第8話 冒険者登録
森を抜けた。
「……おお」
思わず声が漏れた。
目の前に、一本の道が伸びている。
土を踏み固めただけの道だったが、森の中を延々と歩いてきたりそなには、
それだけで文明の痕跡に見えた。
「街道だ」
リュミエラの言った通りだった。
南へ進めば街道に出る。
そこから西へ行けばグレヴァン。
周囲を見回した。
「西?……」
そもそも東西南北って地球と同じなの?
幸い、しばらくすると街道を歩いてくる荷馬車が見えた。
道の脇へ寄った。
二頭の馬に引かれた木製の荷車。
御者台には、日に焼けた中年の男が座っている。
--本物の馬車だ。
思わず見つめてしまう。
「嬢ちゃん、どうした?」
男から声をかけられた。
「あ、すみません。グレヴァンって、こっちで合ってます?」
「ああ。このまま真っ直ぐだ。歩いて二時間ってところだな」
「ありがとうございます」
「一人か?」
「はい」
男が少し不思議そうな顔をした。
「この辺りはまだ魔物が出るぞ。気をつけな」
「はい」
荷馬車が通り過ぎていく。
……
って、乗せてくれないんかい!
言葉は通じる。
リュミエラから聞いてはいた。
転生時に、この世界の共通語を理解できるようにしてある、と。
だが、実際に現地の人間と話してみるまでは、少し不安だった。
「文字も読めるって言ってたし……」
至れり尽くせりである。
もっとも。
「地図くらい持たせてくれてもよくない?」
◇
さらに歩くこと、およそ二時間。
「見えた……」
街道の先に、高い石壁が現れた。
その向こうには、いくつもの屋根が見える。
グレヴァン。
人口一万ほどの地方都市。
大森林から最も近い街で、森林資源や魔物素材の集積地として栄えている
--と、リュミエラから聞いている。
街の入口には大きな門があり、数人の人間が出入りしていた。
荷馬車も並んでいる。
門へ近づくと
槍を持った門番が二人立っていた。
「止まれ」
「はい」
「身分証は?」
来た。
想定していた質問。
「持ってません」
「どこから来た?」
「えーっと……」
しばし思案……
「冒険者になりに来ました。
冒険者ギルドで登録すれば身分証になるって聞いたんですけど」
「ああ、新規登録か」
意外にも、それだけで門番は納得した。
「なら仮入街でいい。名前は?」
「白石りそなです」
「シライシ……リソナ?」
「はい」
「変わった名前だな」
「よく言われます」
この世界では初めて言われたけど。
「出身は?」
「練馬区です」
とっさに出てしまった。
「ネリマ……ク?」
「はい、大根の産地です」
「ダ、ダイコン??」
門番はりそなの格好を見る。
そして腰の剣。
「まあ、冒険者志望なら珍しくもないか」
そうなの?
りそなは心の中で突っ込んだ。
「入ったら真っ直ぐ大通りを進め。
中央広場の手前、右側に冒険者ギルドがある」
「ありがとうございます」
「日没までに登録できなかった場合は、もう一度ここへ来てくれ」
「分かりました」
門をくぐる。
その瞬間--
「わ……」
りそなは足を止めた。
人。
人。
人。
石造りや木造の建物が並び、道には大勢の人が行き交っている。
荷馬車。
露店。
武器を持った男。
大きな荷物を背負った女性。
買い物籠を抱えた老人。
どこかから肉を焼く匂いが漂ってくる。
店先から客を呼ぶ声。
馬の蹄の音。
子供たちの笑い声。
「すご……」
ゲームの街とは違う。
ここでは本当に人が暮らしている。
この人たちにとっては、ここが日常なのだ。
「……NPC、か」
ふと、その言葉が浮かんだ。
空間管理局では、自分もそう呼ばれていた。
ここにいる人たちも、管理局の分類ではNPCなのだろう。
けれど、
目の前で母親に手を引かれている子供。
店主と値段交渉している女性。
荷物を運びながら愚痴を言っている男。
どう見たって、人間だ。
「NPCだから殺していいって感覚……
やっぱり、分かんないな」
その感覚だけは。
◇
教えられた通り大通りを進むと、冒険者ギルドはすぐに見つかった。
二階建ての大きな建物。
入口の上には看板が掲げられている。
剣と盾。
その後ろに、翼を広げた鳥のような紋章。
そして文字。
【冒険者ギルド グレヴァン支部】
「読める」
日本語ではない。
見たこともない文字なのに、意味が自然に頭へ入ってくる。
扉を開けて中へ入る。
広い。
正面には長い受付カウンター。
右側にはいくつものテーブルと椅子。
左の壁には大きな掲示板があり、何枚もの紙が貼られている。
そして--
冒険者。
鎧。
剣。
槍。
弓。
いかにも、と言いたくなる人たちが普通に歩いている。
「いらっしゃいませ」
声をかけられた。
カウンターの向こうから、一人の女性がこちらを見ている。
二十代半ばくらいだろうか。
栗色の髪を後ろでまとめ、白いシャツの上に濃紺のベストを着ている。
「ご依頼ですか?」
「あ、いえ。冒険者になりたいんですけど」
「新規登録ですね。こちらへどうぞ。担当のエリナです」
言われるまま、カウンターの前へ行く。
「冒険者登録は初めてですか?」
「はい」
「では、簡単に説明しますね」
受付嬢が一枚の紙を取り出した。
「お名前をお願いします」
「白石りそな」
「リソナ・シライシさんですね」
「はい」
「年齢は?」
「十七歳です」
「十七歳?」
「登録できます?」
「できますよ。十五歳以上なら本人の意思で登録できます」
「よかった」
「ただし、最初は最低ランクからになります」
「ランク?」
「冒険者は実績に応じてランクが上がります」
受付嬢が説明を続ける。
「最初はFランク。そこからE、D、C、B、Aと上がっていきます。
最高位がSランクです」
「おお……」
りそなの目が少し輝いた。
「Sランク!」
「目指します?」
「ちょっとだけ」
受付嬢が笑った。
「Fランクで受けられるのは、街中の雑用や採取依頼が中心です
討伐依頼は原則Eランクからになります」
「魔物を倒したことはあるんですけど」
「そうなんですか?」
「ホーンラビットを一匹」
「なるほど」
受付嬢は特に驚かなかった。
「ホーンラビット程度でしたら、Fランクの方でも遭遇時の自衛として
討伐することはあります。
ただ、ギルドから討伐依頼を受けるのはEランクになってからですね」
「分かりました」
「それから、冒険者は基本的に自己責任です。
依頼中の怪我や死亡について、ギルドは責任を負いません」
「分かりました」
「では、ステータスを確認します」
「……はい?」
来た。
「登録には本人確認と適性確認のため、
ステータスの一部を確認させていただきます」
「どうやって?」
「こちらを使います」
受付嬢がカウンターの下から透明な板のようなものを取り出した。
水晶にも、ガラスにも見える。
「手を置いてください」
「これに?」
「はい」
りそなは板を見る。
そして思い出した。
隠蔽。
改変。
マインドリーディングは消してある。
能力値も--
「……まあ、いいか」
結局、知力は四十五のままにしていた。
だって下げたくなかったから。
「お願いします」
板へ手を置く。
淡い光が走った。
文字が浮かび上がる。
受付嬢がそれを見る。
「……」
「?」
「リソナさん」
「はい?」
「知力、高いですね」
ほら。
やっぱり言われた。
りそなは少しだけ胸を張った。
「そうみたいです」
「それと、魔力操作もかなり高いです」
「才能ですかね」
半分以上、女神の加護だけど。
「剣術Lv.2……。剣も使えるんですね」
「剣道をやってました」
「ケンドウ?」
「あっ……故郷の剣術です」
「なるほど」
受付嬢は素直に納得した。
危ない。
この世界では、日本の常識をそのまま口にすると変なことになる。
「特殊なスキルは……ありませんね」
「はい」
ある。
ものすごくある。
マインドリーディングLv.3。
でも、表示されていない。
隠蔽は正常に働いている。
一安心!
「問題ありません」
受付嬢が板を片づける。
「では登録します」
「登録料は?」
「新規登録は無料です」
「無料!」
素晴らしい。
手持ちが少ない身にはありがたい。
「ただし、紛失した場合の再発行は有料ですから気をつけてください」
数分後。
受付嬢が小さな金属製の札を差し出した。
表には、先ほど看板で見たギルドの紋章。
裏には文字が刻まれている。
「身分証明書としても使えます。
ただし犯罪行為などで資格を剥奪された場合は無効になります」
ギルドカードを眺めた。
【シライシ・リソナ】
【十七歳】
【Fランク】
「では、おめでとうございます」
受付嬢が笑った。
「今日からあなたも冒険者です」
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