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毒舌少女のために帰宅部辞めました  作者: 水埜アテルイ
第???章 Memories

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003 第10?話 ブレッドランナー

 全国の善良なる一般国民の諸君らは「パン食い競争」という競技をご存じだろうか。

 日本古来から伝わる伝統的な競技であり、対象選手は小学生が大半だろう。中学以上となると珍しくなるので幼き日々でしか味わえぬ貴重な体験だ。

 俺自身もパン食い競争に関しては一応小学時代において皆勤賞である。中学ではなかった。

 そんなパン食い競争がこれから行われようとしている。


「彗、パン食い競争でんの!?」


 真琴がグロテスクな幼虫にでも遭遇してしまったかのような顔をして言った。俺は新人類だというのに何という目をするのだ。


「当然。まさかパン食い競争があるとは思わなかったが出場権があるなら出る。今日の晩飯はあんパンだ」

「あれって小学生までだろ……地域交流を前提にしてるんだから出るのも子どもばっかりだと思うよ」

「黙りなさい。無料でパンを得られる喜びを君は知らないのか? ホモサピエンスの君には心底がっかりした。これだからホモサピエンスは三次元空間でしか生きられないんだ」

「……もう俺は何も言わないよ。がんばって、彗……」


 萎れた真琴と別れ、俺は再びストレッチを始めた。

 部活対抗リレーは優勝という形で終わってよかったが、パン食い競争があると聞いたらまた本気を出すしか無い。まだ足に限界は来ていない。寧ろあたたまったおかげで良いコンディションだ。

 第二回目の部活対抗リレーの様子を眺めながらアキレス腱を伸ばしたり腰を回したりして戦いの準備をしているとまさおが話しかけてきた。


「あの、彗君はパン食い競争に出るんですか……?」

「もちろんだ」

「ぼ、僕も出て大丈夫ですかね……お腹が空いてしまって……」


 マンゴーで肉体的制約を完全解除して血と肉を燃やしながら走った彼はどうやら栄養が不足している状態らしい。確かに優勝後の彼は疲弊しきっていて顔がこけていた。相当寿命が縮んでいるのではと心配した。

 昼の弁当だけではカロリーが足りなかったようで、それを補うためにパン食い競争という聖戦に参加したいようだ。


「自由参加だから大丈夫だぞ」

「あ……よかったです……」

「でもパン一個で足りるのか? どう見ても足りなさそうな気がするんだが」

「多分、足りますよ……」


 いや絶対足りない。おそらくパン一つでは彼の筋肉を満足させることはできない。スクワット五回で消費してしまうだろう。

 そんな時だった。


「問題発生?」


 手を銃の形にして近づいてきたのはプロゲーマー・エイジだった。

 部活対抗リレーが終わった途端、FPS症候群を再び発症したようだ。何度もリロードする動作をしながら俺に銃口を向けて撃ってくる。


「問題ってほどじゃないがパン一つでまさおが満足できるかって話をしていただけだ」

「なるほど。じゃあ俺も出場してまさおにパンやるよ」


 まさおは筋肉をうごめかせて「本当ですか!?」と目を輝かせた。やはり足りないようだ。


「久しぶりに全力で走ったらまた走りたくなってね。丁度良いから出場してやるよ」


 栄治は右手で何かを引っ張る動作を何度もしながらそういった。多分これは狙撃銃で弾を薬室に込める際に行う『コッキング』だ。栄治のせいで余計な知識が増えてしまった。

 

「じゃあ私も出るわ」


 笑顔でぴょんと跳ねてやってきたのはアリナだった。


「私も走りたくなったの。パン、取ってきてあげるわ」


 アリナはまさおにそういった。まさおは「ありがとうございます……ありがとうございます……!」と何度も台風が起きる勢いで頭を下げて風をおこした。

 

「では。まさおのために再び一致団結しようじゃないか。競争じゃないから程々にな」





 部活対抗リレー二回目が終わり、パン食い競争の準備が始まった。

 俺たちは入場門へと行って列に加わった。


「なんだよ。結構参加するじゃねぇか」


 真琴が言ったように子どもばかり参加するのかと思いきや本校生徒が大半だった。

 

「そうね。子連れの親が多いように見えたからてっきりお子様ばかり来るかと思っていたわ」

「まさに同じ考えだ。これは面倒なことになりそうだ……」

「どうして?」


 アリナが首をかしげて俺に問う。その彼女の後ろに見覚えのある女子がいた。


「うわっ、榊木じゃん」


 国の許可無く俺の名字を声に出した人物は売店で繰り広げられるパン争奪戦の常連だった。名は存じないが顔だけなら覚えている。俺にパンを取らせまいと団結して肉の壁を形成した女子部員の一人だ。つまり僕の敵ですね、はい。


「お前は売店によく出没する生命体だな」

「なにその言い方。でもうちらだけじゃないから。バレー部総出でパン取りに行くからね」

「ほう。あの玉遊び部活動が総出、か。ふふ」

「なに笑ってんの」

「いやいや失礼。我々帰宅部員に取らせないとでも言いたいのかね」


 日頃からお互いを邪魔者扱いしてきているのでどうしても火花が散ってしまう。まぁよく言えばライバルか。気付けば俺たちは好戦的な女子部員たちに囲まれていた。厳密に申し上げれば、アリナ、栄治、まさおは全くといっていいほど関係ない。彼女らの宿敵は榊木彗だ。


「ちょっと。喧嘩しないの」

「お静かに、アリナ君。彼女たちは君が想像している以上に俺に敵対心を抱いているのだ。それでも我が輩の味方をしたいというのなら、喜んで受け入れよう」

「えっ――じゃあ他人ということで」

「あれれぇ?」


 さらっとアリナに裏切られた。

 栄治はひたすら手榴弾のピンを抜いているし、まさおは自分の体積をできるだけ小さくしようと必死だった。本当に味方はいなくなってしまった。この世に慈悲はないのか? これだからホモサピエンスは嫌いなんだ。早くトマトに支配されてしまえ。

 その様子を見て不敵に笑みを浮かべる女子部員たち。だが我が輩は屈しない。例えこの命にかえてでも僕は世界を救う――。この夏、君は英雄を目撃する――。8月8日 全国ロードショー。


 冗談はさておき、とうとう準備ができたようで俺たちは入場門をくぐってスタート地点へと歩いた。

 まさかの十人同時疾走だった。でもそうしないと参加人数的にさばけそうにない。

 このパン食い競争も至って普通のルールで、大体コーナーのあたりにパンが吊されている。それを食ってゴールすればいい。もちろん順位という概念はない。ただパンを追い求める人間を演じればいいだけだ。

 徐々に順番が近づいてきた。そして次の十人が前に出て行き、ちょうど栄治が一人だけ先に行ってしまった。


「じゃ、先に行ってくるわ」


 ナイフを振るモーションをしながら彼は一言残した。彼のその不自然な挙動に周囲は白い目で見ていた。おいおい彼はプロゲーマーだぞ? 世界ランク八位まで上り詰めたらしいからな? しかし俺は他人のふりをした。恥ずかしかったのだ。

 パンッと音が鳴って栄治の組がスタートした。てっきり彼はぶっちぎりでスタートを切るかと思ったが、何を血迷ったかその場に伏せた。どうやらFPS症候群を発症したらしい。銃声と勘違いしてその場に伏せたようだ。


「栄治、お前マウス握ってないだろ! ここは現実だ!」


 俺は叫んで栄治を現実に引き戻した。

 はっと我に返った栄治は素早く駆けだし、まるでチーターのような加速を見せてあっという間にコーナーへとさしかかった。

 パン食い競争の見物といえば必死に口を開けてパンに食らいつこうとする間抜け面である。一本の縄で吊されているため他選手の振動が全体に伝わってパンが踊って我々を弄ぶ。その光景は今回も健在だった。

 必死に食おうとしている選手に追いついた彼はあろうことか減速しなかった。寧ろ加速している。そしてそのまま通過してしまった。やつはパン食い競争未経験者なのだろうか、と落胆しかけた時、俺は信じられない光景を見た。


 プロゲーマー・エイジは二つ咥えていた。


 まさに神業だ。

 彼はあのスピードのままパンの包装に的確に噛みつき、あろうことか一瞬で二つを取った。人間業じゃない。一つに噛みついた後、どうやったら二つ目に噛みつけるのだろうか。俺は彼こそがパン食い競争の王者だと悟った。やはりホモサピエンスは侮れない。地球の支配は先送りにしよう。


 そして俺の順番が来た。

 俺、アリナ、まさおの三人が揃ったが他七人は全員俺の敵だった。売店で俺のあばら骨や大腿骨を何回も折った奴らが揃っていた。遺書を書いておかなかったことを後悔した。

 

「アリナ、まさお。他の奴らには気をつけろ。こいつらは緑色の血が通うモンスターだ。慈悲はない。ただ俺を打ち倒すという目的で同盟を組んでいる奴らだ」

「でも彗だけでしょ? 私たちには関係ないんじゃないかしら」

「そうかもな。もし君たちの身が危なくなったら俺は彼女らに抱きついて自爆する。なんとしてでも守ってやる。骨は海にでも流してくれ」

「あら、頼りになるわ」


 アリナはこちらに目も合わさずそう答えた。僕は悲しくて泣きそうになった。

 まさおは圧倒的女子率に怯えて直立不動になっている。もう彼は知らない。人をひき殺さなければ何でもいい。

 

「榊木。あんた売店の時みたいにぶつかってきたら殺すから」


 堂々と殺害予告をしてきた女子部員。今の言葉を録音していたら社会的優位に立てていたかもしれない。なんとも惜しいことをした。


「勝手に吠えるがいい。パンは等しく用意されているのだ。争いの余地はない」

「まあそうかもね~」


 彼女たちは一体何を考えているのだろう。明らかに俺に対して何らかの妨害をする気満々じゃないか。俺が何をしたって言うんだ。ちょっと触っちゃっただけじゃないか。

 十人横並びになり、いよいよ始まる。

 何も争うことはない。栄治のように二つ取らなければ問題ない。さっさと取ってゴールに向かおう。


 パンッ。


 よっしゃ鳴っ――。

 俺は盛大にこけた。顔面から思いっきりこけた。

 原因はスタートダッシュ時に足をかけられたからだ。奴らは悪魔の使いだ。そこまでして俺を貶めたいのか。どうか彼女たちに正義の鉄槌を。


「ナメクジ食わすぞこの野郎ッ!!」


 俺は叫んだ。絶対食わせてやる。お口いっぱいになるくらいナメクジ食わせてやる。よぉし雨の日はナメクジ採集決定だぁ!

 全力疾走したおかげで何とか追いついた。そしてまた驚愕の光景を目にした。アリナは口に咥えることなくパンを手で取ってそのまま走り去った。奴もこの聖戦の冒涜者だ。なぜパン『食い』競争なのか考えたことがないのだろうか。

 見てみろよ、まさおを。身長より低い位置にパンがあるので苦しそうに腰を折って必死に食らいつこうとしている。彼こそみんなが求めているあるべき姿だ。それにしても下手くそだな、まさお君。何回おでこにパンをぶつけるんだ。君の口はそこかね?


 パンを咥えてゴールするとアリナが訝しげな顔をしていた。


「えっ。もしかして手で取っちゃダメだったの……?」

「うん、ダメなんですよ。競技名に全力で反抗してる行為だからね。アリナちゃんは天然でちゅね~」

「なんかむかつく……始まる前に教えてくれてもいいじゃない」


 俺はいったい何を教えるべきだったのだろうか。

 何か間違っていたのだろうか。


 その後まさおは最後までパンを取れず、結局手で取ってゴールした。もちろん俺たちで取ったパンはまさおに全てプレゼントした。

 人生最後のパン食い競争は混沌とした戦いだった。

 

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水埜アテルイ Twitter

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