11話 狐耳を検索してみた
「……え」
まだ歓喜の歌は静まらない。
それなのに、彼の透き通る声がハッキリと幸乃に届いた。
狐耳。
彼の口から発するフレーズ。そこに到底想像出来ない単語を聞いた幸乃は、ワケが分からず一瞬で硬直してしまう。
首を掴まれたネコのような沈静化。大人しくなるレベルではない。
目に浮かぶ理想が崩れていく。憧れの対象であり、目標となる存在であり、好意を寄せる大切な人の意外な一面を目撃してしまえば、幻滅するというか、肩透かしを食らったような脱力感に陥る結果に至った。
若干の天然な要素があるとはいえ。人前で話すような相応しい内容じゃない。
疑心暗鬼になりながらも。一応調べてみた。
(……これ?)
ちゃっかり調べものを怠らない幸乃。
手際よくスマホを扱う。悪い癖だとしても心の衝動は抑えられない。
否定的な自身と戦いながら淀みのない探求心に駆られた結果、液晶画面に映し出されるのは、果ての見えない二次元の世界が、そこには広がっていた。
なんというか。どうやっても。
辿り着けそうにない独特な領域が、試練として待ち構えているようで。
(うわ……)
普通に引いた。
(あ、アニメのキャラクターなのかな。狐の耳の付いた女の子が沢山……。普通に可愛いと思うんだけど、これが日比谷くんの趣味だっていうの? ちょっと意外。う、うーん。どうやって言葉を探そうか?)
思わず苦笑をしてしまう。
シュールというかギャップというか。互いの価値観が掛け離れていた。
どこまでも落ち着いた素振りを見せては肩透かしを食らう緩急の副産物。しかも相手を選別させる上級者のジャンルだ。マニア受けする筋金入りのクールジャパンであると、なんとなく幸乃は理解はしているが。
最終的には項垂れる。
(私には付いて行けそうにない……)
ごめんなさい。そう呟いて諦めた。
難しい。一歩が重くて進む勇気が足りなかった。
気まずい感覚を拭おうとしても、無情の違和感は逃がさない。
神妙とした教室の雰囲気に釣られて、滞留するクラスメイト達の目線は千円紙幣をヒラヒラさせた少年の方へ向いていた。多分注目している一番の理由として茶髪の少年が持つ千円札が旧式の紙幣だったからか。
「夏目さんとは珍しいてすねー」
「幸乃。ああいうの、関わっちゃ駄目だからね!」
「う、うん」
物珍しさに関心を寄せる聖とは別に。瑠依は苦悶の表情を浮かべていた。
頭痛でもするのだろうか、首を左右に振っては提言をしてみせる。メガネを掛け直すだけの智恵もまたかなり深刻そうに無言を貫いたまま。
(初めて夏目漱石さんを見た……。でも)
猟奇的な視線が飛び交う中で。
教室を出ていく彼の物静かな横顔を幸乃は刮目せずにいられない。
悪目立ちを示した割には微動だにせず、平常心は崩れない。注目されていようがお構い無し。無頓着を通り越した予定調和にしか見えなかった。
特に少年の趣味の悪い動作によって、みんなの視線が一ヶ所に集中している。
間違いない。
これはフェイクだと幸乃は気付いた。
(何より肝心なのは、彼が鮮やかに人の目を欺く姿だ)
二人がクラスメイト達の視線を引き付けて。珍しさで人目を奪う。
紙幣に意識だけを寄せた二人の策略は場数を踏んでおり、一見ふざけているように思えるが、実際は役割を担っていて、手の込んだ突破口が炸裂する。
しかし。次第に疑問が濃くなっていく。
(何か、裏がありそうな……)
路地裏で起きた群衆の暴徒化。
その真相。
少し時間を置いた後、幸乃は再び路地裏を訪れた。そこには彼の姿は一切なく、落としたハンカチを拾ってくれた男の人達が親切に返してくれただけ。
ビックリして言葉が出なかった。
悪夢のような絶句の瞬間が何も無かったかのように日常の世界が帰ってきて。
白昼夢を見ていた微睡みの感覚が今も覚えてる。
本当は。
彼に感謝を伝えたかった。
なのに誰もが望む理想を描いた、幸せな景色を目の当たりにしても、必死に捜しても彼の姿は見付からない。
ありがとう。
そう言いたかったのに、小さな声は風に乗れずに掻き消されてしまう。
(あの時、誕生日が来てないからまだ13の頃。……中学二年生か。あれから一年半くらい経っているけれど、彼の大人びている部分は変わってない。だけどそれ以前として、年上の相手にたった一人で解決できてしまうのかな)
まだ。謎が有り触れている。
常識を越えた景色を眺めていた過去の日。彼は別の世界を生きていた。
環境下の差じゃない、道徳性のベクトルだ。
「―――ねぇ、あの二人について、みんなは何か知ってるの?」
連鎖反応していく嘲る視線。哄笑が段々行き場を見失う中で、歓喜の渦に巻き込んでいく幸乃は自分の心のままに尋ねてみせる。すると、三者三様の感情を含んだ言葉が返ってきた。
意識を堪えて。
研ぎ澄ます瞳は嘘を見抜く為に目の色変える。
「そうですねぇ、瑠依さんほど詳しくないですが、日比谷くん達とは一度だけ同じクラスでしたよ。あまり話す機会は無かったですけどね」
「私は初対面。だから千駄木さんの問いに力になれないわ。ごめんなさい」
特に話題性に欠けた智恵は会話にならないのは承知している。
少なくとも関わりがあった聖の方は挨拶程度の関係。同じ中学の出身だからこそ話し掛けていたのだろう。やり取りが容易に情景ができた。
そして注目すべきポイントとして。
二人に面識がある瑠依の反応こそが、幸乃の違和感を尖らせてくれる。
「そっか。瑠依は知っているような素振りだけど……」
「もう、あまり期待はしないでよ」
幸乃は瑠依に振り向くと、ばつが悪いのか不貞腐れている。
あまり干渉したくない素振りを示す瑠依だが、諦めてため息を吐くとネガティブな気持ちを切り替えて真摯に答えてくれた。
「同じ中学だから分かるけどさ、あの二人は一言で言うと『普通』じゃないわよ。掴み所がないというか、全く理解できないの。特に駒込は危険ね。常にヘラヘラしているように見えるけど、実際はポーカーフェイスだから絡まれたら気を付けて。まあ、幸乃は護身術で撃退してたし、平気でしょうね」
「あはは……。やっぱり、みんなに知られちゃったんだね。今朝のこと」
スクールカーストの頂きに佇む一番の理由。
可憐な見た目に反して。身を守る為の武術に長けているとは誰も知る由もなく、たったチョコレートの為に憤激の感情を露にした。落ち着いた表情は崩さなかったのに、その甲斐も虚しく、勝手にクラスの人気者になってしまった。
もはや、アレが全ての始まりであると、過言ではないように。
「なんか、こう、体が勝手に動いたといいますか……」
「それって拒絶反応ですよ?」
苦手な人。それはしつこい人であり、騒がしい人は距離を置きたい。
幸乃が不機嫌になるまで。
頑なに執着し続けたあの少年にはうんざりしている。
改心しなければ今後ストーカーに成り変わってしまうだろう。間違いない。時間の問題だ。懐かしい雰囲気と偶然の再会を壊した張本人なのに全然反省していない節があり、友達の彼にさえ失礼極まりなかった。
たとえ成し遂げた罪が数え切れなくても。
あの少年が残した迷惑な行動は、そう簡単に忘れられない理由があるのだ。
食べ物の恨みは恐ろしいものだから。
「だって、人のチョコレートを食べるんだよ? いきなりだもん。ビックリしたし気持ち悪かった。ああいうのって不審者みたいだから警察に相談したい」
「いやいやいや、どう見てもそれは明らかに不審者でしょうが!?」
高校生活を送る記念すべき日に。
駒込という少年が散蒔いた形跡は杜撰だった。女性を口説いては会話を侵害するばかり。ウケてもないのに青春を謳歌しているような擬似の時間に、クラスどころか同学年の女子達には既に名前を知られているレベルだ。
もはや、指名手配を位置付けるほどの、極悪人にして女子の天敵だった。
「確かに評価は最悪。人の気分を損ない、生理的に受け付けない拒絶分子そのものと言っても過言ではない。駒込貴雄はパンダさえなれない害獣よ」
「ふむふむ。彼は一体何がしたいんでしょうね? 富と名声と力ですか?」
「さあね、ナンパする奴だし、生活指導が必要だわ」
クラスあるある。手に負えない問題児。
比較的に真面目で教養が整った生徒が多い中で、悪目立ちしているのが駒込貴雄という少年。常識的な部分が散漫しており、近所の悪ガキのような、身勝手な性格については改善しようがない。
「もしも話し掛けてきたらどうしよう?」
「幸乃さんなら警察さんは必要ないとは思いますけどねー。返り討ちですし。今度ちょっかいを出してきたらけちょんけちょんにしましょう!」
剣を振るう仕草をする聖。素振りが時代劇でよく見る殺陣に似ていた。
「撃退する前提なんだ……」
庇護をしない二人の様子を見て、瑠依は意表を突かれる。
彼らの姿は何処にもない。
あるのは静まり返らぬ歓喜に溢れた教室だけ。
有りもしない噂話やら捻くれた偏見が交錯していく間、ポーカーフェイスを装う駒込という少年には怪しい部分が含まれていた。
瑠依曰く、表裏を隠した人物であり問題児と提言。
間違いないとそう考える幸乃だが、腐れ縁であるハズの彼が越したない反応を露呈したのが気になって仕方がない。
相当信用しているのだろうか。
それとは別に、脅迫されている可能性だってある。
「―――日比谷くん、もしかして、駒込さんに脅されている……?」
「どういう発想!?」
よくよく考えてみれば。
謎が多い部分があるものの、彼は並の男達を凌ぐ強さを持っているのは明白で。それなのに駒込という少年を構うのはどうも怪しい。友達だと話しているけれど、敵対しているような素振りを感じ取れたのは何故だろう。
纏わり付く疑念が逃げない。
心臓の鼓動が早くなる。奥底から這い上がる熱意が、本能を刺激していく。
『お、いたいた。おーい日比谷、一緒にナンパしようぜ?』
『マジかよ……。なんで、お前がここに……』
怪訝な表情を露にする彼の想定外。
友達が同じクラスなのか確認するのはそんなに難しいことじゃない。昇降口付近で設置されたホワイトボードで分かる。そのお陰で聖に出会えて、恵まれた関係を築ける時間を実感できるのだから。
なのに。
―――不用心だった彼の反応は、明らかに嫌気が差していた。
(友達なのに、あんな嫌そうな反応をするのかな? 友達だから……? ううん、絶対に違う。本人がいる目の前でハッキリ言えるのは、ただの悪口じゃない。私は到底できないし、まるで、何かを意味が違うのかもしれない……)
誰にも明かせない秘密はきっと一つだけじゃない。
言葉の中に裏がありそうで。
それが親友でさえも言葉を塞ぐほどの、彼の事情が暗躍しているとしたら。
有り得る可能性が出てきた。
(日比谷くんは、はぐらかしている……?)




