第17話 乱戦
りそなは草むらへ飛び込んだ。
そのまま身を低くして駆ける。
アーチャーの正面には出ない。
茂みを盾に、大きく斜め後方へ回り込む。
--マインドリーディング。
意識を二体のゴブリンアーチャーにシンクロさせる。
一体は--ボーノ。
もう一体は--こっちを警戒してる。
まだ見えてない。
向こうからも、こちらは見えていない。
木々の隙間を縫うように走る。
枝が頬をかすめる。
草を蹴る音が耳元で弾ける。
--気づいた。
二体目の意識が、りそなを捉えた。
弓を構える。
まだ見えない。
りそなは走る。
見えない。
さらに距離を詰める。
見えない。
茂みが切れる。
見えた!
狙いは--頭!
弦が鳴った。
りそなは走る勢いを殺さないまま、上体を半身にする。
ヒュッ--!
矢が頬のすぐ横を抜けた。
次の瞬間には、もう間合いの内側。
「っ!」
踏み込む。
袈裟斬り--!
剣が肩口から胸を斜めに走り抜ける。
ゴブリンアーチャーが崩れ落ちた。
--もう一体!
振り返らない。
マインドリーディングで追う。
ボーノを狙ってる!
もう一体のアーチャーは、こちらには気づいていない。
弓を引き絞る。
狙いはボーノ。
放つ--!
その瞬間。
アーチャーの意識が、ようやく背後から迫るりそなを捉えた。
驚愕。
恐怖。
振り向こうとする。
「遅い!」
横一閃--!
銀色の軌跡が走った。
ゴブリンアーチャーの首が宙を舞う。
身体だけが、弓を握ったままゆっくりと倒れた。
「……ボーノ!」
りそなはすぐに顔を上げた。
放たれた矢の先。
矢がボーノの肩をかすめた。
「ぐっ!」
巨体がわずかによろめく。
その隙を、ホブゴブリンは見逃さなかった。
「グオオオッ!」
こん棒を振り上げ、一気に突進する。
ボーノも剣を構えた。
激突--!
鈍い音が響く。
今度はボーノが押された。
「くっ……!」
一歩。
二歩。
巨体が後ろへ下がる。
ホブゴブリンがさらに力を込めた。
その瞬間--ボーノが横へ身をかわす。
勢い余ったこん棒が振り下ろされた。
ボーノは大剣をこん棒へ叩きつけ、そのまま地面へ押さえ込む。
「グギッ!?」
ホブゴブリンが引き抜こうとする。
ガシッ!
ボーノの足が、こん棒を踏みつけた。
抜けない。
ホブゴブリンが一瞬、動きを止める。
次の瞬間--
「おおおおおおっ!」
雄叫びとともに、ボーノの拳が唸った。
ドゴッ!
拳がホブゴブリンの顔面にめり込む。
巨体が浮いた。
「えっ?」
ホブゴブリンが吹っ飛ぶ。
「うそ……」
りそなの目が点になった。
二メートルを超える巨体が地面を転がり、土煙を上げて止まる。
ホブゴブリンは起き上がらない。
手足をヒクヒクと痙攣させている。
ボーノは無言で歩み寄った。
そして剣を両手で握る。
ドスッ--
ホブゴブリンの胸へ突き立てた。
痙攣が止まる。
ボーノは剣を引き抜くと、周囲を見回した。
負傷した仲間を背後に庇いながら、
七体のゴブリンを相手にしている冒険者。
ボーノが駆け出す。
りそなもすぐに戦場を見渡す。
ボーノは、あっちへ行く。
なら--
視線を反対へ振る。
騎士風の男は、まだホブゴブリンと戦っている。
そして、少し離れたところでは--
短剣を手にした少女へ、二体のゴブリンが迫っていた。
りそなは剣を握り直し、地面を蹴った。
◇
私を守りながら、ガルドが戦っている。
エレノアは短剣を握りしめた。
どうする?
加勢する?
--無理。
私が入っても、足を引っ張るだけ。
目の前では、ガルドがホブゴブリンのこん棒を剣で受け止めている。
自分さえいなければ--
「お嬢さん、後ろだ!」
突然、声が飛んだ。
「えっ!?」
振り返る。
ゴブリン!
短剣を握った一体が、すぐそこまで迫っていた。
さらにその後ろから、もう一体。
「ギィッ!」
一体目が飛びかかる。
「舐めるなっ!」
エレノアも短剣を構えた。
キンッ!
刃と刃がぶつかる。
押し込んでくるゴブリンの短剣を、エレノアは自分の短剣で受け止めた。
そのまま押し返す。
「くっ……!」
その光景を見ながら、りそなは走る。
--マインドリーディング。
意識を少女へシンクロさせた。
(~ 教わった通りに……! ~)
(~ 受けて、 ~)
(~ 流して、突く-- ~)
(戦闘訓練は受けてる。)
そして今の感情。
焦ってる。
だけど戦意は失っていない。
「それなら私は--」
りそなは進路を変えた。
エレノアへ向かっていた二体目のゴブリンが、ようやくこちらに気づく。
「ギッ!?」
遅い。
踏み込む。
一閃。
剣がゴブリンの身体を斜めに斬り裂いた。
ほぼ同時だった。
「はあっ!」
エレノアが相手の短剣を弾く。
一歩踏み込み--
短剣をゴブリンの胸へ突き立てた。
ゴブリンの身体から力が抜ける。
エレノアが短剣を引き抜くと、ゴブリンはその場に崩れ落ちた。
--やっぱり。
この子、戦える。
りそなはすぐに周囲へ目を向けた。
すぐ近くでは、騎士風の男がまだホブゴブリンと戦っている。
何度もこちらを気にしている。
(この子を守りながら戦ってたの?)
「騎士さん、こっちは大丈夫!」
りそなが声を張る。
男が一瞬だけこちらを見る。
倒れた二体のゴブリン。
短剣を構えるエレノア。
そして、その横に立つりそな。
「加勢、感謝する!」
ガルドの目つきが変わった。
もう、背後を気にする必要はない。
ホブゴブリンがこん棒を振り下ろす。
ガルドは半歩かわした。
剣が走る。
一太刀。
「グッ!」
返す刃でもう一太刀。
「ギャアッ!」
ホブゴブリンの身体に、二本の傷が走った。
速い。
さっきまでとはまるで違う。
ホブゴブリンがたまらず後ずさる。
ガルドは逃さない。
さらに一歩。
怯んだホブゴブリンの懐へ飛び込む。
「はあっ!」
剣が胸を貫いた。
「グ……ガ……」
こん棒が手から落ちる。
ガルドが剣を引き抜くと、ホブゴブリンの巨体が地面へ倒れた。
ボーノが駆けつけたとき、冒険者はまだ立っていた。
「はあっ!」
剣が閃く。
ゴブリンの胸が斬り裂かれ、その場に崩れ落ちた。
三体目。
七体いたゴブリンは、残り四体。
「はぁ……はぁ……」
冒険者の息は荒い。
それでも退かない。
背後には、傷を負って動けない仲間がいる。
ゴブリンたちは左右に広がり、じりじりと距離を詰めていた。
一体が飛び出す。
それに合わせるように、もう一体。
「くそっ!」
冒険者が剣を構えた。
だが--
「おおおっ!」
横から巨体が飛び込んできた。
剣が唸る。
一閃--!
二体のゴブリンが、ほぼ同時に斬り伏せられた。
「なっ……!」
冒険者が目を見開く。
ボーノは止まらない。
「ギィッ!」
残った一体が短剣を突き出す。
ボーノは半歩踏み込んだ。
剣を振り下ろす。
「ギャッ!」
ゴブリンが地面に叩き伏せられる。
ほぼ同時--
「はあっ!」
冒険者の剣が、最後の一体を斬り裂いた。
ゴブリンが倒れる。
「はぁ……はぁ……」
冒険者は肩で息をしながら、周囲を見回した。
もう動いているゴブリンはいない。
ようやく剣を下ろす。
「……ボーノか。助かった」
ボーノが振り返った。
「オレのこと、知ってるのか?」
「有名人だからな」
「……そうか」
ボーノは倒れているもう一人のそばに膝をついた。
「大丈夫か?」
「ああ……死にはしない」
そう答えたものの、顔色は悪い。
ボーノは傷の様子を確認すると、立ち上がった。
そこへ、りそなたちが駆け寄ってくる。
「ボーノ!」
りそなは周囲に転がるゴブリンの死体を見て、足を止めた。
「……もう終わったの?」
「ああ」
「早っ……」
先ほど助けた少女と、騎士風の男もやってくる。
男は剣を収めると、りそなとボーノに向き直った。
「危ないところを助けていただき、感謝する」
深く頭を下げる。
「私はガルド。こちらのエレノア様の護衛を務めている」
少女--エレノアも一歩前へ出た。
「エレノアです。助けていただいて、本当にありがとうございました」
「あ、私はリソナです。こっちは--」
「ボーノだ」
ボーノは短く答えた。
ガルドが周囲を見回す。
地面には、ゴブリンとホブゴブリンの死体がいくつも転がっている。
ボーノも辺りを見渡し、つぶやいた。
「……ここを離れた方がいい」
「え?」
「ホブが二体もいた」
ボーノの表情が険しい。
「この近くに、ゴブリンの集落がある可能性が高い」
ガルドがうなずく。
「同感だ。ここに長居する理由はない」
ボーノは負傷した冒険者を背負い、立ち上がった。
--狂戦士、ねぇ。
さっきはホブゴブリンを拳で殴り飛ばして。
今は、怪我人を背負っている。
フィアから聞いた話を思い出す。
森の奥から、風が吹く。
木々の葉がざわざわと揺れた。
「行こう」
ボーノの言葉に、全員が歩き出す。
ゴブリンたちの死体をその場に残し、
一行はグレヴァンへの帰路についた。
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