18話 選ぶ権利と選ばれる権利
―――狂人になれ。
それが、中途半端な道化師が演じる今回のキャラクターであった。
「……これでよしっと」
名前のない公園に訪れる。正確に言えば、名前がない禁足地と呼ぶべきか。
微弱な光が溢れるだけの薄気味悪い空間。カビが生えていそうな陰湿な空気では夏の風物である心霊スポットとあまり大差ない。一般人が立ち寄ることのない場所だけあって、時間という概念もひっくり返してしまいそうな、孤独の世界は日常識で出来た概念のようなものである。
そんな。不確定に現れる幻の場所で。
駒込貴雄は首を鳴らした。
あらかじめ持参していた清め砂の入った子袋を着々と舞台装置に散蒔いていく。
適当に。駒込貴雄らしく。変人みたいに。
けれどあまり長居はできない。
いずれにせよ公園は戦場と化す。この謎めいた作業が無駄だと知っても、暇を持て余す駒込は所詮やることは変わらない。
「しっかし。こんな、ちゃちな物で退屈しのぎになるって。本当かい? 何考えているのかさっぱり分からんね。でもまあ、楽しかったら、どうでもいいや」
小袋に一体どれほどの呪いが込められているのだろうか。
現実を超越する魔法のような力に関して、裏側の知識を持つ異端者の主観ではあるが、あの怪物と化した『歪人』のサイクルも謎が多い。そもそも負の感情が人間の可能性の鍵となることは誰も信用しない。
誰だって驚いたりするハズだ。
かの有名なガールズバンドの一人が禍々しいバケモノに豹変するなんて。
「まったく。世間は毒されているもんだ。日常生活に支障が来しても、欲望に忠実な連中はそれでも止められない。まさに毒だ。中毒に汚染された者同士、民度が低いと低レベルのいざこざしか生じない。エンターテイメントに欠けている」
一般人が決して到達できない。フィクションの世界。
これは子供の戯言ではない。これこそが、正真正銘の現実世界なのだ。
―――全てがデタラメで出来ている。
「滑稽。あー、実に滑稽だ。責任を擦り付ける他者が滑稽だなぁ」
勝手に決め付ける幼稚なエゴが。
顔真っ赤の第三者の姿を想像できてしまうこのご時世。
本当は失態を誤魔化していると、自分自身を嘘を言い聞かせているに過ぎない。ロクに覚悟が足りず現実逃避しかない狸寝入りした連中があまりにも哀れで。
笑いすぎて涙が出てくる。
「どうせ、あのバケモノを公園に引き寄せるつもりなんだろうが……」
大体は予測できる。
本日の人傑、ターニングポイントとなる日比谷航はとある時期に登場した迷い狐の存在を誰よりも観取しており、一方では策を練る術は怠らず、敵対関係を結び付ける者には最低限の距離を取っていることだ。
果たして。本気で裏切り者を突き止めているつもりなのか。
表面上の偽装を披露しているつもりなのか。
けれど。どっちみち。
―――踊らされているのは、一目瞭然なのだ。
「化け狐相手に手加減なんてしちゃってぇ。同情のつもりなのかなー?」
影の隙間から登場する。非常識の住人。
ゆっくりと階段を登り歩くように。パフォーマンスを完璧に演じる洗練された姿は自信有り気に視線を注目させる。だがしかし、微かに溢れる日差しに触れた途端に、スライムみたいにドロドロに弾けたではないか。
上半身が溶けた。
なのに下半身だけは勝手に動いていた。
「サプラーイズっ!」
駒込の影に現れたのはドロドロに溶けたハズの上半身。
細い両手を上げては驚かす仕草をするツインテールの女の子は、スマイルの仮面を付けたまま、盛大にこちらを歓迎してきた。
奇抜にして。喜劇を呼び出す異常者。
刺激を求め続けた結果、掠れた日常を瓦解させる奇術師がここに。
「やあやあ、まさかケセラちゃんが意味もなく登場するなんて! ビックリ!」
「泣く子も笑顔にするケセラちゃんだぞ?!」
えっへん! と誇らしげに少女は胸を張る。
足りない胸を張った途端、上半身と下半身が同時に爆発した。爆音を奏で周辺を巻き込んで衝撃波が雪崩れ込んでいく。凄まじい火力を含んだドロドロの液状は鋭利な針となって駒込の全身に刺して貫いた。
それでも死なない。というか。死ぬことはない。
「……な、なにこれ?」
「裏切らないかのサプライズ」
体の損傷。致命傷。神経の痛みさえも。
全てがフェイクでデコレーションされており、偽装された見聞を利用して芸術を披露した彼女のサプライズはまさに刺激が詰まった火薬庫である。
そして、いつの間にか背後に立っていた少女は、笑顔の仮面を外した。
「画策は良好なの?」
ドレス風の制服を身に付けて。賛美に恍惚になりながら。
赤いフリルスカートと黒のニーソ、シンプルなローファーをお洒落に整える彼女の華奢な体躯。宙を振るう指先はレディースグローブを纏う。スマイルの仮面を消したり現れたりして弄ぶアッシュグレーの髪の色をした少女は。
―――金色の目をしていた。
「良好良好。ついでに面白くなかったから撹乱させてやった」
「……相変わらず道化師みたいな小芝居を続けてるんだ。飽きないの? それ?」
幼稚な態度が一変して。
天真爛漫だった姿は消え失せた。
佇んでいるのは年相応の理性を持った女子高生だった。
彼女はベンチに腰掛けては駒込に対して怪訝そうな態度を示す。ほんの少しだけ気怠そうな、退屈が蔓延した世界で鬱屈を覚えた彼女は人々が狂い始めていることについて、実際はどうでもいいらしく。
ただだだ。足を組む彼女は。
惨めで残酷な景色だけを所望しているようで。
「……悪意が足りない。悪意が全然足りないんじゃない? 散々みんなを狂わせておいて、妖狐にちょっかい出しただけ? 本当にそれだけ? 道化師にしては大分ショボくない? しはっぱの分際でナンパに性を出すなんて、ボスはなんて言葉を掛けてくれるんだろうね」
「いやいやいや! こっちは均衡を保ちながら監視してんの! 勘違いするなよ」
嘘付けよ。と彼女は言葉を告げるが鼻で笑う。
「そもそもの話だ。妖狐が現実世界に具現化して、二ヶ月が過ぎている。なのに、日比谷航は均衡を費やす為だけに時間を潰してきた。おかしいとは思わないか? 本気を出せば七日で世界を終わらせる術を持っているのに、隠居生活を送る奴は間違いなく意図的に手加減をしている。ただの傍観者だ」
散々邪魔をしてきた。けれど返ってきた答えは不正解のみだった。
危惧も。熱誠の意思も。微塵も見当たらない。
理想通りに潜伏している。と呼ぶべきか。
「奴は手強い。オマケに俺の素性もバレている」
「お前バカじゃん」
ため息を吐かれ。訳の分からない攻撃をされた。
呼吸をするのをさえ遮る影で出来た弾丸。
それは容赦なく駒込の肉体を削り、神経の悲鳴は遅れてやってくる。
激痛が到着する時、物理的に抉られた肉体には極彩色の液体が外側に漏れだしていく。笑顔で取り繕うものの、風穴を開けられた証拠は癒えない。
血塗られた両手を眺めても。口元から極彩色の液体が伝っても。
駒込は明らかに。
『普通』ではなかった。
「……ちょっと、これは酷いんじゃないんですかね。ほら、一様死にそうだし?」
「嘘だね。普通の人だったらとっくに天国に行ってるわ」
警戒されるほどの異常な光景が広がる。
真実を捩じ伏せる絶句のオンパレードが登場し、味方さえも欺いてしまうネタバラシのないトリックは見事に成功した。
「……頭おかしいんじゃないの? ホントに人間? ていうか人間?」
「そうかな? 別に俺は肉体を維持出来るから普通の人間だよ。手足と頭。胴体。それと五感という機能を持っていれば、たとえ何度も損傷しようが所詮人間は人間なんだわ。人間の形をしとけば『生きている』って勝手に認識できるだろ?」
「ごめん。やっぱりコイツ頭イカれてるわ。本物の道化師だった。訂正はしない。狂人過ぎて話が合わないってそういうことなんだ」
これ以上関わりたくないのか。
興味が薄れてしまった彼女は椅子を腰掛けたまま影に呑み込まれた。
「じゃーね。使い捨ての傀儡くん」
最後を贈る弾丸が発射される。
容赦なく駒込の額に撃ち込められた。
振動は空間を辿って血飛沫は宙に舞う。地面には水っぽい音が降り注ぐものの、それでも駒込は肉体が欠損しようが五臓が抉られようが、血だらけになった姿でもケタケタと笑う。「それって嫌味だよね?」と茶を濁すだけ。
彼女が瞬き一つでもしていれば。
あっという間に『駒込貴雄』という、ごく普通の人間の姿を生成されていた。
そこに行き場のない憤慨もなけれはあってはならない悲嘆もない。
込み上げる感情がこの男には一切無かった。
起きた結果を言葉に出すのみ。誰もが抱く心が欠落している駒込にとって、待ち受ける災難だろうが、逃れられない災禍だろうが、瓦解していく世界だろうが。
面白ければ。―――それでいい。
「あーあ。過去を振り返っても、無駄なんだろうなぁ」
何らかの拍子で。化け狐に憑依した少女から逃げている形で現在に進んでいる。
そこに核心となる根拠に至らないのがどうも痒い。
あの日を境に。
―――日比谷航という少年は、何処かに消えたのは本当だった。
「でも、これから楽しませてくれる初心者が増えてきたような」
妖狐の力を有した少女。
現在は気配を察知して身を影に隠している。……という曖昧な情報だけで構成員は躍起になっている。その懸案事項に至る原因こそが、麗しき文化の可能性、大正時代に名を馳せ時代を駆け抜けた人物にある。
白銀の妖狐、縫子の仕業だ。
聞いた話ではあるが、最も人間に近付いた人物らしい。
だがしかし『説明の出来ない』理由があって先見の時代を統べる初代の『黄昏』の修繕師と対峙。震災をもたらす最悪の結果を迎えた。戦いの果てに初代と縫子は共に死亡。本州は莫大な被害を浴びることに。
最期を遂げる縫子の恨みはここから始まった。
死してなお。
現代を脅かす脅威は止まらない。
昭和初期に活躍した二人の『黄昏』の修繕師。後の二代目と三代目。同じ初代の強い念に引き寄せられて、彼女の呪いは今に至って現世に留まり続ける。
そして。
四代目の『黄昏』の修繕師に悲劇が襲う。
妖狐の力を有した少女こそが、日比谷航を脅かす天敵そのものになった。
「名前を呼んではいけない妖狐。その恐るべき実力を、是非この目で拝見したい」
彼女の残滓となる残り尾。
奉られていたハズの咸守神社が損壊。東雲曰く、妖狐と共有した少女は無意識に妖術を振り撒き、一般人に呪いを汚染させているという。
因縁である忌々しき天敵を探して。
少女は何を問う。
日比谷と接触し対峙に至ることになれば、過去の結末を追ってしまう。その事態を避けるが故に、亀裂が走る組織は軋轢が生じてしまった。保護派と暗殺派という双方の派閥に分かれている模様。
暗躍する裏側の世界の最果てで。
彼等はなぜ無駄に同士との対立を、終わりのない道で繰り広げていくのか。
「この期に及んで犯人探しとか……。最近の流行に追い付けそうにねーわ」
日比谷航の目算や東雲うずめの思惑など。駒込はどうでもいい。
ただただ、現状維持の見解として。妖狐の力を有した少女の行く最期を眺める。保護派? 暗殺派? そんなのは全部茶番にしか思えない。
望んでいるのは。
「―――この俺が、ハッピーエンドを望んでいるとでも?」
空を眺めても灰色の景色が覆う。
変化をもたらすのは、雲の切れ間から差す太陽の光だけだ。相変わらず肌を刺すような凍てつく風が邪魔してくる。おまけに群衆も頭の中は行方不明になったアイドルで思考が働かない。この日に限って非日常的なイベントが目白押し。
退屈はしないが。なんて季節感のない景色だ。
「……しかし、傍観者っていうものは、どうも退屈なんだな」
あくまでも傍観者の立場を継続させる者は、黙って物事の進む方角を眺める。
遠い何処かで惨劇が熾烈になろうとも。部外者は部外者なのだ。
狂人らしく。道化師らしく。
そして、人間らしく。
周辺さえも掻き乱す異端分子となれ。他者とは違う着眼点を持て。
事件を解決させる為に。決別した自称探偵の友人を持つと、理想の隣人を勤める役目というのは、とても難儀であることが分かった。
人を騙す行為が、更なる問題を摘み上がると。
「さてさて、一体誰が嘘を吐いているんだろうなぁ。なあ? 美少女探偵さん?」
例外は始まった。
波乱をもたらすキッカケを見出して。駒込は天を眺める。味方同士が醜く争う姿を期待している。現在にまで叡知を築いた人類が、徐々に劣悪になっていくルサンチマンの惨劇をポップコーンを頬張りながら鑑賞したい。
日比谷航と東雲うずめの両者が演じる、いがみ合いのジレンマが見たいのだ。
傷付くだけの戦いが見たいから。
―――駒込は『道化師』になったのだ。




