14話 違和感の連続と忍び寄る気配
個々の準備を終えて。
昇降口付近に辿り着いた幸乃一行。
開きっぱなしの扉を潜ると、そこには人々が集う溜まり場になっていた。
中途半端な気持ちで校内を停滞する学生達の姿を目撃。当たり障りのない会話が続き、帰りたくないという意思表示は誰もが見ても分かる。それを発見した教師達が拡声器で注意を促すが、学生達はスマホの画面を見ており声が届いていない。
そして唖然する瑠依は呟く。
隣では首を傾げて思ったことを述べる聖の温度差が顕著に現れる。
「……なにこの集団」
「珍しいポケモンがいるんでしょうかね」
怒号で煽られているのに。
学生達は無関心。相変わらずスマホに夢中なままだ。
誇らしげに咲いた桜並木は花弁を舞うのに、今ある趣を感動しない。季節の証拠を刮目せずに学生達は自分勝手に眼前の事だけに熱中。液晶画面の中にある楽しい愉しいトレンドに魅入られて。
誰もが下を向いている。
(嫌な景色。……気分が悪くなる。まるで集団催眠に掛かっているみたいだ)
咄嗟に危機を感じて。
幸乃は自身のスマホを制服のポケットに仕舞う。
画面を覗いてしまえば、自分もあの景色に溶け込むのではないかと。
昂る危惧が察知している。停滞した淀む雰囲気に飲み込まれまいと。必死に抵抗しようと心が訴えていた。
なのに。この違和感は共感できないようで、
「単なるスマホ中毒でしょう。多分、どうでもいい話題を見ているのかも。みんな依存し過ぎて耳が遠いだけよ。……全く、道徳心が欠けるわ」
奇妙な惨状にも関わらず。
首を左右に振って幻滅させる智恵は再び伊達メガネを掛けている。
ざわめきは伝播していく。
小さな世界を覗く彼らはみんな同じ行動を取ってしまう。閑散とした校舎よりも外側を選んだ者の視線は一つに釘付け。完璧な傍観者効果を目の当たりにした幸乃達は、この怪奇染みた景色を眺めることしかできなかった。
大したことのない情報が常識さえも逆転させる現象に。
第三者は、何かを啓蒙することも、アドバイスを送ることも困難を極めていた。
無意識の探求心は誰も止めることができない。
「あー、どうやら有名なアイドルが行方不明なんだそうです。今朝から姿を見せてないとか。ツイートの更新もないようですし、これは事件の匂いがしますね……」
タブレットで調べていた聖が一言。
もしもその情報が本当ならば一大事だ。姿を眩ませたアイドルの行方を探る聖は真剣な顔付きでふざけてしまっているが、仮に行方不明が事件に繋がるのであれば全然笑えない。思わず顔色を真っ青にさせてしまう。
「それって、デマなんかじゃないでしょうね?」
「ほ、本当ですよ。トレンドに乗っているので間違っていないかと……」
教室で物議を醸した不安定な世間話を幸乃は思い出して、
「まさか……、神隠しとかないよね」
「最近事件が多発してるし、そのオカルト? が原因だって言う人は結構多いよ。よくない風潮が絶えそうにない時点で、……この有り様じゃ他の人から見れば超常現象に勘違いしそう。しかも人が行方不明になっているというね……」
「まだよ。確証する根拠が至ってない。ガセの情報か。または単なる家出か。あるいはヤラセの可能性だって捨てきれない。幾らでも推測できるものに、一つに絞るのは無謀よ。関係者に尋ねた方がまだ早いわ」
「あのー……、ちょっと、場所を変えません?」
長い話を遮る声に反応して。雲っていく行く末を掻き消した。
少し興奮気味に持論を唱える二人だったが、場所を変えると心境はいつもの正常を取り戻す。どうやら雰囲気に酔ってしまったらしい。
「ご、ごめん」
「ごめんなさい」
正門前に移動すると、忽ち瑠依と智恵は反省をして頭を下げた。
「いいんですよ。真剣な姿勢は真面目な証拠ですし」
手を振って困惑する聖は寛大で、特に鬼にする素振りはない。むしろ異常な雰囲気に対して耐性がいるのか影響されていない。
幸乃と同等、波長よって違いがあるのか。
(……心が、影響されている?)
目先の見えない情報に人は撹乱されていく。
何が真実なのか誰にも分からない。だから答えを求めて人は彷徨う。
より詳しい情報を獲得する為にスマホという携帯端末を利用し、答えに相応しい回答を探している。といった様子で敷地内で検索する学生の奇妙な姿を目の当たりにしたら、困惑するのは間違いなし。
そもそもほとんどの人がスマホを覗いているのが悪いのだ。
超常現象のような。オカルトのような。
非現実を帯びた、世界の向こう側を実感した幸乃は安心のあまりに本音を溢す。
「ごめん。何かの儀式かと思っていた……」
「アブダクションってこと? 幸乃ってオカルト知ってるんだ」
「私もこっくりさんとか、花子さんだって知ってますよ! こっくりさんは十円玉と一枚の紙を用意する降霊術で……」
猟奇的で。
実にサスペンスめいた黒い噂が常に這い寄ってくる。
なのに関わらず非現実的なオカルトチックに会話の花を咲かせていた。曖昧で未確定に行き交う情報を掴み取る者とは違い、対照的に近道を選んだ学生達の躍起な後ろ姿を眺めて、智恵はただただ呆れて退屈に浸るばかり。
「…下らない。こういう時だけ人を他人のように接する。醜い部分だわ」
「そう言われましても、ねぇ」
時間が経過する度に悦ぶ奇声は強くなる一方だった。
狂気染みた現実への解離。幸乃達の行動さえ無視して。横を通り越したのも理解していない部分では、液晶画面の中にある情報を隈なくエゴサーチしようとする、哀れな学生達は外の声が届いていなかった。
未知の領域を好む、刺激を求めた本能の姿。
顕著する景色をもたらした彼らの異常な行動は暴走してしまい、止められそうにない。この時、幸乃は過去に起きた記憶を掘り起こしていく。
(あの目、似ている……)
末恐ろしい執念が蠢いた瞳。その奥に潜んだ怪物は欲望そのもの。
人が変わった。知らない誰かに変わった。短時間で人格が変わってしまうのか。本質を隠す怪物の部分を刮目した幸乃は覚えている。得体の知れない何者かに変化する瞬間こそ、人が暴走する原因だと思い知らされた。
―――呪いだ。呪いが蝕んでいる。
不安を煽る本能の姿に振り返らず、嬉々とした雑音を無視して。まやかしに囚われた人々を救いたい幸乃は怯えずに一歩を踏み込むが。
強引な流れによって誘導されていた正道の後を追う為に、あらかじめ指定された目的は達成を試みる故に行動は制限されてしまう。
機転となる流れがやってくる。
瑠依のスマホから。通知の音が周囲に鳴り響いたのだ。
(なんで、こんな時に……!?)
望む姿勢が掠れていく。
掴もうとしていたハズのヒントが遠退いて。意識を現実に戻してみれば、彼女は既に調べており、何故か微妙な表情を浮かべる瑠依の姿が見受けられた。
「……ややこしいことになってるわ」
液晶画面に映し出されるのはSOSのサイン。
その主な内容として、どうやら正道は男友達に誘われており、途中で他校の女子高生と一緒にカラオケをするという。誘いに断れない性分なのか強制的に参加させられているらしい。
よほど急遽の事なのか狼狽が露呈し、誤字がかなり酷かった。
「おおー、モテモテですね!」
「暢気に言ってる場合じゃないでしょ。とにかく、私と智恵の二人で正道を連れ戻すつもりだから、後の二人は様子を見てて頂戴。帰宅する時は各自で報告してね。それじゃ、私達は行ってくるわ!」
危機感の違いを見せられた。態度も揺れていた。
問題が発生した原因を食い止めるべく、瑠依を中心としたペアで行動することに決めたようで、置いてきぼりにされた幸乃はスムーズに流れる出来事を確認するだけで精一杯で、狼狽するしか手立てがない。
部外者らしい距離が何とも言えない。
「千駄木さん。ごめんなさいね」
「え?」
耳を疑う労いを含んだ反省の言葉。
その意味を知ろうとして、問い掛けるも空しく過ぎ去る。離れていく二人の姿を捉えるだけ。真剣な眼差しを向ける意味を汲み取ることが出来なくて、思わず幸乃は手を伸ばしても、やはり届かない。
窮地に踏み入れる正道を救うべく急ぐ先鋒組。
見かけによらず二人は俊敏だったようで、黒バッグを持っていてもフォームは崩れない。気を緩んでしまえばあっという間に姿は見えなくなってしまった。
変化の兆しが歯車を狂わそうとしている。
とてつもない不安が押し寄せる現状で、流れが激変しているのにも関わらず、聖は相変わらず能天気に過ごす。
いくらなんでも肝が据わり過ぎていた。
「……今思ったんですけど、どうして私達が最後尾なんでしょう?」
「多分、暴れるからじゃないかな?」
なんてたわいのない会話を挟みながらも正門を潜り抜けていく。
時間に余裕が出来た。徒歩でも追い付ける。そもそもあの二人がいれば解決は時間の問題。四人で乗り込んできたらオーバーキルで正道に悪評が付いてしまう。
(あの人、どれだけ人気者なんだろう……?)
新入生にして。期待の注目度が誰よりも伺える神田正道。
人の意識を惹く素質が彼にはある。過去に何を残して今を生きてきたのか。他人か認めたキッカケを知らない幸乃はあの少年の魅力というものが分からない。
つまり、直感が冴えないのだ。
(確かに性格は良くてかっこいいけれど、……そこまで必死になるのかな)
きっと彼一人でも十分に解決できる。何も不安がることもない。
彼が弱いと思っていないのだから。
(……)
根本的に目指す方角が違うのに。
同じクラスメイトだけの関係性に、それ以上の理由にはならないだろう。
他人から見た頂上の景色が同じものだとしても、本人が見据えた景色では全くの別物になっていて。そこに埋められない距離があるだけだ。意識の違いが生じた、勝手に作られた順位があるだけだ。
決して特別なんかじゃない。
高校生になったばかりの少年少女に理不尽なレッテルなど有るものか。
みんなみんな、一人の人間なのだ。
(どうして、ここまで、他人を比べるようになったんだろう……)
急速していく事態の深刻さに。ただただ危惧しか残らない。
眼に見えない淀んだ空気が蔓延する。災いを運び寄せるような不吉な風は季節の色彩を覆う。更には雲行きも怪しく傾いている中で、懸命に思索に耽る幸乃に、思わず擦れ違った人とぶつかってしまう。
不意にも黒バッグが相手の腰に当たってしまった。
「あ……、す、すみません……」
「……」
こちらを静かに見据えた、制服が白色の女子高生。
あまり興味の無さそうな、内容が無い怜悧な瞳。退屈そうに冷めた態度が緊張感を加速させる。ぶつけた本人が一番反省するべきものだが、あまりにも女子高生の冴えた眼光が印象的で、幸乃は堪らずに狼狽する。
思わず後退りをしてしまう。
何せ瞳の奥に宿していたのは、炎と氷を併せ持つ果てない強さだったから。
あの人と同じ迫力がある。
―――彼女は一体何者なのか。
通りすがりの女子高生が見せた無関心な一面と、相手が怖気付くオーラを含んだその眼差し。だが幸乃の意識は騙せなかったようで、眼中にない空洞の感情の裏側に隠していた本性は彼と同じ意思の強さを感じた。何事にも前進する気迫と、成し遂げる為の相当の覚悟を背負う。
同じ高校生として。
目の色を変えた彼女は、意識についての捉え方が全く違っていた。
何事も無かったように返事を送る。
「えっと……」
「いい。平気だから。こちらこそ、ごめんなさい」
丁寧ながらも素っ気なく。
他校の生徒である彼女は謝罪を挟んでは微弱な笑みを浮かぶ。それは日常として些細なハプニングで起きるイベントに過ぎないけれど。
それでも、幸乃は騙されない。
(……この人、嘘を付いている。気配を隠そうとしてた!)
明らかに彼女は反応に沿った動きを取ったのだ。それだけじゃない。平然としてスルーしており、隠す気が微塵もない。彼女にとっては認識する相手だと思っていなかったが、幸乃の稀なる経験が功を奏して、彼女の目の色を変えてみせた。
なぜか浮かない気分だが、自覚させた爽快感は心地よい。
失礼にも程があるがお互い様である。
「何だったんだろう。あの人……」
「常皇高校の制服ですね。左胸にある梟のエンブレムが特徴的なんです。それにしても、やっぱり制服が可愛いですよね。何だって制服が白色で黒色のスカート! 憧れる人は多いですけど、流石の名門校、壁がお高い……」
名門校の生徒である彼女はこちらに背を向ける。
遠くに。遠くに。あの子だけの目的地を目指して一歩一歩離れていく。
帰り道の途中。
運悪く起きてしまったすれ違い。
それは咄嗟の出来事であり想定外によるものである。ひょんなことから関わった彼女の様相は、何処から見てもただの高校生じゃない。
「幸乃さんの顔を見て態度を変えましたよね、あれ」
「うん。バレたかな?」
何がリークされたのかは敢えて言わない。護身術を習ったキッカケが両親の仕事柄にあって、弱い自分を見直す転機にもなれた。守られ続けていた自分が、弱い人達を助けるような、素晴らしい人になるように精進している。
困っている人を救うこそが、本当の正義だ。
暴力を振るう為にあるんじゃない。
「それはそうと、神田くんについてどうしようか」
立ち話でタイムロスが生じる。
という失態が起きた現在の時間帯。
このままでは瑠依が立てた作戦が一向に始まらない。誰よりも一番自分の時間が欲しい正道が報われない。あの二人がやってくれそうだが、クラスメイトを見捨てるような残忍な心を幸乃は持ち合わせていなかった。
従って幸乃も援護をすることを決めたようで、
「結構距離を置いたみたいだし、合流するのは無理そうな気がする。瑠依の判断で決めてからでもいいんだけど……、あれ?」
束の間の沈黙に違和感を抱き始める。
生活音が駆け巡る都会の中、行き交う人達は目もくれず、立ち尽くす聖は何も答えようとはしない。ひたすらスマホの画面を凝視して、こちらの声が届いているか分からない。
だがしかし、何かを決めたかのように聖は幸乃の方へ振り向いてみせた。
真剣な眼差しを崩さずにある物を目の前に翳す。
そして口元が綻んだ。
「あ、あのー。すみません。急にママからおつかいを頼まれちゃいました……」




