002 第12?話 清純少女
「え? なんか変わるのか?」
真琴は首をかしげてそう言った。
「変わるとも。世界がひっくり返る。これから人類は新たな境地へ!」
「いやいや変わらないでしょ。というか今更感がすごい。付き合ってなかったのか」
アリナと交際し始めたことを高根真琴くんに伝えたところ非常につまらない反応をいただいた。あまり期待はしていなかったがしょうがない。所詮コンビニで売られている肉まん程度の価値しかない彼に訊いた俺が馬鹿だったのだ。やはり真琴ではなくアマガエルあたりに話しとけばよかった。まだケロケロ喋って愛嬌がある。
「馬鹿にされてる気がするんだけど」
「そんなわけないだろ。俺は真琴くんが大好きだ」
「やめろよ気持ち悪い。これ食って黙ってくれ」
彼の家に招かれた俺は着いてそうそう料理の感想を求められることになった。
彼が目指す料理人に関して無知な俺が感想を言ったところで参考にはならないと忠告はしたが「俺の料理は人を幸せにできるか試したい」と純粋な目で頼まれたので仕方なく食べることになった。
その真琴メシの毒味中に衝撃発言を投下してやろうと企んで言ったわけだが彼は全くといっていいほど興味が無さそうだった。
「うむ。美味いぞ」
「よし。これも良い感じだな」
天ぷらを食べて感想を求められても俺の語彙力では「うまい」が限界だった。グルメリポーターのような食い物に対する表現力は皆無だ。とりあえず美味い顔しておけばいいんだよ。
真琴はキッチンで手を動かし、俺は胡座をかいて待っている。
これじゃあ餌を待つ犬じゃないか。
「日羽と付き合えた感想は?」
不意に真琴は言った。
「実感がない」
「そういうこと。俺がさっき今更感がすごいって言ったのは周りも含め彗も『もはやカップル』と思ってたからだよ」
「マジかよ。いつからだよ」
「高校の時から」
「早いな。でも思い返せばそう思われても仕方がないような気もする」
「それで、どっちが告ったんだ?」
どっちなんだろうか。
同時? いや俺が若干早いか。
「忘れた」
「それはないだろ~。なんで今更恥ずかしがってんだよ~」
「お黙り。男の子には秘密が多いのです」
「ちなみになんて言ったんだ? さぞ格好いい台詞なんだろうなぁ?」
「忘れちまった。あのあとアリナに抱きしめられて肋骨全部折られたんだ。その痛みで覚えてない」
「ほうほう。鶴経由で日羽に『彗が隠れて浮気してる。相手は白奈』ってメールしよっかな」
「真琴くん、それは冗談でもやっちゃダメだ。僕もろとも白奈ちゃんも殺される。」
「そうだね。頑張って思いだそう」
人の皮を被った悪魔め。もし俺が現役の帰宅部員だったら彼をミキサーにぶち込んでいたところだろう。
「誰よりも君が好きだ。そう言った」
「キャァァァァァァアアアアアアアアアアア! 彗様カッコイイイイイイイイイイ!」
あぁ、おうち帰りたいなぁ。恥ずかしくて死にそうだなぁ。
「日羽はなんて言ったんだ!? なぁここまで言ったんだから言えって! 俺らの仲だろ!?」
「誰よりもあなたが好き。そう言われたよ」
「ンァアァァアアアアアアア!!! じゅ・ん・あ・い! 純愛キタァアアアアアアアア!」
俺は羞恥心が限界値を超えたため体育座りになって殻にこもった。ついでに鼓膜も破っておいたからもう真琴の発情ボイスは聞こえない。膝のぬくもりだけが僕の味方だった。宇銀、助けて。
鼓膜がようやく再生し始めたので俺は顔を上げた。
真琴はというと部屋の隅で鼻歌を奏でながら少女漫画を読んでいた。おそらく恋したくなったのだろう。
「真琴。もう毒味はいいのか?」
「ちょっと待って。いま泣けるところだから。ムード壊さないで」
ムードとか知りませんよ。僕はこのあと凛音とアリナと待ち合わせしてるんですよ。「一秒遅れるごとに私に『愛してる』と言いなさい」とアリナから脅されてるんですよ。
アリナから貰った腕時計で時刻を確認する。ここから走って五分前くらいに到着か。やっぱりそろそろ出た方が良いな。
「真琴。そろそろ帰るぞ。人を待たせてるんだ」
「はーはいはいはいさっさと行け裏切り者。幸せになりやがれこん畜生」
「鼻水めっちゃ垂れてるぞ。じゃあな」
少女漫画で心を洗われた真琴を残して待ち合わせ場所に向かった。彼の料理にお金を払える時が来ることを心の底から願っている。
時間には余裕で間に合った。見積もっていた以上に近かったようだ。
周囲を見渡して二人を探していると背後から大声で叫ばれた。
「生きてんじゃん! 生きてんじゃん帰宅部いーん!」
忘れもしないハートブレイク・リオンの声だ。
振り返ると自撮り棒をぶんぶん振り回して笑いながら迫ってきた。その背後にアリナ。
「久しぶりだな。なんだっけ、お前地下アイドルなんだっけ?」
「なにそのデマ。うちは可憐な大学生なんだけど? 眠ってるうちにへんな記憶つくってるんじゃない?」
「そうなのか。元気そうでよかった」
「彗もね。よかったよ、本当に。ま、積もる話はこの後でね?
高校時代の凛音はウェーブのかかった髪型をしていたが、今は毛先をくりんくりんに乱した髪型になっていた。今でもアイドルを目指しているのだろうか。それとも冗談だったのだろうか。
アリナは穏やかに俺に微笑んで会釈した。嗚呼、すごく可愛いどす・・・・・・。
場所を移してとあるファミレスで食事することになった。
真琴メシを腹に入れていたので空腹ではないが間食ということにしよう。
俺は椅子側に座り、アリナと凛音はシート側に座った。
「あれ、二人って付き合ってるんだっけ」
「そうよ」
はやいッ! 早すぎるぞアリナ君ッ!
アリナは即答した。早すぎて凛音の声と繋がっていた。
「そうだよね~。だって高校時代の時からラブラブだったもんね~。なのにアリナは男子からモテモテで羨ましすぎて腹いせにガリ勉君のこと何回か殴ったよ」
「お前、鷹蔵に対してそんなことしてたのかよ」
「だってうちのこと馬鹿にするんだもん。21世紀が生んだ最悪の悪魔とか思考回路が玩具のレール並みとか。でも楽しかったなぁ」
確かに楽しかった。体育祭でともに戦った帰宅部員たちは最高メンバーだった。
「鷹蔵ってもしかしたら凛音のこと好きだったんじゃないのか? ほら、好きな人をいじめたくなるってやつだよ」
俺は純粋にそう思ったのだが、凛音はきょとんとしてアリナと顔を合わせた。そのアリナもきょとんとしていた。
変なことを言ったのかと思ったら次は二人とも笑いだした。アリナは顔をそらして肩を揺らし、凛音は腹を抱えて笑った。
「どうしたんだいきなり」
「くふふ、そんなわけないじゃん! 彗が眠ってるときにね、ガリ勉君は鶴に告ったんだよ!? ほんと思い出すだけで腹筋崩壊しそう!」
「そんなこともあったわね」
うろ覚えだが鷹蔵が鶴に対してそういう感情をほのめかしていた気がする。そこまで発展していたのか。やるじゃん、鷹蔵。
でも以前みんなと集まって時にその話題は出なかったな。
「ガリ勉君って結構チキンだったからうちとアリナに相談してきたんだよ。体育祭のよしみで仕方なく聞いてやったんだけどね。珍しいなーと思いながら聞いてみると『二渡鶴は良い女性だと思うか』って訊かれて! もうそこでうちら爆笑しておなか壊れた! もう馬鹿馬鹿しくしょうがなかったんだけど結構マジな感じだったから色々アドバイスして・・・・・・」
「お前のアドバイスとか不安でしかないな」
「私なりに頑張ったんだけどね~! 真剣な顔で『予行練習に付き合ってくれないか』って言われてさ~。アリナが鶴役で私が審査員って感じでテストしてみたんだけど~」
アリナが突然「誤解しないでちょうだい。私はあなただけよ」と割り込んできた。怖いですよ、アリナさん。
「『僕は生物学的に君と相性が良いと思う』とか言って! もう馬鹿すぎて! 転げ回って笑ったよ。笑いすぎて死ぬかと思った!」
「致命的だな」
「ほんとそれ。一応それじゃダメってアドバイスしたんだけど本人曰くこれ以上無いベストな台詞とか言い出しちゃって。結局同じ台詞を鶴に言ってたよ」
「鶴はなんて?」
「『あ~、テストで私に勝ったらいいよ』。鶴の苦笑い初めて見たね! うちとアリナでとりあえずガリ勉君を応援してあげたけど最後まで鶴が一位だったね~」
やっぱり鶏先輩はすげーわ。鳥類が世界を支配するのも時間の問題だな。
彼女らの話聞くのは楽しかったが嫌でも後悔の波が静かに音を立てた。一緒に高校を卒業したかったという思いが胸の内にこみ上げる。もう永遠に訪れることの無い時間を俺は経験できなかったのだ。やはり惜しい。
そんな俺の心境を悟ったのか、アリナが「こらっ」と怒って俺の手を指で突いた。
「そんな顔しちゃダメよ。私、泣いちゃうわ。あなたの痛みは私の痛みよ」
「あーあー彗最低なんだー。彼女泣かせるんだー」
「僕は今最高にハッピーさ! わははい! 太陽さんも笑ってる! アリナ君! 君の言葉はたまに重すぎる!」
そうだ。
今が大事なんだ。過去がどうこうじゃない。こうして語り合えるだけ俺は幸せなんだ。
時間のズレはあるけれどこうして繋がりが途切れなかったことに感謝するべきなのだ。
ひとりぼっちじゃない。
どこかで繋がっているのだ。誰かの記憶に。誰かの物語に。




