃は過去の残光を目の当たりにする。


 絶対に忘れられない。あの日と再び光景が重なっていく―――。


「―――君は下がって」

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