第25話 空間管理局
気が付くと、愛華は白い空間に立っていた。
時間管理局とは、少し雰囲気が違う。
辺りを見回すと、背後から声がした。
「能登愛華さんだね?」
「うわっ!」
愛華は驚いて振り返った。
一人の男が、笑顔で立っている。
「驚かせないでください!」
「ごめん、ごめん。僕は空間管理局の局長」
「局長?」
どう見てもこの人、管理職に見えない。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「いえ、別に」
局長は首を傾げた。
「まあいいか。時間管理局から話は聞いてるよ。
しっかり管理しろって怒られちゃったよ……」
「それ、私のせいですか?」
「いやいや、こっちの問題」
局長は改めて愛華を眺めた。
「それにしても、報告では聞いてたけど……
本当に肉体ごと来たんだね。
実際に見ると、やっぱり驚くなぁ」
「そんなに珍しいんですか?」
「珍しいなんてもんじゃないよ」
局長は困ったように頭を掻いた。
「まず世界の仕組みから話そうか。
君の能力にも関係する事からね」
局長が手を上げると、二脚の椅子が現れた。
二人は向かい合って座った。
局長が指を鳴らすと光が浮かんだ。
いくつもの光が、層のように重なっていく。
「君がチャンネルと呼んでいるもの。
あれは四つ目の空間座標だよ」
「はい。そこは分かっています」
「同じ場所でも、座標を変えれば別の空間になる。
君は昔から、そこを行き来していたわけだ」
愛華は浮かぶ光を目で追った。
今まで感覚だけで切り替えていたものが、
初めて形になって見えている気がした。
「その外側に、五つ目の空間座標がある。
並行宇宙を指定する座標だよ」
「パラレルワールドみたいな?」
「そう。それらをまとめたものがマルチバース」
光の集まりが一つの枠に収まった。
「そしてマルチバースを格納するのが、
世界サーバーだよ」
「サーバー……」
「君が暮らしていた世界も、
地球系の世界サーバーにある。
そして世界サーバーは一つじゃない」
隣に別の光の集まりが現れた。
「こっちはオルネシア系。
他にも世界サーバーは存在する」
「じゃあ、ここは?」
「管理サーバー。
各世界サーバーを管理、監督している。
空間管理局も時間管理局もここにある」
「だから時間管理局から、
こっちに連れて来られたんですね」
「そう。君自身の処遇は、元々こっちの管轄だったからね」
愛華は光の模型をもう一度眺めた。
自分が生きていた世界が、
途方もなく大きな構造の一部に見えてくる。
「なんとなく分かってきました」
「じゃあ次。
世界サーバーで暮らす君たちは、
僕らから見るとNPCなんだ」
「…………私がNPC?」
「うん。でも君たちのゲームに出てくるNPCとは少し違う。
自律思考型非操作個体だからね」
「自分で考えてるのにNPC?」
「誰かに操作されてるわけじゃない。
君の意思は、ちゃんと君のものだよ」
「……紛らわしいですね」
「僕もそう思う」
愛華はため息をついた。
「そのNPCの中に、普通の個体にはない特殊な性質を持つ個体がいる。
僕たちは特異個体と呼んでる」
「私も?」
「そう。君の場合はチャンネルを移動する能力だね」
「私の能力は、どうなるんです?」
「管理上、ザッピングと呼んで三段階に分けている。
Lv.1は四つ目の空間座標。今までのチャンネル移動だね」
「Lv.2は?」
「五つ目の空間座標。
並行宇宙を移動する能力。これは封印したままにする」
「じゃあLv.3は?」
「時間軸の移動。事故の時に発現した能力だね」
「それで時間管理局に見つかった」
「そう。時間軸は向こうの管轄だからね」
「そのあと拘束されて、時間管理局へ連行されました……」
「それは災難だったとしか……」
局長は苦笑した。
「時間管理局へ行ったのは、もちろん君の能力じゃないよ。
Lv.3も封印したままだ」
「じゃあ、Lv.1は?」
「それは今から解除するよ。
君がずっと使ってきた能力だからね」
局長が愛華へ片手を向けた。
手首の腕輪が、淡く光る。
次の瞬間、身体を縛っていたような見えない感覚がふっと消えた。
「はい。これでLv.1だけ解除」
「もう使えるんですか?」
「試してみれば?」
愛華は意識を切り替えた。
――カチッ。
白い空間の見え方が変わる。
もう一度、意識を切り替えた。
――カチッ。
目の前に局長の姿が戻る。
「……使えます」
「Lv.2とLv.3には制限が残ってる。
でもLv.1は今まで通りだよ」
「よかった……」
愛華は胸を撫で下ろした。
六歳から使い続けてきた力だ。
これを失わずに済んだのは大きい。
「ところで、NPCじゃない存在もいるんですか?」
「いるよ。プレーヤーと呼んでる」
「プレーヤー?」
「世界サーバーの外部から、内部へ接続してくる存在だよ」
「それで、何が問題なんです?」
「今、そのプレーヤーが
オルネシアで問題を起こしてるんだ」
局長が指を鳴らした。
光景が巨大な城壁と街に変わる。
「惑星オルネシア。
地球とは別の世界サーバーにある世界」
「ここがオルネシア……」
石畳を馬車が走っている。
剣を腰に下げた人々が行き交い、別の光景には巨大な魔物も映った。
「もしかして、剣と魔法の世界?」
「そうだよ」
「魔法、本当にあるんですか?私も使えます?」
「あるけど、君は使えない」
「えっ? なんで?」
「君は肉体ごと来たからね。
オルネシア人の身体は、あちらの神が作ってるんだ。
魔法を使う仕組みも組み込まれている」
「私の身体には、それがない?」
「地球の身体そのままだからね」
「そんなぁ……
せっかく魔法のある世界なのに……」
「君にはチャンネル移動があるでしょ」
「火とか出してみたかった……」
局長は苦笑した。
「ステータスも、向こうでは普通に見られない。
身体が仕組みに対応してないからね」
「じゃあ、自分の能力も確認できない?」
「女神リュミエラのいる場所なら確認できるよ」
「女神様?
どうやって会うんです?」
「Lv.1のチャンネル移動。君なら会いに行ける」
「オルネシアに着いても使えるんですか?」
「もちろん。
同じ場所にある別のチャンネルへ移る能力だからね」
「じゃあ、会いたい時に会える?」
「チャンネルを合わせられればね」
「どんな女神様なんです?」
「会えば分かるよ」
「優しい?」
「…………」
「なんで黙るんですか?」
「会えば分かるって」
「急に不安になってきた……」
局長は笑って誤魔化した。
「さて、ここからが本題。
オルネシアの世界サーバーに、プレーヤーが不正侵入している」
「不正侵入?」
「正規の手続きを通さず、外部から入り込んでるんだ」
「管理局で追い出せないんですか?」
「簡単にできるなら、君にこんな話はしてないよ」
「……嫌な予感がする」
「察しがいいね。
君にオルネシアへ行ってもらって、プレーヤーを排除してほしい」
「私が?」
「うん。
特異個体の能力なら、対抗できる可能性がある」
「でも私、戦ったことないですよ?」
「大丈夫。
君に剣を持って戦えって話じゃないよ」
「じゃあ、どうやって排除するんです?」
「君一人で何とかしろなんて、僕もそこまで無茶は言わないよ」
愛華はオルネシアの街を見つめた。
そこに暮らす人々も、自分と同じNPCだ。
映像の中では子供たちが走り回り、
露店の店主が客と何かを話している。
NPCという言葉を聞いたあとでも、
そこにある暮らしは地球と変わらなく見えた。
愛華は少し考えてから、局長へ視線を戻した。
「私以外にも、特異個体はいるんですか?」
「いるよ」
「オルネシアにも?」
「詳しくは教えられないが、いずれ会うことになると思うよ」
局長は笑うだけだった。
「じゃあ、改めて確認するよ。
君を惑星オルネシアへ送りたい。
プレーヤーの排除に協力してほしい」
「断ることもできます?」
「もちろん。君の承認なしには送れないよ」
「断ったら?」
「改めて君の処遇を検討する」
愛華はしばらく考えた。
元の世界には、もう戻れない。
それは時間管理局で聞いている。
帰れないと分かっていても、
簡単に気持ちを切り替えられるはずがない。
父と母、実家の庭、裏山の神社。
そして、いつもそこにいた狐が浮かぶ。
「……ヤコ」
「ヤコ?」
「六歳の頃からの友達です。
狐なんですけど、幽界なら普通に話せるんですよ」
「へえ……」
局長は初めて聞いたように目を丸くした。
もうヤコにも会えない。
父と母は、どうしているだろう。
考え始めれば、足が止まりそうになる。
それでも元の世界には戻れない。
ならば……
「オルネシアの人たちも、私と同じNPCなんですよね?」
「そうだよ。自分で考えて、自分の人生を生きてる」
愛華はもう一度、街の映像を見た。
知らない世界の、知らない人たち。
それでも彼らが作り物ではないことだけは、今の愛華にも理解できた。
愛華は小さく息を吐いた。
「分かりました。
オルネシアへ行きます。
できる範囲で協力します」
「じゃあ、承認ってことでいい?」
「はい。承認します」
局長が立ち上がった。
愛華も立ち上がる。
二脚の椅子が静かに消えた。
「それじゃ、送るよ」
愛華の前に淡い光が現れた。
「この先がオルネシア?」
「そう。エルディア王国へ送る。
リュミエラには話を通しておくよ」
「エルディア王国……」
「まずは向こうで、自分の目で世界を見てみるといい」
「向こうに着いたら、チャンネル移動で女神様を探せばいいんですね?」
「うん。君なら見つけられると思う」
愛華は光の前まで歩いた。
その向こうは知らない世界。
知っている人は一人もいない。
それでも、愛華は光へ向き直った。
「……行きます」
「行ってらっしゃい」
愛華は一歩、光の中へ踏み出した。
身体が淡い光に包まれていく。
「あっ、そうだ!」
「何?」
「私、お金持ってませんけど!」
「…………」
「考えてませんでしたね?」
「だ、大丈夫。なんとかなるよ」
「絶対、今考えましたよね!」
愛華の声とともに、
その姿が光の中へ消えていった。
やがて光も消え、
白い空間に静寂が戻った。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
次回『第26話 お稲荷さんは、怒らせるな!』は11月1日(日)公開予定です。
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