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16話 黄昏の修繕師

 偶然は作為的であり、必然的ではない。


 全てが辻褄が重なるように。事前に過去の災禍は仕向けていた。

 予定調和のシナリオに。既に定められた運命を捩じ伏せようと当時力を開花した小さな心は躍起に走らせた。


 どれほど傷付いて。どれほど叫んだか。

 何度でも真実に辿り着こうが結果は全てが同じ穴の狢だった。

 決定付ける証拠に抗うほどの術はなく、航にとって、手に入れたハズの真実はほんの一握りの蛇足に過ぎない。宝の持ち腐れのような虚無感が空しい。


 未来を望むことは叶わない。願うことも叶わない。

 ただ、唯一、誰かを救うことは出来た。


 人にはそれぞれ描く人生があって、きちんと敷かれたレースがあって。


 あの子は独りではなかった。


 仲間と共に些細な喜びを共感し、これから始まる希望に満ちた世界は災禍を招く穢れを取り除いてくれるだろう。絶望で心を砕かれそうになった、華奢なあの子に手を差し伸ばすような、生きる全ての人々に幸福をもたらすと信じている。


 みんなが必要としている。

 本物の理想を描いた彼女の姿こそ、現実に相応しい『光』の到来だ。


 航は光を見付けた。


 神様さえも運命には抗えない。

 けれど、救世に導く彼女の清らかな心は、必ず綺麗な世界に届く。


 幾年の呪いを打ち砕く生命の輝きは永遠と色褪せないように。そう遠くはない将来を進む少年少女はやがて光をもたらす翼になるだろう。


 ―――これでいい。これ以上、自分が出る幕はないのだと。


「……後は、任せた」


 駆け巡ろうとする思念を掠れた目で追う航はふと呟いた。


 路地裏を舞台に事態は今も急変していく。


 感覚を研ぎ澄ませてみれば各地で軋轢が生じており、波乱の幕開けは総じて勢いが絶えそうにない。簡単に言ってしまえば妖狐を巡って紛争を招いた、決して譲れることのない正義のぶつかり合いだろう。


 誰かが仕組んだ不毛な時間。

 想定した予想とは筋違いの衝突はどこまでも虚しいようで。


(しまったな。流石に憎まれるだけはあるな……)


 偶然ながら彼女と関わったばかりに。何か誤解を招いてしまった。


 災禍を誘う『招き手』を振り払う奇蹟を目の当たりにした瞬間、祓うことだけが唯一だった航にわずかな希望を取り戻す。人々の穢れに対抗する術を持つ彼女の心は、理不尽な結末を変えてしまうのかもしれない。


 しかし。誤算は免れない。

 それも逆恨みという誰も得しないとばっちりが。


(一体、何を持って近付いてきたのやら……。挙げ句には散開している。強い恨みを抱いては暴れている。鬼ごっこのつもりか)


 目論みが潜んでいようとも。航にとっては関心に値しない。

 自分自身ができる尽力を注ぐ。それだけだ。目の前にある事実を向き合い、解決に繋げるか。感情の奥に蠢く影の思惑を突き止めなければ、この先訪れるであろう最悪の事態に備えることは出来やしない。


 その為に、航は本来の目的を遂行しようとする。

 ハズだった。


 どうも空想上の産物である神様は、時に悪魔のように傲慢かつ強欲らしくて。

 些細なイタズラが狡猾な天運を巡り合わせてしまう。


 イレギュラーな存在にして。


 灰色の未来を覆る、神様さえも抗えない運命を断ち切る少女が。

 千駄木幸乃と目が合う。


「いや、なんで、こんなところに千駄木がいるんだ……?」


 言葉として発した狼狽が隠しきれていない。

 何故。どうして。彼女が路地裏に赴くことになったのか。一般の人達が迷宮に足を運ばないよう結界を張っていたのに。


 一番嫌なタイミングで遭遇してしまったのか。


 思案を巡ろうとするが深刻な事態では冷静さが欠けており、限られた時間の中で届いた答え合わせは沈黙である。堪らずに唖然をしていた。


 思いがけない幸乃の登場に、航は気が動転して集中力が途切れてしまう。怒濤の展開のあまりどんな言葉を掛けたらいいのか模索をするが、突然襲い掛かる頭痛が邪魔をして心の波動が乱れるばかりだった。


 非常識のレパートリーを露知らず。

 幸乃に至っては相変わらず自由奔放な反応をしており、


「本来ならこっちのセリフなんだけどね……。うん。正直、ビックリした。まさか日比谷くんと会えるなんて、ちょっとだけ、嬉しいかも」


「嬉しいって、なんか照れるな。……いやいや、そういうのじゃなくて」


 航は必死に頭を左右に振って怠慢を否定させた。


 ―――落ち着け自分。状況を掌握しろ。


 此処にいる場所は路地裏ではない。『戦場』だ。危険が誘う禁足地だ。

 如何なる方法で彼女を安全な場所へ誘導しなければ、有象無象の感情を餌とする影に潜めたヤツが容赦なく迫り来る。


 そうなる前に全力で回避しなければ。


 足止めを徹していた、裏方の役目が、何もかも水の泡になってしまう。

 このままだとマズイ。


「……まさか、もしかして、千駄木は俺を探しに来たのか!?」

「ち、違う! 私はただ……」


 半ば強引に肩を掴んでしまった。


 だがしかし、こちらは至って真剣だ。命の瀬戸際に立たされているのだ。


 空気の緊迫さを察知すれば。真剣な様子を察知すれば。

 嫌にも理解不明の怪物の登場に絶賛刮目することだろう。どんな反応をするのかは勝手なのだが、幸乃の方は既に取り乱してしまい、真剣な表情の中に熱っぽさを含ませていた。


「私はただ、友達と待ち合わせした場所へ行こうとしただけ。向こうにカラオケがあるの。だから路地裏をショートカットしようとしたら、日比谷くんに出会えた。本当にそれだけだよ! べ、別に日比谷くんを探してたとか、そんな、ストーカーじゃないし、嫌いじゃない。明日も会えるから、全然寂しくないし……」


 切羽詰まる時間との競争の中で。

 これ以上幸乃を問い詰めても何の成果も得られないだろう。大体の説明は鵜呑みできるものであり、そもそもの問題として彼女は嘘を付いていない。


 彼女は何も知らされていないのだ。


「なるほど。ストーカーではないのは確かだな。……連中の誰かの入れ知恵か」

「ふぇ?」


 ただの寄り道が誤解を招く理由に繋がるのは、航の責任でもあるからだ。


 一般人には辿り着けない固有の景色。『結界』という領域に踏み込んでしまった千駄木幸乃。陰陽師ではない彼女が、『非常識』を認識してしまっている。それは紛れもなく彼女の登場は異彩そのものであり。何処にも属さない、新時代の幕開けを目撃した彼女は強い心を含め、未知数の可能性を宿している。


 混沌に覆われた焦土でさえも、最果ての楽園に変えてしまう。

 新たな光。まだ見ぬ領域に最も近い幸乃。そんな彼女が危険に晒す窮地な状況であっても、航自身さえも危機に陥る未来は捨てきれなかった。


 今。この瞬間。


 ―――ヤツは赤い双眼で対象物を定めていた。


「……ッ!?」


 路地裏の奥にある仄暗い景色。微弱な日差しだけが照らす細い道。

 それが徐々に巨大な影が侵食し、細い道を這うようにして覆ってくるのだ。蠢くヤツは独特なシックの世界観を脅かす。確実に。対象物だけを目指して、ゆっくりと生命の息の根を止めに彷徨う。


 巨大な影が侵食した建築物。その舗装が極彩色に朽ちていた。


「(マズイことになった……)」


 知る限りではこの現象は例外そのものだった。


 『招き手』に取り込まれた者は凶暴化となってしまい、自我を失うと『歪人』という人ならざる者に豹変する。暴走した負の感情は制御できず、己の命が尽きるまで憎しみを走らせ、人類が滅ぶよう災禍と絶命の呪いを降り注ぐ。


 祟り以外の何物でもない。


 だがしかし、強力な結界と競い合うほどの呪いが、ヤツには備わっているのか。

 あの怪物は更に進化するというのか。


(腐蝕していく時間が速すぎる……! 数秒でここまで侵食するのは異常なんだ。他方で呪いを蓄積した痕跡は見当たらなかった。なのに事例のない暴走。まさか、これは、外部による影響なのか!?)


 原因不明の暴走化。

 目の当たりにする新たな脅威が迫る。


 航は冷静さを欠け始めて、握る拳が一層と強くなる。荒れていく呼吸は嘘を付けない。制限された状態で苦しい局面に陥ることは想定しておらず、一刻も早く幸乃を守らなければ、鍛えた精神でさえ狂ってしまう。


「……どうしたの?」


 まだ。幸乃は怪物の正体に気付いていない。

 今からでも。彼女を結界の外へ誘導すれば危機から逃れることだろう。


(……駄目だ。ヤツは、彼女も狙っている)


 間に合わない。


 困難を極めるのはヤツの桁外れな執着さだ。厄介な執念が安全を遠退いていく。

 結界を破られてしまえば。確実に表の世界に暴れてしまう。望んでもいない最悪のシナリオが訪れる。それだけは勘弁だ。


 最悪のシナリオを回避するには。

 隠してきた波動の力を解き放ち、隠してきた真実の向こう側に進むしかない。


(この偶然もまた因果律の定め、か……)


 やむを得ないが。

 たとえ何かを失おうとしても、大切なものを潰えたとしても。


 ―――黄昏の印は明日を越えていく。


「もしも、影の中で見え隠れする裏側の世界があったら、千駄木は信じるか?」

「え? それって、どういうこと?」


 疑問は世界共通で。ごく普通の反応を見せてくれた。


 今は分からなくてもいい。無理に理解しなくても構わない。親しい友達と共に幸せな日々を送れる新しい景色を望む。ほんの些細な願いだ。


 彼女が覚えていなくても。彼女が忘れてしまったとしても。



 ―――千駄木幸乃の未来は、必ず守ってみせると。



 対象物を追う怪物。

 困惑する幸乃。そして目の色を変えた航の三つ巴。

 それぞれの動きの流れが始まった。止まっていた物語が再開する。やり直しが効かない一発勝負に転換期を迎えにきたのは。


 絶望の方が先だった。


 ヤツの伸びた触手のような大勢の影の手が、真っ先に二人に向けて濁流の如く迫り来る。意思を持った影の手は暴れ狂いながら踊る。地面は瞬時に焼かれ、触れた建築物は極彩色を残して腐蝕していく。


 反応出来ていない二人に、これでもかと逃げ場を奪う。

 路地裏を埋め尽くす影の手はそのまま覆い被せては呪い殺そうとする。


 でも。しかし。


 それ以前の問題として、二人は呪い殺されずに生きていた。


「……大丈夫」


 言葉を告げる途端に。影の手は空気中に散っては滓残となっていた。


 黄昏色の光が影を射止める。一瞬の出来事てある。

 廃退していく文化は知らずに修繕されて。見慣れた日常の景色に回帰していく。


 瞳を凝らせばいつも通りの世界が広がっており、降り注いだ絶望に対して、上書きした希望は理不尽な現実さえも照らす。幾年の呪いを浄化してしまう生命の輝きは、彼女を守るために覚悟を背負う。


 鞘を納める動作をする少年は。

 月と太陽が交わる黄昏のように。陰陽道を座ず理を修繕せし者。


 四代と続く『黄昏』の修繕師は高らかに宣言する。


 幸乃をお姫様だっこをしなから、航は路地裏の世界を巡るように飛翔していく。


「―――まずは、ヤツを倒してからだ!」

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