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21話 暴走していく色恋沙汰

 呼応する般若の仮面。

 仄暗い地下通路を照らす奥から覗いた赤い双眼は揺らめいている。


 ―――鬼だ。人のカタチをした怪物だ。


 陽炎のように揺らめいだ灯火。

 見下した視線は淘汰すべきものを排除する殺意。

 だがしかし、標準は重ねることはなく、曖昧な視線はこちらを見ていない。恨みを孕んだ感情の暴走が全身を震わせる。どこまでも執着する固定された概念が彼女自身さえも歪ませていく。


 所持する日本刀はドス黒いオーラを焚き付けては彼女を纏う。

 刀に意識が奪われているのではないか。


 そう悟っても。恭子の判断は遅い。


(バケモノ……ッ!!)


 知らぬ間に体力が奪われていること、苦悶を浮かべる恭子はようやく気付いた。


 百光丸という名の日本刀。


 その妖刀に秘めた力というものは相手を疲弊させる効果があって、背後から来る不意討ちを受けた代償として恭子の体力が奪われていた。対象の人物の気力を奪取した犯人が彼女ではなく、日本刀の方なのだと容易に頷ける。


 でも。状況は至って何も変わらない。

 危惧していた。所有者が最悪だった。一般人を切り付けた残痕が物語る。


 彼女はルールを破った。


「……その焦った様子だと、一般人にまで傷付けたみたいだな」

「だって、仕方がないでしょ?」


 特に悪びれもせず。

 自分の主張が正しいと言わんばかりの威圧感が放たれる。共謀であるハズのお面を付けた少年にまで毒牙を仕向ける始末だ。


 横暴にして問答無用の誂え向き。聞いて嫌になる。


 対して少年は肩を竦めた。炎を纏う日本刀を肩に乗せて距離を置いている。相対的に映る両者の刀は生命のエネルギーを吹き出す。情熱と怨嗟。向かうべき敵対の色が顕著しており、彼女に宿る『闇』が強い印象をもたらす。


 ひょっとのお面を付けながらも。根本的にある心の強さに関しては。

 断然、彼の方が上である。


 歪み始めた規則さえも高を括る場違いの化身に向けて。本性を隠すアンバランスな雰囲気を制圧する少年の恐ろしさに恭子は無意識に唾を飲む。軽率な態度で挑んではいけないと、触れられない厳かさに忠告されている。


 おかげで冷静な一面を取り戻す。

 それでも、彼は決して味方ではないのだ。惑わされてはいけない。


 注意すべきものは別にある。


「限られた時間を効率よく活用するには、要らないものを削らないと。全てが自己責任よ。この世界はそう出来ているの。けれど、私は本当に騙されていたわ。露骨にフレンドリーに囲っていた相手はまさかのデコイだなんて。みんな裏切り者よ。理想を反発する者は淘汰すべき。次は……、制裁を掛けないと」


 彼女が何を言っているのか。恭子には分からなかった。


 けれど波動の道を辿ってみると。

 流れ込んでくる色彩に恭子は思わず表情が歪む。水っぽい極彩色が視界全体を覆う感覚が襲う。沸騰する感情によって頭に血が上ると共に、般若の仮面を被る少女は嘲笑うものの、心の底からは憤慨していたのだ。


(私に向けられた、拭いきれない怒り、か)


 何度もぶつけられた怒り。一向に解消しない呪いの一種に。

 彼女は憎しみに溺れていく。


 このままでは自我が崩壊してしまう。


(……そろそろ、動かないとやられちゃう)


 弱っているものの気絶をするほどのダメージを負っておらず。

 隙が訪れる瞬間を待って反撃を繰り出す。無駄に消耗するよりも作戦を練る時間の方が必要としている。負けっぱなしにはいかない。本来の妖術を発揮するには、彼女の狭い視界から外れたタイミングを狙う。


 危機的な状況をから逃れる為に。

 反旗を翻そうと身構えた恭子は突然驚愕する。


(透明の、手……!?)


 突如脈絡のない場所に現れたのは半透明の腕だった。

 脈を打つ生命のものではないと、平常心を保ちながら自身に言い聞かせている。けれど、夥しい数の腕は生気を感じられず、手招きをする腕に背筋が凍る。恭子を置き去りにして絶句に埋め尽くされる瞬間が訪れる。


 その手は逆手で手招きをしており。

 彼女の全身を寄生するかのように張り付いていく景色に、言葉は奪われた。


 これは。


 死を招く滅びの兆候なのだと。


「ただの偏見だと思いたいんだが。単なる勘違いとかじゃないんだな?」


 彼の声音は明らかに違う。


 質問をしているトーンではない。警戒を含ませた拷問に近い。対象が変わった。恭子に対する態度について感じたもの。それは中庸。遠くもなければ近くもない。中間の場所で対峙を繰り返した時に見せた余裕が消えていた。


 異常な景色を刮目した途端、誰が敵なのか思考が到達した。


「いいえ。絶対に違うわ。時間を稼ぐ為の囮に決まっている。騙されないで」

「……随分と、頑固なんだな」


 平然と。淡々と。噛み合わない会話に更生は通用しない。


 時間切れだった。

 無数の半透明の腕が少女を覆う瞬間、負のオーラが放たれると共に甲冑を模した鎧が具現化した。周囲に青い炎を撒き散らし、青白い鎧を纏う少女は嗤う。


 けれど、正確には、鎧自身が嗤っていた。


(刀に。鎧に。操られている……)


 取り憑かれている。悪意の力に彼女は溺れている。

 過信した今日の正義では道を踏み間違えるかもしれないのに、猛進した視界では靄は振り払えない。一度信じたものは疑えないように、疑問は蚊帳の外だ。


 暴走していく感情では。終止符は依然として見えない。


「でも、こんな茶番劇は直ぐに終わる」

「……ッッッ!?」


 強引に恭子の髪を掴み、苦悶を浮かべた表情に彼女は満足する。


 硬直した体では反撃はおろか自身さえ守れない。

 状況が最悪になる。絶対絶命だ。首元に添える日本刀に抵抗しようと足掻くが、細い首に鋒が触れた。逆らえず首に伝う血液は刀に吸い取られているような錯覚に見舞われる。


 力が出ない。

 いつ意識が飛んでしまうのか、全く以て想像が付かない。


 それでも、事態が遡ることは有り得なかった。


「妖狐を始末したらこの争いは終了する。世界は再び平和になる。これ以上、誰かを苦しめないように、たった一人の犠牲で、多くの人がこれで報われるのならば」


「過去の事実に関してなんだけど、一切捻じ曲げられないんだな。これが」


 戦局を狂わせるのに相応しい。



 ―――水を差す言葉が投げ掛けた途端、少年の首筋に閃光が走ったではないか。



(……!?)


 その閃光の正体というのは。

 般若の仮面を被った少女が日本刀を振るう衝撃だった。


 壁に見えない衝撃が伝う。次に亀裂が網状に走り、耐久性を欠けた壁はいつでも崩れてしまいそうになる。暴走した土煙が乱気流を起こして空中に舞う中で、少年は微動だにせず、少女の方も弾圧を外す気配を示さない。


 彼女が首を傾げれば。彼は微笑をお返しする。


「……、なにか言ったかしら?」


「言ったよ。頭に血が上って聞こえなかった? おっと冗談だよ。まあ、君の描く未来には到底ならないってことさ。たかが恋色沙汰でか感情ばかり動かすのは道義に釣り合わない。君がやっている行為、それはただの妬みだ」


「次、もしも私の邪魔でもしたら、首の上がないと思いなさい」


 すると少年は腹を抱えて笑う。

 冗談を聞いた感覚で目に涙をする彼には、信用すら存在しなかった。


 まるで。強がりを見抜いているような。

 軽い感覚が宿る。


「へぇー、驕るのか? 出来もしないくせに」

「黙りなさい!」


 言葉で一蹴。強制的に会話を遮断させた。


 不毛な会話に嫌気が差した少女は標的を恭子に変える。見下す視線が恐ろしく、地獄に堕ちろと言わんばかりの憎悪が込められた視線が心に突き刺す。


「これでチェックメイト。貴女の未来は今日で潰える」

「……!」


 首元に翳す反りの部分。


 確実に息の根を止める最終手段は宣告を刻む。

 へたる九つの尻尾。暗闇を灯す金髪が消えかけて、地毛になりつつある。


 どうしよう。

 彼に会えないまま、微かな息は途絶してしまうのか。


(……怖い。嫌だ。こんな終わり方って……)


 声が届かない。想いは届かない。小さき夢に神様は叶えてくれない。


 ああ。この世界はなんて理不尽か。

 偶然の重ね合わせによって導かれた赤い糸。


 赤い糸を辿って辿り着いた幸福な一時。それは一瞬なものだったけれど、彼といた儚い時間は、ほんの些細であっても幸せだった。


 ―――結局チョコレート、渡せなかったな。


 助けてくれた稲荷様に申し訳ない。


 夢は散る。想いは果てる。彼の声は聞こえない。陰で応援してくれたのに、弱い自分で本当にごめんなさい。


 諦めるしかない乙女の心。虚ろに枯れていく色恋の物語。

 妖狐の力を授けても現実に淘汰される。未来を描くビジョンはもう見えない。


 そして。


 月島恭子は諦めて目を閉じた。

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