22話 光の子
暗雲が立ち込めたアンバランスな世界に注がれる。
黄金の後光。
駆け巡る青空の景色が蘇る。
怒濤に押し寄せる暴風は災禍を跳ね除けて、あるべき瞬間に訪れる黄昏の日差しは機転の象徴。この街に生きる全ての人に背中を押してくれる。
もっと。前に進められるように。
行く手を阻む名の無き悪魔を焼き焦がす炎。正義を翳した聖なる光が強大な闇を溶かす。蔓延る負の感情に永遠などないように。形にならない痛みの数々を癒せる心の強さは、不公平に創造したこの世界の未来を変えてくれた。
幸乃は知っている。
同じ景色を見る為に手を伸ばした。
静かな強かさを持つ、過去に救ってくれた、憧れる人の存在を。
「温かい。光……」
仄暗い路地裏を日差しは光沢を描いては隅々まで照らしていく。
降り掛かる災いを取り除く光の鱗粉。風に乗る霧雨は滑らかに溶けてしまった。それでも彼の死角のない太刀筋は怪物から伸びる腕を無難に捌く。振るう度に光の鱗粉は再び姿を現れては儚げに消えてしまう。
眩しい世界なのに。死の瀬戸際の世界なのに。
心がとても落ち着くのはなぜだろう。
転々とする事態の豹変をもたらす速度に、不安を抱いた感覚はすっかり慣れてしまっていた。僅かな時間の間で移り変わる景色を楽しむ余裕さえある。認識のズレが生じたと思っていたが、実際には違う。
至極単純。恐怖よりも一層と興味が打ち勝っていたのだ。
瞳の輝きは更に煌びやかになる。
透明な世界に色が宿した。覆う黒を解き放つカラフルな景色。
次第に当たり前の光景が広がっていく。そして、そこには何も変わらない日常が帰ってきた。本来あるべき姿がここにはある。
些細な違和感に恐れる必要は無いと。
(私は、今を生きている―――)
眼前に広がる現実の向こう側。目に焼き付いた残景は消えない。彼と死闘を繰り広げる正体不明のバケモノの壮絶な攻防戦は進展の兆しが見込めず、完全に部外者である幸乃は息を呑んで見守ることしかできない。
それでも。
彼の表情に焦りがないからか、却って、気持ちが緩んでしまっていた。
(……遊園地のアトラクションみたい)
回転する視界の先に燃え上がる炎を越えて。伸びてきた漆黒の触手を木っ端微塵に切る彼の精緻を極めた剣術。自らの力で切り開く景色は転々と変わる。迫力と緩急が織り成す幻想的な光景に、目を奪われていると知らない。
欲を言えば。彼の戦う姿をもっと眺めてみたいところだが。
彼は何かを察したようで、
「……」
顔色変えずに怪物を吹き飛ばす。
振るう手が一瞬消えた途端に閃光が発射された。見事に命中する怪物は光のエネルギーに耐えきれずに液状の肉片が飛び散っていく。
路地裏にとん、と爪先で着地すると距離を確認した彼は幸乃に問い掛ける。
微妙な顔をしていた。
「何か、楽しんでないか?」
「そんなことないよ! ほ、ほら、あのバケモノを見て。ずっと追い掛けるつもりだよ。このままだと私達危険かもしれない。だから、私が見張ってあげる!」
倒される気配も見せない怪物の持久力。
優しい光によって浄化しているのに効いていない。ドロドロと蠢く黒の液体はこちらを定めては飛んでくる。覗かせる闇の一部を目視しようが、彼と居る幸乃には恐怖に染めることはない。
確かに腕は震えている。
けれど、それでも、彼の前では弱い姿を見せたくはないのだ。
「……分かった。それは助かるよ。千駄木。俺の背中を任せる!」
「うん! ……って、きゃあ!?」
一抹の不安を克服した少年、日比谷航は頷いた。
お姫様抱っこの姿勢は変わらず。もう一度路地裏を飛翔する。幸乃は航の肩に掴まることで視界をカバー出来るように戦況を伝える。
路地裏で繰り広げられる超常現象に興奮が冷めない幸乃を配慮して、航は自身の背後を託すことでより一層と自由に攻撃が加えられる。
勢いのある返事を返すものの、慣れない飛翔に幸乃は驚いてしまった。
その代わりに、航はほんの少しだけ笑っている。
一段と密着する形となってしまったが緊張感は何処にもない。むしろ清々しい。アトラクション感覚で路地裏を巡り、現実離れした世界を眺める。そこには余計な雑念はない。本物の常識を心から楽しんでいた。
目の当たりにした、イルミネーションの連続に。
踊る心は誰にも止められない。
「更に畳み掛ける!」
旋回する航は身構える。剣先を水平よりも下げる構え。怪物との間合いを極めると共に刹那に生じた静寂を掻き払う。
得体のしれない怪物に注がれるのは、―――七色の流星群だった。
「曙光種・極光蝶!」
声を発すると共に。
虹色の蝶々は怪物を覆うようにして降り注いだ。
土地の性質を利用した全域攻撃。狭い路地裏では回避が出来ない。怒涛に降り注ぐ流星群に直撃した途端に、表面が蒸発し、言葉では表せないほどの咆哮が轟く中で、焼き爛れていた路地裏は今までの景観に修復するではないか。
「壊れていた景色が戻ってる……!?」
慈しみが込められた優しい芳香が辺り一面に広がっていく。
蓄積した疲労を癒すマイナスイオンは枯れ果てた花壇に生命の力を与える。すると見る見るうちに活力を取り戻し、荒れた色彩は本来の色を取り戻した。
淀んだ空気が空調されていく。
都会にいるハズなのに、清澄有り触れた自然の強さを感じる。
清潔と清浄が怪物の存在を懲らしめる。人類の叡知と万物の力が重なり、その中心を支える光の一撃は荒んだ世界を照らした。
後光は二人を照らす。
「すごい……! まるで、御伽噺の中にいるみたい!」
「そこはアニメとかマンガの世界じゃないのか……。まあいいや」
低空飛行で滑空すると、要り組んだ路地裏をすいすいと通過していく。その背中を追うバケモノは地を這うように狙いを研ぎ澄ます。
影の手を伸ばし二人を再び襲い掛かろうとするが。
パチン! と航は指を鳴らすと最後の最後で見えない壁にぶつかり、図体が液状のように弾けるが、これでもかと影の手は伸ばすのを止めない。恐ろしく二人を狙う執念深さに対して幸乃は不機嫌になった。
生理的に受け付けない、嫌な顔を浮かべては。
「なんだろう、ゴキ……、みたいな虫を思い出しちゃった……」
「……」
瞬く隙を与えずに。
―――得体の知れないバケモノに巨大な炎の渦が直撃した。
遅れてやってくる衝撃波と爆音の連鎖が路地裏を覆う。
爆心地となった怪物は燃え上がる。原型を崩すシルエットが徐々に融解していくではないか。絶望の景色は容赦の無さを表しており、今まで畳み掛けた一手は余興程度と言わんばかりの理不尽さを映している。
だけど。幸乃を庇う形だからなのか。
本当の実力を、航はまだ伏せているに違いなかった。
「……もしかして日比谷くん、実はめちゃくちゃ強かったりする?」
「まあ……、自信はあるかな」
「結構謙虚だね」
人類を蹂躙しそうな恐ろしい怪物に対して。
簡単に空を飛翔したり刀を持つ仕草で圧倒する姿を刮目すれば、底の知れない力を潜めている航の方こそが別の意味で強烈だった。
―――あの日、見付けた背中姿は正真正銘の本物なのだと。
「さて、ようやく目的地が見えてきた」
向けられたす視線を追ってみると。
映り出す視界には一段と広いスペースを設けた場所が見えて。
その場所は普段人が寄らないというのに異様に設備が整っていた。路地裏という領域の奥地で静かに待ち受ける空間は、誰かを試しているような気がして。本当に此処は現実世界なのかと錯覚しかけた。
「……公園?」
白色に埋め尽くされた。
名前のない禁足地の公園は二人の意識の強さを迎える。




