20話 同族嫌悪のマーチ
どうしても。
月島恭子は会いたい人がいる。
居心地の実感しない世界を生きて。瞳に映る景色は虚構ばかり。小さな世界では単純で詰まらない人生を過ごしてきた。何かを得られる大切な意味をクラスメイトは教えてはくれなかった。自分の存在証明を知らずに生きる恭子は劣悪な人間関係を送る。他人事のように起きる冷たい視線がとても辛かった。
みんな。心が窶れている。
恭子自身も蓄積した疲労で次第に心が動かなくなっていた。
最も近い闇は人の悪意が重なって。
脆くなる意思は暴走を起こす。制御が出来ない不安定な心を抱えた恭子は、将来見据えた景色に辿り着けないと自覚をしていたのに。
諦めかけたその途端に。
―――彼が現れた。
如月の季節。
駅のエントランスを響かせる優しいレスポンスが駆け抜けて。
バレンタインデーの時期に人々は待ち遠しいままに心を弾ませていく。恭子もその一人であり、視線が捉えた商店街を訪れた。適当にお菓子を買おうと伸ばした手が誰かと重なる。思わず振り向いてみると、笑顔を浮かべた彼がそこにはいた。
今まで擦れ違ってきた人達とは何かが違う。一見すれば特別ではない。
けれど、沈み始めた気持ちに幸福をもたらすキッカケを彼は与えてくれた。彼の静かな強かさ。迷いなき眼。炎のように燃える志。
光を求めている恭子にとって。
一番に惹かれてしまう理由なんて要らない。必要ない。
会いたい。お礼がしたい。
明らかに動揺した恭子は何も言えず。伸ばした手を引いてしまう。典型的に距離を置く寂しい現代人に流された弱い意思。その場から逃げようと思案に巡る。身勝手に赤の他人として貫こうとする自身は同じ愚かだった。
でも本物の偶然は。
出会いは予定表に描かれないように。
真っ直ぐな答えは、恭子の心を再び熱を取り戻してくれた。
『……!?』
一言も告げず。彼は恭子が買おうとしていたお菓子を二つ購入してしまう。
このまま帰るのではなく、恭子にお菓子を渡すと笑顔で立ち去る。後ろ姿で手を振りながら。無言で群衆に呑み込まれては眩ましていく。
想像は裏切られる。ヒステリックは逃れられる。
代わりに手に入れたのは、月島恭子、彼女自身の存在意義だった。
そしてあの日。
月島恭子は現実から目を覚ます。
『これはアナタの力。奇跡を起こす特別な力。誰も扱えなかった禁忌の術は大切な人を守れるの。守りたくはない? 大好きな人の幸せそうな日常が崩れ去る未来を、アナタはこのまま眺めてみたい?』
『私は……』
自分が何者であるか。
そう教えてくれた人が居てくれた。
とある時期まで待つ。それが恭子に課された試練。禁じられた術で非常識の狭間を覗く。みんなが言う常識は全て、上書きされた擬きだと気付いてしまう。
絶句を覚えても、涙を流しても。明かされた事実には逃げない。
彼を守るために。彼を守るためには。
―――こうするしか、方法は残されていなかった。
『は、はじめまして……』
入学式。心の底から溢れ出す焦燥と期待感が擽る。
視線を釘付けにした親切な行いは単なる社交辞令なのだと。そう自分に言い聞かせては現実と理想を切り離す。近寄ってくる人を疑心暗鬼を抱かせながら、自分を隠した本性は誰にもバレていない。
でも、本音はいつも正直だった。
彼の隠しきれない優しさが忘れられない。もはや完璧な一目惚れだ。
退屈に埋め尽くされていた透明の意識は変わって、いつの間にか質素だった世界は鮮やかに映り始めていく。まるで暗闇の底から小さな光を見付けたように。
守りたい。
たった一つの出来事が。
細やかな景色は虹色に生まれ変われる。新しい未来を優しく照らしていく。
夜明けの光は誰かを望んでいる。
それなのに。
―――導かれた現実はとても残酷なものだった。
「なん、で」
急激に視界が霞む。鮮明した意識が定かではなくなる。
全身が焼けるように痛い。知らぬ間に頬には水滴が伝う。圧迫されていく感覚は逃れず、肺が焼かれて呼吸困難に陥ってしまう。呼吸が辛い。その場で踞ることでしか選べない現状、恭子は何も出来ないまま、敗北を喫していた。
―――なんだこれは。
急に体勢が崩れていて。いつの間にか手が地面に付いている。
相手の癇に障る煽りを糧にし、昂る感情が活力を還元させる。いざ反撃に出ようと火の玉を再び少年に向けた途端、意識はふらついた。
(動いて。私の体……!!)
残留する気迫が。困難な状況を打開しようとする意志が。
光を求めた恭子を強くする。
無意識に両手に力が込められる。なんかとして意識を維持しようと機能停止した華奢な体を治癒しようと試みるが、治りが想像以上に遅い。感覚が麻痺しており、打破しようとする腕に全く力が入らないのだ。
敵対する少年は何もしてはいない。
それどころか、苦い表情を浮かべては別の方角へ視線は移る。
「……遅かったじゃないか」
背後に足音がする。
吹き飛ばしたハズの変なお面を再び付ける少年の視線をの先を追う。
すると、こちらの様子を伺うように見下す一人の少女が。
般若の仮面を被る少女は何も出来ない恭子に対して挑発的な行動を取る。人差し指を頭に二回小突くと、何の拍子なしに背中を蹴られた。
「あぅ……ッ」
痛みなんてどうでもいい。
屈辱に苛む景色にフラストレーショの方が溜まる。
無抵抗の相手を。心のない仕打ちが繰り出される。あらかじめ理解していたことなのに非情な人達の敵対心は相容れない。
彼と会う行為も許されない。恭子の願いを邪魔する人達に正直うんざりする。常識を覆す不思議な力を扱えるからって、他人を危険な目に会わせたり、トラウマを刻まないように、傷一つ付けないように危機感を背負うものなのに。
恭子だって。むしろ、人助けをしている方だ。
見えない成果を唱えても。今の現状では聞く素振りもないだろう。
彼女は『何か』に酔っている。
「どうかしら? 百光丸の威力は。ただの人間ならとっくに気を失っているわ」
自慢気に。誇示するかのように。
怒りに染められた彼女は、他人を虫ケラにしか思えていなかった。
「……確かに気絶はするかもしれないけれど、一応妖狐の力を扱えるけどこの子はそれ以外は一般人と何も変わらない。……というか、その妖刀、早く仕舞った方がいいと思うけどな。最近は何かと物騒なんだ、銃刀法違反で最近忙しいお巡りさんに取り締まられたくはないだろ?」
彼なりのルールが敷かれていた。
押さえるべきポイントだけを述べる。状況を観察する少年に変化は生じない。
きっと話が合わないであろう般若の仮面を被る少女より、実力が天地の差を見せ付けた彼の方がまだ常識があるのが癪に障る。
けれど、話が合わなければ。常識だって通用しないのだ。
それほど彼女が異常な存在なのだと。
あとで後悔した。
「問題ないわ。既に摘むいであるし。申し訳ないけど、犠牲は必要だった」
「はあ、なんか、物騒ことになりそうな予感がしてくるよ……」
言葉を知って。呆れた少年は全く視線を合わせないでいる。
摘む? 犠牲?
それを意味するものは一体何なのか。
恭子が耳にした違和感だらけのフレーズ。頭の中に残る。散りばめられたパズルのピースを埋める簡単な作業のハズが、視界に過る銀色の正体を知って、その危険性を含んだ言葉遊びを気付いてしまった。
日本刀にこびりつく。
粘着質を含んだ液体は真っ赤に染まっていたことを。
(もしかして、血……?)
妖しく光を照らす日本刀。
時折藤色に変化する古き武士道の象徴は液体を滴ることはない。
徐々に吸収していく。頬に伝う水滴さえも奪う。化物めいた妖刀を握る仮面を被った少女は平然とした様子で肩に乗せる。
般若の仮面が似合う少女は、心の底から嗤っていた。
それはまるで。
―――鬼みたいだった。




