第18話 女神の掌の上
グレヴァンへ向かう森の道を、一行は歩いていた。
負傷した冒険者の一人は、ボーノが背負っている。
もう一人も怪我をしているが、自分の足で歩けるようだった。
「リソナさん」
「ん?」
エレノアがりそなの隣に並んだ。
「先ほどは、本当にありがとうございました」
「もういいって。お礼ならさっきも聞いたし」
「でも……リソナさんたちが来てくれなかったら、私はどうなっていたか」
「私だけじゃないよ。ガルドさんもいたし、
あの冒険者の人たちもいたし。それに--」
りそなはボーノを見上げた。
「一番暴れてたのはボーノだし」
「…………」
ボーノは負傷した冒険者を背負ったまま、黙々と歩いている。
エレノアが小さく笑った。
「それでもです。私にとって、お二人は命の恩人です」
「大げさだって」
「大げさではありません!」
即答だった。
どうやら、この少女も意外と頑固らしい。
「それで……リソナさんには、ちゃんとお話ししておこうと思って」
「何を?」
「先ほどは名前しか名乗りませんでしたが--」
エレノアは一度ガルドを見る。
ガルドが小さく頷いた。
「私はエレノア・フォン・ローデン。ローデン辺境伯の娘です」
「…………」
りそなは数秒、黙った。
「辺境伯?」
「はい」
「ってことは……エレノアって、貴族のお嬢様?」
「そういうことになります」
「へえ……」
改めてエレノアを見る。
騎士が護衛についている時点で、普通の娘ではないと思っていた。
だが、まさかこの辺りを治める辺境伯の娘とは。
「そんなお嬢様が、なんで自分で薬草なんて採りに来てたの?」
「それは--」
エレノアの表情が少し明るくなった。
「女神様から神託をいただいたんです」
「……神託?」
「はい。あの場所へ行けば、探していた薬草が見つかると」
「…………」
「女神って……」
「もちろん、女神リュミエラ様です」
「…………」
りそなの足が、一瞬止まりかけた。
--リュミエラ?
その名前を聞いた瞬間、森へ向かう前に聞いた言葉が蘇る。
<おもろい展開になるで>
「…………」
りそなは眉をひそめた。
「どうしました?」
「あ、ううん。なんでもない」
りそなは手を振った。
リュミエラは、この世界で信仰されている女神だ。
エレノアに神託を与えること自体は、おかしくない。
ただ--
妙な引っかかりが残った。
「それで、薬草は見つかったの?」
「はい。おかげさまで」
「そっか。それなら良かったね」
「はい。それと--」
エレノアが少し躊躇う。
「もうすぐ、私の誕生日なんです」
「へえ。おめでとう」
「ありがとうございます。
それで、お父様が誕生日の宴を開いてくださるんですけど……」
エレノアは、りそなとボーノを交互に見た。
「リソナさんとボーノさんにも、ぜひ来ていただきたいんです」
「…………え?」
りそなが目を丸くする。
「私たちが?」
「はい。お二人は私の命の恩人ですから」
「いやいやいや、無理でしょ!」
「どうしてですか?」
「どうしてって、辺境伯家の誕生日パーティーでしょ?
私たち冒険者だよ?」
「それが何か?」
「何かって……」
りそなはボーノを見る。
「ボーノも何か言ってよ」
「オレは構わない」
「え?」
「呼ばれたなら行く」
「…………」
まさかの即答だった。
「いや、服とかどうするのよ」
「服?」
「その格好で貴族のパーティーに行くつもり?」
ボーノは自分の服を見下ろした。
「ダメなのか?」
「知らないけど、たぶんダメでしょ!」
エレノアがくすっと笑った。
「大丈夫です。お二人の服はこちらで用意します」
「貴族のマナーなんて全然知らないよ?」
「内輪だけの小さなパーティーなので、お気になさらずに。
それに、お二人は私の大切なお客様ですから」
「いや、私は気にするんだけど……」
りそなは助けを求めるようにガルドを見る。
しかしガルドは小さく笑った。
「お嬢様がこうなったら、諦めた方がいい」
「ガルド!」
「長年お仕えしておりますので」
「もう!」
エレノアが頬を膨らませる。
りそなは苦笑した。
「分かった、分かった。行くよ」
「本当ですか!」
「うん」
エレノアの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます! 正式な招待状は、後ほどお送りしますね」
「分かった」
りそなも笑った。
だが、先ほど感じた引っかかりは消えなかった。
◇
グレヴァンへ戻ると、一行はそのまま冒険者ギルドへ向かった。
負傷した冒険者たちの治療を頼み、森で起きたことを報告する。
「全部で十六体ですか?」
受付嬢が聞き返した。
「うん。私たちが着く前に三体倒されてて、着いた時に残ってたのが十三体」
「内訳は?」
「ホブゴブリンが二体、普通のゴブリンが九体、弓を使うゴブリンが二体」
「ゴブリンアーチャーですね」
「それ」
受付嬢の表情が険しくなった。
「浅層で、それだけの数が一か所に?」
「うん」
「……少し気になりますね」
「やっぱり多い?」
「ゴブリン自体は浅層でも珍しくありません。
ただ、ホブゴブリンやゴブリンアーチャーまで含めて十六体となると、
念のため確認した方がいいでしょう」
「近くに集落があるとか?」
「その可能性もあります。
ですが、たまたま集落から離れた群れに遭遇した可能性もありますから。
ギルドから調査を出します」
「そっか……」
りそなは眉をひそめた。
エレノアが神託で向かった場所に、十六体ものゴブリン。
そして--。
<行ったらおもろい展開になるで>
「…………」
偶然にしては、出来すぎている。
「ボーノ」
「ん?」
「私、ちょっと寄るところがあるから、今日はここで」
「ああ」
「じゃあ、また明日。いつもの時間にここでいい?」
「ああ」
「分かった。また明日」
ボーノと別れ、りそなはギルドを出た。
◇
聖教会。
礼拝堂へ入ると、りそなは女神像の前まで歩いた。
膝をつき、手を組む。
目を閉じ、女神リュミエラへ祈りを捧げる。
『ちょっと、出て来なさいよ』
しばらくして--
『なんや?』
意識の奥に、聞き覚えのある声が響いた。
ちゃんと返事が来た。
『エレノアに神託を出したの、あんたでしょ?』
『せやで』
『私には<行ったらおもろい展開になる>って言ったよね?』
『言うたな』
『で、実際に行ったら、エレノアがゴブリンに襲われてた』
『せやな』
『じゃあ、あのゴブリンも!』
『勘違いせんといてや。うちがゴブリンを操ったわけやないで』
『じゃあ、何したのよ』
『ゴブリンなんて単純な生き物や。
獲物の気配や匂い、音……あとは風向きをちょっと弄ってやれば、
狙った時間に狙った場所へ誘導するくらい、簡単なことやで』
りそなは女神像を睨んだ。
『じゃあ、私たちをあそこへ行かせて、
エレノアには神託を出して、ゴブリンまで誘導したの?』
『せや』
『私たちにエレノアを助けさせるため?』
『そういうことや』
『…………』
あっさり認めた。
『全部あんたの掌の上じゃない!』
『まあ、そういうことになるなぁ』
『一歩間違えたら、エレノアが死んでたかもしれないでしょ!』
『それは……悪かったと思っとる』
りそなは大きく息を吐いた。
『なんでそこまでして私を辺境伯に近づけたかったの?』
『それはまだ内緒や』
『教える気ないんだ』
なら--
りそなはマインドリーディングを発動した。
『あっ--』
リュミエラの思考が流れ込んでくる。
辺境伯令嬢を救った冒険者。
その噂が貴族たちへ広がり、やがて王国内へ--
『なるほど……あたしを有名人にしたい訳ね』
『…………』
『そのために、こんな回りくどいことしたんだ』
リュミエラは少し間を置いた。
『リソナ。これからあんたが探す相手は、ゴブリンやない。プレーヤーや』
あ!ヤバ、忘れてた……
『広い王国の中から、
正体も分からんプレーヤーを一人ずつ探して回るつもりか?』
『そりゃそうだけど』
『せやったら、リソナの名前を広めたらええ』
『私の名前を?』
『辺境伯令嬢を助けた冒険者。
そんな噂が広まれば、嫌でも目立つようになる』
『…………』
『この世界に紛れ込んどるプレーヤーからしたら、
突然現れて妙に目立っとる冒険者なんて、気になると思わへん?』
りそなは目を瞬いた。
自分がプレーヤーを探すのではない。
自分という存在を目立たせて--
『向こうから探してもらった方が早いやろ?』
『…………なるほど』
悔しいが、理屈は分かる。
『だったら最初からそう言いなさいよ!』
『言うたら、おもろないやん』
りそなは呆れてため息をついた。
『もういい』
『はいはい。またな』
祈りを終え、ゆっくりと目を開いた。
◇
「ただいまー」
「おかえり、リソナ」
フィアがいつものように迎えてくれる。
「あ、そうだ。リソナに届け物が来てるよ」
「私に?」
「うん。騎士の人が持ってきた」
「……騎士?」
フィアがカウンターの奥から、一通の封書を取り出した。
「これ」
「…………」
上質な封書には、封蝋が施されている。
りそなは受け取り、差出人を確認した。
ローデン辺境伯家。
「早っ!」
そういえば、帰り道でエレノアが言っていた。
「正式な招待状は、後ほどお送りしますね」
後ほどって、今日だったの?
封を開くと中に入っていたのは、
エレノアの誕生日を祝う宴への正式な招待状。
そこには--
白石りそな。
そして、ボーノ・フレミング。
二人の名前が記されていた。
「…………」
辺境伯令嬢の命を救い、その誕生日の宴に招かれる。
リュミエラが自分を有名にするために仕組んだ流れ…
「ほんっと、回りくどい……」
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