001 第1?話 茶道部
今日は茶道部の支援をすることになった。
なぜトマトジュース信仰者たる俺が、エイリアンの体液のような飲み物を信仰する茶道部に訪れたのかというとやはりアリナのためである。アリナ更生プロジェクトは始まったばかりで、先日の美術部での一件では大きな成果を収められたと思う。そうであってほしい。俺の脇腹はアリナのシャーペン攻撃で裂傷したが小さい犠牲だ。まだまだ俺は戦える。
少し時間を巻き戻そう。
休憩時間に切れ目の目連玄都が教室に入ってきて俺のもとにやってきた。
「突然で申し訳ないけど、彗って放課後暇か?」
「帰宅部員なんですが」
「じゃあ暇か」
「馬鹿野郎。地球を救うミッションがあるんだぞ。暇なわけない」
「噂だと日羽と彗は気まぐれで部活動の手助けをしていると聞いたんだが本当か?」
趣旨は手助けではなくアリナの更生だ。彼の表現は間違ってはいないが趣旨を明かすわけにはいかん。毒舌と態度を改善するために放課後をアリナのために費やしていると知ったら誰もが笑うだろう。即応性を重んじる帰宅部員が放課後を拘束されているだなんて世界の同志が知ったら失望してしまう。一刻も早く彼女には治ってほしいものだ。
「概ねそんな感じだ」
「じゃあ今日茶道部に来てくれないか?」
「かまわんが、俺たちは俺たちのスキルの範囲内で手助けするからな。茶道に関してはまったくわからない」
「大丈夫。飲んで感想を言ってもらうだけだから」
「え? 飲む?」
「そう。それだけ」
あのエイリアンの体液を飲めと?
そういう経緯があって相変わらず不機嫌なアリナとともに茶道部の部室前に到着した。
この数分前に鶴を誘拐してアリナに会わせるというイベントがあったので正直疲れていたが、頼まれたことはしっかり責任をもってやらなくてはならない。正直玄都の連絡先を持っていたら「すまん、火星がやばいらしいから行けなくなった」とメールして断っていたところだ。ちっ、運のいいやつだな、玄都。
「何するの」
「お茶を飲むんだとよ。詳しくはわからん」
「はぁ? それだけ? なら私たち必要ないじゃない」
「いやいやよく考えてみろよ。もしかしたらアレルギーか何かでお茶を飲める茶道部員が一人もいないから俺たちに飲んでほしいのかもしれないぞ?」
「あんた近年まれに見る馬鹿よ。すごいわ、こんな馬鹿見たことない。馬鹿すぎるわ」
「ベートーヴェンは難聴になっても音楽を作り続けた。そういうことだ」
「なに格好つけてるのよ。気持ち悪い。あんたよりそこの消火器の方が何倍も格好いいわ」
「厳しすぎません? 泣きますよ?」
さっきの二渡鶴とのやりとりで見せた照れ隠しは何だったのだ。
しかも俺は無機物に負けたらしい。現時刻をもって消火器は帰宅部員の敵になりました。早急な排除を要請します。
いつまでも部室前で話していても何も始まらないので、静けさを重んじているであろうという配慮で小さくノックした。
どうぞ、との許可をいただいたので部室に入るとまず畳が目に入った。よくわからんが正座して何かやっている。
「玄都から頼まれてきたんですが」
「あぁ、玄都が___!?」
一人の女子部員がアリナを見てぎょっとした。まぁそうなるでしょうね。もう最近慣れてきましたよ、そのリアクション。アリナをちらっと見ると既に眉間に皺が寄っていた。あのね、君はもっと表情のバリエーションを増やしなさい。コンビニ行って「スマイル」と「ハッピー」を買ってきなさい。六〇〇円くらいで買えるから。安いだろ?
クソガキ態度の日羽アリナくんを見て茶道部の雰囲気が悪くならぬよう俺はニコニコすることにした。そうすりゃ救いがあるだろう。悪い警官、良い警官みたいな感じで。俺が君たちの安らぎだ。
「不自然すぎるぞ、その笑顔」
現れた玄都は実に非人道的な発言をした。いったい誰のためにどこの組織のために笑顔でいようと決めたのか教えてやりたい。
「すまん。俺もスマイルをコンビニで買ってこよう」
「何の話だよ。じゃあ早速飲んでみてもらってもいい?」
「いいぞ。あっ、アリナ君には抹茶じゃなくてタバスコで」
「全身の骨折るわよ」
そんなわけで抹茶の試し飲みが始まった。
即席で飲めるものかと思っていたがどうやら最初から作るらしい。俺には作法など一切わからないので茶道部員の動作一つ一つをじっと観察することに徹した。
そうしてできあがった抹茶。差し出された抹茶を飲む前に俺は気になっていたことを質問した。
「なんで俺らが飲むんだ?」
「抹茶を全然知らない人の感想が聞きたいんだ。理解ある人から聞いても新鮮味にかけるからさ。それに余計な知識とか披露し出したりと無駄が多い。だから直接的な感想がほしい」
「なるほどな」
多分聞く相手を間違えている。
まず俺は地球が誕生する以前からトマトジュース中毒者であるのに他の飲料の感想を求められても困る。あらゆる潜在性を秘めているアリナなら素晴らしい感想を述べるかもしれないが。
そうか、ならアリナが先に飲めばいいんだ。それを模範解答として参考にすれば大丈夫だ。もはや玄都が要求する「新鮮味」のかけらもないけれど特殊な味覚を持つ俺なので今回はゆるしてほしい。
「アリナ。先に飲んでくれ。初めて飲むから怖いんだ」
「別にかまわないけど。じゃあ飲むわ」
そう言ってきちんと背筋を伸ばして正座した彼女は茶碗を口元で傾けた。
「おいしいわ」
それだけかよ。お前は言葉を覚えたての幼児か?
さて俺の番か。手に持って若干泡だった抹茶を一口含んだ。
これから話すのは飲んだ瞬間に見えた光景だ。
それは光だった。
幾千もの細く伸びた光が月が隠れた闇夜を走っている。それは美しくもあったが悲しくもあった。憎悪が染み込んだ光たちが女の叫び声のような甲高い音とともに空を駆け、地平線へと落ちていく。同じ色の肌と同じ言葉を話すのに僕らはひたすら引き金を絞った。知らない誰かに。
仲間のドッグタグを集めることに飽きた僕は家に帰ることにした。国のために、と最初は言ったけれどそんな崇高な意識はひとかけらもなかった。だってそれが『普通』のことだったから。だからこうして抹茶を飲んで平穏な日々を送っている今だから思うことがある。
すごく苦いです。
「おいしいです」
俺はそう答えた。正直なところもう二度と飲むことはないだろう。
「苦くなかった? これ特に苦みが強い抹茶で、味を引き立てるのが難しいんだけどおいしかったのならよかった」
玄都くん、冗談抜きで超苦いから。初心者の僕らには厳しいから。
隣のアリナも愕然としていて若干不機嫌そうだ。おそらく彼女も俺と同様その苦さに驚き、茶道部の彼らを傷つけない配慮してあのような感想を述べたのだろう。俺もですけど。
「甘いのもあるのか?」
「甘いって言っても砂糖みたいな甘さではないけれどな。まろやかというか、まぁ飲んでみればわかる」
「なるほどなるほど。いつか飲んでみよう」
「作るけど飲む?」
「いやいつか飲もう」
そう、来世で飲むことにしよう。
アリナもふるふると小さく首を振って拒否しているのでここらで離脱することにした。どうやらトラウマになっているようだ。
茶道部を後にして廊下で歩いているとアリナがぼそっと呟いた。
「先に飲ませたあんたを恨むわ」
「すまん。まさかあそこまで苦いとは思わなかったんだ。あれは特別らしい」
「ココアを飲みたいわ。すごく飲みたいわ」
「そうか。空から降ってくるといいな」
「飲みたいわ」
彼女は自販機の前で立ち止まってそう言った。
「飲みたいわ」
水道水で我慢しろ、と言いたかったが寛大な心を持つ帰宅部員・榊木彗は不本意ながらおごってやった。冷えたココアを軽く弧を描くようにアリナに投げた。彼女は突然のことに「わわっ」と驚きながらもキャッチした。
「本当に空から降ってきたわ」
「この投資が世界を救いますように」
「何よそれ。私が悪者みたいな言い方ね。消火器に負けてるくせに哀れだわ」
消火器に負けるとはいったいどういう状況なのだろうか。是非とも彼女には日本語を学び直してもらいたいものだ。やれやれ僕にはまったくわからないよ。僕のように模範的な人格にはやくなってほしいよ。
彼女の更生はまだまだ時間がかかりそうだ。




