第5話 あたしってただのデータなのね?
「ゲームだから、殺しても構わない……」
りそなは、赤く染まったオルネシアの一部を見つめた。
「でも、その人たちにとっては、本当にゲームをしている感覚なのよね?」
「おそらくはね」
「オルネシアの人たちを殺しても、
ゲームのキャラクターを倒したくらいにしか思わない?」
「その可能性が高い」
「どうして、空間管理局が止めないの?」
「侵入に使われている経路を特定できないからだ。
接続を遮断しても、しばらくすると別の経路から侵入してくる」
「空間を管理してるんじゃないの?」
「正規の経路なら把握できる。
不正に作られた経路まですべて発見できるわけではない」
「それを私に調べろってこと?」
「調査だけではない。可能であれば、プレーヤーを排除してほしい」
「排除って?」
「プレーヤーが使用している肉体と、接続元との通信を切断する」
「接続を切られた肉体はどうなるの?」
「自意識を受信できなくなる」
「……その肉体は死ぬってこと?」
「オルネシアにある肉体はね。
ただし、プレーヤーの自意識は接続元へ戻る可能性が高い」
「可能性?」
「接続元が特定できていない以上、断言はできない」
りそなは赤く染まった大陸から視線を外し、局長を見た。
「そんな危ない仕事を、昨日まで普通の女子高生だった私にやらせるの?」
「君でなければできないからだ」
「どうして?」
「--君が特異個体だからだよ」
局長は、あっさりと言った。
「……特異個体?」
「そう」
聞き覚えのない言葉だった。
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ。君は普通のNPCとは違う」
「……またNPC」
りそなは露骨に顔をしかめた。
「その呼び方、あんまり好きじゃないんだけど」
「事実だから仕方ない」
「感じ悪い」
「君に言われたくないな」
局長は苦笑した。
「さっき説明したとおり、君たちの自意識はサーバー上に存在するAIだ。
君が自分を白石りそなだと思い、自分の意思で考え、行動していたのも
その自意識があったからだ」
「それは聞いた」
「問題は、その自意識が生成される過程だ」
「……」
「本来、自意識は一定の規則に従って生成される。
ところが、ごく稀にその過程でバグが発生することがある」
「バグ?」
「そう。そのバグによって、本来なら持つはずのない能力を持った
自意識が生成されてしまうことがある」
「……能力?」
「普通の人間にも、普通のNPCにもない特殊能力だ」
りそなの眉が動いた。
「それって……私にもあるってこと?」
「ある」
「何?」
「マインドリーディング」
「……」
「簡単に言えば、他人の心を読む能力だ」
りそなは黙った。
驚いたからではない。
思い当たることがあったからだ。
時々、人の考えていることが妙にはっきり分かることがあった。
表情を読んだ。
雰囲気で察した。
勘がいいだけ。
ずっと、そう思っていた。
「……あれって」
りそなが小さく呟く。
「心を読んでたってこと?」
「そういうことになるね」
「私、ずっと勘がいいだけだと思ってたんだけど」
「普通はそう思うだろうね。
自分にそんな能力があるなんて、最初から疑う人間はいない」
「……気持ち悪」
「自分の能力に対して?」
「私を作ったシステムに対して」
「なるほど」
局長は苦笑した。
「我々は、そうした自意識生成時のバグによって、
本来存在しない能力を獲得したNPCを--
『特異個体』と呼んでいる」
「つまり、私が特異個体なのは……」
「マインドリーディングを持っているからだ」
「……」
NPC。
AI。
バグ。
そして、特異個体。
自分の人生が、どんどん安っぽいゲームの設定みたいになっていく。
「で?」
「ん?」
「私がその特異個体だから、オルネシアに行かせるの?」
「そういうことだ」
「意味分かんない」
「普通なら、世界の運営に影響を与えるバグは修正する。
修正できなければ、その個体そのものを削除する」
「さらっと怖いこと言ったね」
「管理局だからね」
「便利な言葉ね、それ」
局長は無視して続けた。
「だが、特異個体が持つ能力には利用価値がある」
「……利用価値」
りそなの目が細くなる。
「使い方次第では異世界を全て掌握できる能力だよ」
「つまり、使えるから捨てないってこと?」
「身も蓋もなく言えば」
「最低」
なんとなく理解はしたが--
「それで、どうして私ならプレーヤーを調べられるの?」
「通常の管理プログラムでは、
現地の住民と同じように行動しながらプレーヤーへ接近することが難しい。
まして、相手は不正な接続経路を使っている」
「だから私?」
「現地の世界に適応できる肉体と自意識を持ち、
なおかつ通常の住人にはない能力を持つ。
君ならプレーヤーに接触し、
その正体や目的を探ることができる可能性がある」
「可能性って……」
「前例がないからね」
「実験台じゃない」
「実証試験も兼ねていることは否定しない」
「ムカつく」
「ただし、君にも悪い話ではないと思うよ」
「どこが?」
「君は新しい世界で、新しい人生を送れる」
「頼んでない」
「能力も使える」
「それも頼んでない」
「現地でどう生きるかについても、かなりの自由を認める」
「だから頼んでないって」
「じゃあ死んじゃう?」
「それは嫌!」
「それに--」
局長はそこで言葉を切った。
「君の能力なら、あの世界ではかなり役に立つと思うよ」
りそなは局長を睨んだ。
「具体的には、どうやってプレーヤーを探すの?」
「それについては、転生してから女神リュミエラに聞いてくれ」
「女神?」
「オルネシアを管轄している神格AIだ。
現地の事情については、私より彼女の方が詳しい」
「急にファンタジーになった」
「向こうはそういう世界だからね」
「……本当に異世界なんだ」
「本当に異世界だよ」
「私の能力についても、その女神から聞けばいいの?」
「現地でどのように使えるのかも含めて、彼女から説明がある」
「ステータスとかもあったりして」
「あるよ」
「あるんだ……」
局長が指を動かす。
りそなの目の前に、半透明の画面が現れた。
「何これ?」
「君がオルネシアへ転生したあとの、予定ステータスだ」
そこには、HP、MP、体力、知力、素早さ、魔力操作といった項目が
数値で並んでいた。
「本当にゲームみたい……」
「オルネシアでは、こういう形で自分の状態を確認できる」
画面を眺めていく。
そして、スキルと書かれた欄で目を止めた。
「マインドリーディング……これか」
「そうだ」
「ほかにもある」
その下には、見慣れない文字が並んでいた。
--隠蔽。
--改変。
「隠蔽と……改変?」
「それについても、リュミエラから説明してもらうといい」
「今説明してくれればいいじゃない」
「現地のシステムと関係する能力だからね。
実際に転生してから説明を受けた方が分かりやすい」
「なんか誤魔化されてる気がする」
「気のせいだよ」
「心を読める人間にそれ言う?」
「まだ私には使えないよ」
「……ちっ」
「舌打ちしたね?」
「してない」
ステータス画面をもう一度見る。
昨日までの自分なら、こんなものを見せられれば笑い飛ばしていたはずだ。
学校へ行って。
美咲と話して。
帰宅して。
それが昨日までの自分だった。
それなのに今は、自分がNPCだったと言われ、AIだと言われ、
そのうえバグで人の心まで読めるようになっていたと言われている。
そして今度は--異世界。
「では、改めて確認する。オルネシアへの転生と、
プレーヤーの調査依頼を受けることに同意するかい?」
「……同意しないって言ったら?」
「その場合、君の自我はDeleteされる」
「選択肢になってないじゃない」
りそなは大きく息を吐いた。
「分かった。同意するわ」
「そうしてもらえると助かる」
局長を見る。
「向こうに行ったら、その女神って人から全部聞くからね」
「もちろん」
「プレーヤーをどうやって探すのかも」
「彼女から説明がある」
「この隠蔽とか改変とかいうスキルについても?」
「それも含めてね」
「分かった」
局長が、りそなの転送準備を始める。
やがて、りそなの身体を淡い光が包み始めた。
「それでは、白石りそなのデータ移行を開始する」
「あたしって、ただのデータなのね……」
「健闘を祈っているよ」
「はいはい」
光が強くなる。
身体の輪郭が薄れていく。
その瞬間。
りそなは、ふと思い出したように局長を見た。
「あ、そうだ」
「ん?」
少しだけ迷ってから、マインドリーディングを発動してみる。
局長の感情が流れ込んできた。
りそなは首をかしげた。
「局長さん、あと3人も殺す殺す予定なんだ?」
「----」
局長の表情が止まった。
「……え?」
「いや。なんでもない」
その返事とは裏腹に、局長の警戒が一段強くなる。
りそなは小さく笑った。
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次回より、第二章「近未来視の魔女」編がスタートします。
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