第7話 初めての魔物
茂みが揺れている。
りそなの右手は、すでに剣の柄を握っていた。
「……何がいるの?」
--ガサッ。
茂みから何かが飛び出した。
反射的に一歩下がる。
現れたのは、小型犬ほどの生き物だった。
灰色の毛。
長い耳。
見た目はウサギに近い。
ただし、額の中央から鋭い角が一本伸びている。
「……ウサギ?」
「ホーンラビット。ウサギ系の魔物やね」
ホーンラビットが、りそなを見た。
低く頭を下げる。
角の先端が、こちらを向いた。
「……あれ、完全に私を狙ってない?」
ホーンラビットが地面を蹴った。
速い。
だが--見える。
「っ!」
りそなは身体を横へずらした。
ホーンラビットが脇を駆け抜ける。
数メートル先で止まり、振り返った。
「……避けられた」
「そらそうや。素早さも加護で上がっとるしな」
剣を抜き、両手で柄を握る。
自然に足が前後へ開いた。
竹刀とは違う。
重さも違う。
重心も違う。
それでも--
構える。
相手を見る。
間合いを測る。
そこは同じだ。
「剣道経験、ちゃんと役に立っとるやろ?」
「少しはね」
ホーンラビットが、もう一度頭を下げた。
来る。
剣先を向ける。
ホーンラビットが地面を蹴る。
一直線。
分かりやすい。
「……っ!」
横へかわす。
同時に剣を振り下ろした。
外した。
「うそ!」
ホーンラビットが方向を変える。
また来る。
りそなは息を整えた。
焦るな。
相手を見る。
動き出す瞬間を見る。
間合いを見る。
そして--
「来い」
ホーンラビットが地面を蹴った。
今度はぎりぎりまで動かない。
近づく。
三メートル。
二メートル。
一メートル。
「今!」
身体をかわす。
すれ違いざまに、剣を振った。
手に、重い感触が伝わった。
「--っ!」
ホーンラビットが地面を転がった。
草の上を滑り--止まった。
動かない。
赤いものが、草の間へ広がっていく。
りそなは剣を見る。
血。
手に残っている。
刃が肉へ食い込んだ感触が。
剣についた血を草で拭い、鞘へ戻す。
「魔物って、こんなのがたくさんいるの?」
「種類はかなり多いで」
「強いのも?」
「もちろん」
「この辺には?」
「ここは大森林の浅層や。比較的弱い魔物が多い」
「浅層?」
「森は大まかに浅層、中層、深層って呼ばれとる。
木々の茂り方見れば、おおまかに分かるで」
「中層は?」
「今のあんた一人なら、行かん方がええ」
「深層は?」
「瞬殺やね」
リュミエラが笑った。
「浅層でよく見るんは、今のホーンラビット。
他にはゴブリン、スライム、フォレストウルフなんかやな」
「スライムいるんだ」
「おるよ」
「ゴブリンは?」
「一匹なら新人冒険者でもなんとかなることが多い。ただし群れは別や」
「フォレストウルフ」
「一匹見たら、他にもおると思った方がええ。
あと、魔物の生息域はきっちり決まっとるわけやない。
浅層やから絶対安全、なんてこともないで」
「全部覚えなきゃダメ?」
「今はそのくらいでええ。
街に着いたら冒険者ギルドで詳しく教えてもらえる」
「冒険者ギルド!」
思わず声が弾んだ。
「私も冒険者になれる?」
「なれる」
「身分証明書とか持ってないけど」
「登録できるから心配せんでええ。
登録すれば身分証にもなるし、仕事も紹介してもらえる」
「おお……」
異世界。
剣。
魔物。
冒険者ギルド。
ここまで揃うと、本当に物語の中へ入り込んだような気分になる。
「そういや、さっき魔法も使えるって言ってたよね?」
「言うたな」
「何が使えるの?」
「今使えるんは生活魔法や。
火ぃつけたり、水出したり、汚れ落としたりやな」
「……地味」
「便利やって」
「攻撃魔法は?」
「今は使えへん」
「ファイアーボールとか撃ちたい」
「剣道経験あるんやから、まず剣使えばええやん」
「魔法はロマンなの!」
「知らんがな」
リュミエラが呆れたように笑った。
「生活魔法は、この世界じゃ珍しいもんやない。
だいたい八割くらいの人が何かしら使える」
「そんなに?」
「せやけど、攻撃魔法や特殊な魔法を使える人は二割くらいやね」
「じゃあ魔法使いはそこそこ珍しい?」
「本格的なんはな」
りそなは自分の手を見る。
「魔力操作は高いんだよね?」
「うちの加護込みやけどな」
ふと思い出す。
「そうだ。隠蔽と改変」
「街に着く前に、一回使っとこか」
「どうやるの?」
「難しく考えんでええ。ステータスを開いて、隠したいもんを意識してみ」
ステータスを開いて真っ先に目に入ったのは--
【ユニークスキル】 マインドリーディングLv.3
「これね」
「それやな」
文字へ意識を向ける。
「隠蔽」
マインドリーディングの文字が薄くなり--消えた。
「おお」
「簡単やろ?」
「ほんとに消えた」
「実際のスキルが消えたわけやないで。他人から見えんようになっただけや」
「じゃあ改変は?」
「今度は、見せたい内容を意識してみ」
「うーん……」
少し考える。
すると表示が変わった。
【ユニークスキル】 なし
「できた」
「隠蔽は、自分自身も隠せるの?」
「できるで。
隠蔽と改変が見えたら、
何か隠しとるって自分から言うようなもんやからな」
【スキル】から隠蔽Lv.2と改変Lv.2を消した。
「そんな感じや」
「能力値も?」
「変えられるで……さて、そろそろ行こか」
「グレヴァン?」
「そう。ここから南へ半日くらいや。しばらく南へ進めば街道に出る。
そこから西へ行けばグレヴァンや」
「南に行って、西ね」
「そう、太陽見て進み」
「原始的……」
「グレヴァンに着いたら、まず冒険者ギルドへ行くとええ」
「了解」
「それと、もう一つ」
「何?」
「街にはリュミナ聖教の教会がある」
「あなたの宗教?」
「そうや。うちと話したくなったら、教会で祈り」
「え?」
「祭壇の前でうちに呼びかけたらええ。
いつでも、とはいかんけど、できるだけ応えるから」
りそなは少し安心した。
「困ったら何でも聞いていい?」
「何でも答えるとは言うてへんで。自分で考えるんも人生や」
「また女神っぽいこと言ってる」
「女神やって……
あと、お祈りせんと話せへんからな。
頭ん中で『助けてー!』って叫ばれても聞こえへんで」
「お金は?」
「腰の鞄」
「え?」
鞄を開く。
中には数枚の硬貨が入っていた。
「これがリル?」
「そう。この辺で使われとる通貨や」
「いくら入ってるの?」
「当面の食事と宿代くらい」
「もっと入れてよ」
「働き」
りそなは鞄を閉じた。
「あなたは街まで一緒に来ないの?」
「神が現世へ直接介入するんは制限されとる。管理局でも聞いたやろ?」
「じゃあ今は?」
「転生直後の説明と、最低限の支援。その範囲や」
「チュートリアル?」
「まあ、そんな感じ」
リュミエラの身体が、淡く光り始めた。
「……もう行くの?」
「そろそろな。
そんな顔せんでも、また教会で話せるって」
「心読んだ?」
「顔に書いてある」
「……そう」
「ここから先は、あんた自身の人生や。好きに生きたらええ」
「プレーヤーを排除しながら?」
「それも含めてやね」
光が強くなる。
「ほな、白石りそなさん」
リュミエラが微笑んだ。
「二度目の人生、楽しんでき」
「……ありがとう。またね」
「うん。またな」
リュミエラの姿が消えた。
森に静けさが戻る。
風。
木々。
鳥の声。
そして--
りそな一人。
「……」
南を見る。
グレヴァンまで半日。
腰には剣。
少しのお金。
生活魔法。
剣術Lv.2。
隠蔽と改変。
そして、誰にも知られてはいけないマインドリーディング。
「よし」
りそなは剣の柄を握り直した。
「行きますか」
目指すはグレヴァン。
まずは冒険者ギルドだ。
りそなは一人、大森林を歩き始めた。
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