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19話 出来過ぎた話

 負の感情を蔓延させた一番の嘘吐き者。

 その正体について。犯人に当たる人物を神田正道は突き止めたかもしれない。


「うーん。作戦が狂ってしまったらしいな……」


 反省が残るばかりの幾多の行い。捏造だらけの遠隔操作。誇りに持つ名声さえも利用して届いた景色はあまり眺めが美しくはなかった。波乱を引き起こす残酷な時の流れは必然的のように見えてくる。


 無難に問題をこなすハズが、こんなにも罪悪感が迫るのはいつ以来だろう。 


「まさか、ここまで軋轢が進むとは想定外だ」


 ひょっとこのお面を付けて。

 譫言を呟いた正道は静かに物事を見定めている。


 そこは観客に包まれたカラオケ店ではなく、一般人が普段立ち寄らないであろう薄気味悪い地下通路で彼は密かに佇んでいた。


 点滅する外灯。一寸先に広がるのは暗黒の世界。


 地上の光が届かないアンダーグラウンド。

 壁にはラクガキが埋め尽くされており、治安が頗る最悪な環境下であっても正道はパワースポットを巡る感覚で足を運んでみせる。


 正直、クラスメイトの彼女達には悪いことをした。彼女達とは複雑な事情を抱えながら駅周辺にあるカラオケ店で待ち合わせをすると約束を交わしていた。けれど悲しいことに当事者はそこにはいない。


 ―――カラッポなのだ。


 これまでの流れは全部自作自演。

 当然他校の学生の誘いも全てが偽装。透明のサクラを雇ったに過ぎない。


 そもそもリプライに確証の欠けた謎の文章で信用が得られるとは限らないのだ。千駄木と神楽坂の二人は何かしらの事情で離脱していることから、単純に後の二人が駆け付ける役割を担っている為、同行する意味を失われている。


 興味が削がれた。それが本来の心の在り方の一つだ。


「無理に追わない。この二人は確実にシロなんだろう」


 二人はある意味正解をしている。

 むしろ興味が削がれる理由さえあれば、それだけで白黒をハッキリさせた。


 何せ。

 アリバイ工作の為の手駒はもう必要ないと確定させていたからだ。


「後の二人は……、あまり、乗り気ではないな」


 他人を判別させる故に。父親のコネで登り続けた地位を悪用して。


 一般の人達とは少しだけ運が良かっただけの、世間にちやほやされる理想の優等生で過ごすことが正道にとっては拷問の何物でもない。人々の視線がまるで観賞用の檻の中にいる絶滅危惧種を見物しているのと同じだった。


 偉い人が勝手に定めたエリートの証。


 憎き烙印を押され、暗黙だらけの界隈に引き摺り上げられた者として、これだけは有ってはならない。今回の立ち位置が現状を語る。自身では道を選べないのだ。どうしても。何があっても。手渡されたルールブックに人形は。


 どれだけ滑稽なのかと。


「……本当に、これだけは、酷い配役を選んでしまった気がするよ」


 自分が自分ではないという。

 上っ面で出来上がった完璧なシルエットに正道は唇を噛み締める。


 たとえ、鉄を含んだ体液が流れていようとも、神田正道はシステムに沿うだけ。

 本人の意見としてあまりやる気はないのだが。


「これもまた即興、か」


 組織の忠犬らしく主の御心に従う。

 どうせ代わりはいない。今の時代は引っ張ってくれる人が必要だ。


 それこそが。神田正道が担った役目なのである。


「さてと、狐探しと言うから機会を伺ってみれば、術中に踏み込んだようだ。君が本当に求めている価値は残念ながら此処にはないよ」


 首を竦めて談笑を求めるが相手は話を聞いてはくれない。


 というか耳に届いていない、と言うべきか。普段から使われていない地下通路でバッタリと遭遇する客人は中々肝が座っている。不良が屯する場所だ。一般人だとしても相当の心の強さを持った人でしかこの暗い道は歩めないだろう。


 そもそも。以前の話として。


 一方的に会話を無視するのは理由がある。正道もよく理解している。気持ち悪いお面を付けた不審者に見えるのかもしれない。 


 道の真ん中で。こんなところに一般人が歩いているハズがないと。


 冷静に考えてみれば一般人が簡単に踏み込んだりはしない。

 では。なぜだろう。



 獣のような耳を生やしたコスプレ少女が足を運ぶべきではない場所にいるのか。



「彼、じゃない……」


 睨み付ける瞳は金色に輝く。その奥に宿す魂は猛々しい。


 漆黒が埋め尽くした空間に灯す金髪。息をする度に発光していく。滑らかに揺れた髪は残像を描いて、制服のスカートから伸びた九つ尻尾も黄金に輝いた。誰もが眺めてもそれは闇を照らす月光の具現化のように。今宵が世界に訪れるのは彼女の存在を示す為の時間であると過言ではないくらいに。


 これは。間違えようのない。

 目の前に顕著する伝説上の生命は、妖狐の力を有した少女なのだ。


 そして今回の主役でもある。


「ああ、悪いね。本当は君を騙す気は更々なかったんだ」


 知人に挨拶を交わすような悠々自適に訪ねてみる。


 時間が経つ度に混沌としていく状況を楽しんでいる素振りは隠しきれない。中指と人差し指に挟むのは人形を模した紙であり、その小さな紙に書かれていたのは人のフルネーム。正道は出し惜しみをせず彼女に向けて『日比谷航』という文字に、真髄にある意識を一ヶ所へ向けられた。


「……!?」


 無意識だった本能は闘争心に切り替えて。

 狐の如く身構えた彼女は瞳に獣を宿し、爪を立てて一層と警戒していく。


 それでも正道は続行する。


「分からないか? 君は、このニセモノの紙切れに引き寄せられていたんだ」


 ニセモノの紙切れを目の前に翳す。

 団扇を扇ぐ。その程度にしか至らない雑な扱い方しかできない。


 今にもくクシャクシャで終わらせてしまう躊躇のない価値なのに。妖狐の力を有した彼女にとって、ただの紙切れと言わせない複雑な事情があった。


 まんまと騙された感情の揺さぶりというのは。

 一体どれほどの怒りを込められているのか。正道は直にぶつけてみせた。


「この紙切れは式神と言ってね。呪文を唱えたり息を吹き掛けると生命を宿したり神様を召喚出来たりするんだ。とても便利な呪術だろ? 君の場合では彼の波動が染まった紙切れに誘導されていたワケさ。分からなかっただろう? 彼は此処には居ない。紙切れは人間じゃない。自分の力を過信してたんじゃないのか?」


「ッ!! うるさいッ! 黙れ!」


 ただの紙切れに執着する彼女に感情の灯火か付く。

 手のひらで踊る式神を奪おうと必死になって。目に止まらぬ跳躍力が正道を襲い掛かる。勢いよく伸ばす手。追い詰める爪が甘い。


 視界が狭いのかあまりにも隙だらけだ。まさにじゃれつくペットのようだ。


「おっと。そんな鬼の形相をしても、全部無駄さ。……諦めた方がいい」


 勢いだけの威勢。呆気なく避けてしまう。

 本当に詰まらない。分かりやすい展開に拍子抜けだ。これではまるで『彼女』の意味を成さない。あっという間に成敗されてしまうだろう。


 もっと。彼女が昂る手段を探さないと。


 ―――取り返しの付かない未来を辿ることになる。


「そうだな」

「いつの間に腕が掴まれて……! うぅっ!?」


 スローモーションに退屈してしまった。

 なので正道は少女の腕を掴んでは体ごと投げてみることに。


 宙に浮いた華奢な体躯では着地できず壁に衝突。受け身をした彼女ではあったが未熟が顕著して防御面が脆い。苦痛の表情を浮かべてはこちらを睨むしか術は残されておらず、息は乱暴に呼吸をし、相当のダメージを負っていた。


 けれど、何かが足りない。

 これだけでは時間稼ぎになりはしない。


(怒りに任せては疑心を抱こうとしていない。これでは、この子の為にならない)


 せめて相手の感情を爆発させる挑発を正道は即座に仕掛けた。

 慈悲がない。殺意の眼差しは更なる恐怖を加える。


「この紙切れに大切な役割を持っていても、結局、君は妄想を見ているだけだ」


 片手に波動を集中させ。

 具現化させた悪を払う武器、燦々と降臨する『陰陽刀』を彼女に突き付ける。漆黒を照らす鋒は距離を制圧する。


「そんなこと、ない……!」

「悪足掻きだ。現実と向き合えよ。いい歳して何をしているんだ?」

「あぐうッ!?」


 隙を与えない距離の詰め合わせ。


 少女が瞬きを繰り返し、目を開く瞬間に正道は蹴りのモーションを加えていた。命同等の価値を秘める陰陽刀を囮の役目を担わせて、生じた隙を図る。その僅かなタイミングに捻りが込められた強烈な蹴りが炸裂する。


 手加減という情けはここに有らず。戦場に男女平等など関係ない。

 痛みに耐えなければ、見える景色は変わらない。


 彼女は弱いままだ。


 脇腹を強打した少女は壁に沿って吹き飛ばされていく。強烈な痛みが体内を伝播していき、反撃しようと立ち上がろうとするが、華奢な体は痙攣を起こしてしまい、崩れるように倒れていった。


(弱い。本当に、この娘があの妖狐に認められたのか……?)


 弱い。弱すぎる。

 これが、伝説の妖狐が成せる強さなのか。


「……騒ぐほどの、利用価値にもならないな。まるで劣化したブランド物だな」


 ついに正道は呆れてしまった。

 何の成果を得られない期待を裏切る結果に首を左右に振る。


 誘導式の術式が意図も簡単にターゲットを招き寄せた。一人の少年に対して虜になった意識の執着心が強すぎて周りが全然見えてはいない。


 残念だ。非常に残念だ。

 相手にするのが馬鹿馬鹿しくなるような。典型的なヘタレだ。脆い現代人の一人だった。骨抜きにされた一般人みたいに自身の意志が弱かった。彼女を始末する理由さえも幻滅してしまう弱さである。


 これは期待外れだ。


「なんと言うべきか、君は期待外れだったよ。上の連中がやけに警戒をしていると思ってみればこの始末だ。もう少し楽しめると考えていたけれど、……脆いな。君の築き上げた執念はその程度ってことでいいのか?」


 手のひらで踊り続ける。

 返事が来ない時点で『日比谷航』と書かれた式神はもう必要ない。


 あとは増援を呼んで彼女を片付ければ、上の連中が抱いた悲願となる目的は達成される。心の影に潜む妖狐に怯える日々は消え去り、これから訪れるであろう今日が続く安寧の日常が待っているのだ。


 この上ない至高の景色を手に入れられる。

 弱者を見下す弱肉強食の世界が過去の過ちを繰り返していく。


 いつも見ていた景色と同じだ。


「やはり。彼を守る資格は君にはない。何処にもないよ」


 陰陽刀に渦巻く炎の衣。メラメラと燃え上がる光は深紅を放つ。


 暗闇を照らすそれは想像を具現化した波動の力。だが本物の炎に変わりはない。一般人の視点で見れば、現実を解離した超能力や魔法のような特別な力だが、自由自在に固定された常識の法則を遥かに凌駕していく。


 そんな特殊な力を扱える正道はあくまでも人間だ。


 陰陽道をベースとした自然エネルギーを物理的に変換したに過ぎない。地球上に溢れた生命の源はあらゆる可能性が秘めており、全ての人類が同等の素質を持っている。今の科学では『人間』に追い付けることはない。


 ただし、それを自覚をする人は限られてしまって。

 この世界は現在、固定された概念を持つ人達が溢れ返ってしまっている。


 彼等は意思が足りないのだ。


(それに比べて……)


 妖狐は自然界の賜物である。だが業界ではそこまで珍しくはない。


 正道が見付けた景色に導いた師匠。12人の陰陽師が座す孤立した組織『八咫烏』に幻想を振るう『残影』の波動を持つ彼女。挙げればキリがないほどの、陰陽道の世界では妖狐はメジャーであり、日常で有り触れた存在なのだ。


(かなり重症だ。このままだと自我を保てられるのか?)


 確実に追い詰める炎の渦。空気が揺らいで燃え始める式神。

 事態は収縮する。燃やすだけで彼女の心は折れる。比べてしまえば盛大な役名を成し遂げる式神には感謝しかない。まさかこれまで思い通りの作成に至るなんて想定外だったが、相手が想像以上に未熟が際立つものに。


 けれど。もう心配はない。これで終わらせる。

 圧倒的な実力の差によって歴史に刻まれた伝説の妖狐の物語は断ち切る。彼女が描く儚い物語は幕を閉じるのだ。


 ある意味で人類の勝利。


 その瞬間を立ち会う正道は確信させる。

 高らかに、迷いなく、欠落のない完全勝利の宣言を告げる時。


 機宜となるスパイスを散蒔いた。


「そして、君はのうのうと生きて、代わりに日比谷航を見殺しにするんだな?」


 次の瞬間。

 ひょっとこのお面が吹き飛ばされた。


「……なるほど」


 偶然に。攻撃が当たったワケではない。

 神様のイタズラでもない。運が悪かったんじゃない。


「……そんなこと、させない」


 火の玉が飛んでくる。明確な意思でこちらを目掛けて強襲していく。

 現世に留まる執着の権化が始動する。


 掠めただけでも火炎が酸素を奪う。炎の渦と炎の嵐が交錯し、周辺に夥しい惨事が衝突する。移り行く火が生じる暴風が行き場を見失う中で、唯一暗闇を吸収する黄金の光を携えた、九つの尻尾は静かに揺れ動く。


「日比谷くんは、絶対に、守ってみせる……!!」


 妖狐の力を扱えし者、月島(つきしま)恭子(きょうこ)は大切な人を守る為に熾烈な戦いを挑む。

 悲劇はもう避けられない。

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