12話 無意識の景色
浮き彫りになる。彼の様々な行動。
浮かび出た辻褄がパズルのピースのように、一枚の絵として出来ていく。
『あ……、通知オフにするの忘れちゃった』
『あ、いや、その、俺現金持ってないんで。クレジット派なんで』
『……なんか、取り込み中邪魔して悪い。今君に渡せるものがジンバブエドルか、みんな大好きな金貨チョコしかないんだけど。駄目だったか?』
『……日比谷航です。よろしくお願いします』
色とりどりの喜怒哀楽。感情豊かな心の持ち主。
掴み所がないミステリアスに包まれた彼をあの日から憧れていた。純粋に本当の強さを求めて、努力を磨いた日々は次第に結果が現れていく。
そして。今日に至る。
(……私は、彼について知ろうとしているだけだ。知っている素振りなんだ)
もしも奇跡があるとするならば。
彼と同じクラスに巡り会えた景色は果たして偶然の産物か。
幸乃にとって実に喜ばしい好機の瞬間ではあるものの、彼の本性を知るキッカケがないのが悔やまれるばかり。
予想外の部外者の訪問の登場。裏目に出た素直になれない気持ちが爆発して。
ワザとではない本気の護身術を披露してしまう。
これらによって彼を遠ざけてしまった。
散々な結果にガッカリするのはまだ可愛い方だと思う。
彼の機嫌を損なわせてしまった原因が、自分自身に引き寄せた行動だったから。
―――千駄木幸乃は、まだ何も変わっていない。
(そうだ。私は、同じ景色ばかりを見ていて、変化に気付いていないだけ……)
もう一度向き合う為には。
十分に反省を踏まえる。繋がりを強くしようと意識は望めば、自然と精神は向上する為に鍛練を身に付ける。入学式を終えたばかりで、実際は何も始まっていないのだ。焦ってる場合じゃない。今後訪れる機会を大切にしようと、幸乃は心にそっと刻むことにした。
自分の意思を。見方を。感情を意識すればいい。
(これ以上、迷わない為に。私は思い出すんだ……! 思い出せ!)
イメージが広がる。
ざわついた心は水面のような、穏やかな静けさを纏う。
周囲の雑音が遠退いていく。幸乃だけの特別な空間は誰も届かない。閉ざした瞳は見開いて、見つめた先に広がるモノクロームの景色では、自分の知らない無意識の世界がハッキリと映る。
では。どうして。
「……ッ!?」
―――幸乃が思い浮かべた彼の色彩だけは、灰色に掠れているのか。
(灰色。グレーだ……)
全て。
幸乃の失態だと考えていた。
だけど違っていた。無自覚のまま、彼を過大評価していただけに過ぎない。
あの日、恐怖から取り除いてくれた。
彼の強かさに酔い痺れて。
日比谷航という理想のシルエットを勝手に形成させていたのを知らずに。浮いた想像は暴走してしまう。ミステリアスな一面と、何処か天然を含ませた健気さ。色とりどりの喜怒哀楽が咲かせる中で、太陽みたいな眩しさを放つ覇気は紛れもなく本心が宿る彼らしさ。
清々しいほどの、未来を繋げる象徴に見えたのに。
今までの言動の意味が変化を遂げる。
(そういえば、そうだ! 本当は私にもはぐらかしていたんだ。私だけじゃない。これまで関わってきた人全員に向けていたってこと……? というか、この紙幣、ジンバブエドルってどんな伏線を持ってるの? そもそも、この紙幣はなんだ?)
実際の所。
彼について興味を持った人達から避けている素振りがあった。
関わりたくない。というよりかは距離を置く感じが近いか。威圧感を放っていた理由はそういうことだったのか。
―――本当の自分を伏せる為に。
(ということは、あの狐耳も話を逸らす嘘だったんだ)
所詮、話題作りはどうにでもなる。
逃げる術を彼は手際良く振るう。
相手の意識を痺れさせるほどのパワーワード。声のトーンが威圧に変えて、あの場面に響かせることで一定の距離を置けると気付いた可能性が非常に高い。
千円紙幣を翳す相方をは奇異な目に晒した上で、自分自身は無傷で教室を退場。痛みを伴うこともなければ、デメリットに繋がらないのだ。
息の合った連携ではない。
これは、影武者を引用しただけの一方的な囮だった。
(彼は同じ景色を見ていない)
親友に嫌気が差す理由が隠されている。それを明白にさせた幸乃の違和感。
けれども。未だに真髄には辿り着いていない。
迷宮だ。出口は暗闇に遮られ、入り組んだ道は現在の様子。核心である答えは彼だけが知っている。賑わいだらけの教室よりも窓の中にある外側の景色を、静かに眺めていた一人の少年は、一体何が見えていた?
(じゃあ、あの反応も、もしかしたら……)
歯止めが効かない思索は本質に迫る。
彼との会話の中で目覚める疑心が芽生える瞬間を、幸乃は再び目の色を変えようとした所で、親しい人達の甘美な声によって中断されていく。
現実の時間に戻された。
「おーい、幸乃、聞こえてる?」
「え……? あ、うん。ごめんなさい。少しだけ取り乱しちゃったかも」
「ん、そう言う割に発狂してたぽいけど……、まあいいか!」
あっけらかんとした反応を瑠依は見せてくれる。
違和感を気にする素振りもなければ、気を留める理由もない。
二人の過去を唯一知る瑠依だからこそ、あの景色は現実であり、変哲もない世界だろう。ただ普通じゃないと知りながらも関わる筋合いは何処にもないと。
こう言っていた。
あまり期待しないで欲しいと。
「幸乃さん、そんなに心配しなくてもいいですよ! 私達は悪い人を撃退する力は持っていますし、数なら負けませんよ。神田さんも居ることですし、多勢に無勢。二倍の数には勝てないんです」
「……その前に通報が先だから。神楽坂さん」
保身の話はどうであれ、偶然に鉢合わせてしまったひったくりを回し蹴りで撃退した伝説を語らなければ、きっとドン引きされないだろう。
言わない方が幸せなのかもしれない。
彼とは違うベクトルではあるが近い心境を実感した幸乃ではあった。
(なんとなくだけど、隠し事って意外と難しいなぁ……)
知らない所で秘密が溢れてる。みんな内緒にしてる。それが醜い部分だったり、恥ずかしい部分だったり、様々な秘密を抱えてる。抱えている物を含めて自分自身だと見つめ直すのは難しい。周りの見えない寒暖な視線を、見えない反応を、日頃から怯えているに違いなくて。
この本当の世界は活かせないからこそ。
真実を隠す人達がいるのだ。
彼もまた誰かの世界を通り過ぎなから今日を生きていく。
決して終わることのない。自分だけが知る真実の向こう側を掲げながら。
正しい答えを探している。




