第16話 女神の神託
-- 二日前の夜。
エレノア・フォン・ローデンは、夢を見た。
どこまでも白い、不思議な場所だった。
地面があるのかも分からない。
空も、壁もない。
ただ、目の前に一人の女性が立っていた。
長い髪。
人間離れした美貌。
そして、どこか親しみを感じさせる笑顔。
「あなたは……?」
エレノアが尋ねると、女性は微笑んだ。
「大森林の小川沿い、浅層と中層の境付近に、
貴重な薬草の群生地があるでしょう」
「薬草?」
問い返した瞬間、女性の姿が白い光に包まれた。
「待って! あなたは--」
手を伸ばす。
その瞬間--
「--っ!」
エレノアは目を覚ました。
見慣れた天井。
自分の部屋だった。
窓の外はまだ暗い。
胸が激しく鼓動している。
「……女神リュミエラ様?」
エレノアは呟いた。
* * *
「ガルド! わたし、女神リュミエラ様から神託をいただいたの!」
翌朝。
興奮したエレノアから話を聞いたガルド・ベルナーは、
しばらく黙っていた。
白髪交じりの髪。
年齢を刻んだ顔には、いくつもの古い傷が残っている。
エレノアが生まれた時から彼女を守り続けてきた専属の護衛騎士。
かつて数々の戦場で武功を立てた歴戦の騎士でもある。
「……夢をご覧になっただけでは?」
「違うわよ!」
「夢の中で会ったのでしょう?」
「そうだけど、普通の夢とは全然違ったの!」
「夢をご覧になった方は、たいていそうおっしゃいます」
「もう!」
エレノアは頬を膨らませた。
「それでね、小川沿いの浅層と中層の境あたりに、
貴重な薬草の群生地があるって教えてくださったの」
ガルドの表情が変わった。
「中層?」
「境目よ。中層に入るわけじゃないわ」
ガルドが何か言いたげな顔をする。
「……何よ、その顔」
「私はまだ何も申し上げておりません」
「言いたいことくらい分かるわよ!」
「なりません」
「だから、中層には入らないってば!」
「旦那様とのお約束をお忘れですか」
「忘れてないわよ。ガルドを連れていくこと。活動するのは浅層まで」
「でしたら--」
「だから浅層から出なければいいんでしょ?」
「エレノア様」
「それに、今回は護衛を増やすわ」
ガルドが眉をひそめた。
「冒険者ギルドでDランクの冒険者を二人雇う。それなら文句ないでしょ?」
「ございます」
「女神様からの神託なのよ!」
「夢です」
「信・託!」
しばらく睨み合った末、先にため息をついたのはガルドだった。
* * *
そして現在。
「ほら! あったじゃない!」
小川のほとりで、エレノアは歓声を上げた。
夢で告げられた場所。
大森林の浅層と中層、その境界付近。
そこには見たことのないほど大量の薬草が群生していた。
「やっぱり神託だったのよ!」
「……そのようですな」
ガルドは周囲を警戒しながら答えた。
「夢だ夢だって、あれだけ言ってたくせに」
「可能性の話をしたまでです」
「絶対信じてなかったじゃない」
「さあ、どうでしょう」
「もう……」
エレノアはしゃがみ込んだ。
慎重に薬草へ手を伸ばす。
今回、ガルドのほかに二人のDランク冒険者を護衛として雇っている。
中層には入らない。
父との約束も破ってはいない。
万全とは言えなくても、十分に安全には配慮したつもりだった。
最初に異変に気づいたのは、エレノアではなかった。
「エレノア様」
「え?」
ガルドの声が低い。
エレノアが振り返った時、すでにガルドの手は剣の柄にかかっていた。
「ガルド?」
「私のそばへ」
それまでとは明らかに違う声。
二人の冒険者も立ち上がった。
「どうした?」
「何かいるのか?」
ガルドは答えない。
森を見ている。
静かだった。
あまりにも静かすぎる。
先ほどまで聞こえていた鳥の鳴き声が消えている。
風が木々を揺らす音。
小川を流れる水の音。
それ以外、何も--
ヒュッ。
「--!」
ガルドが剣を抜いた。
甲高い音。
エレノアの目の前で、何かが弾き飛ばされた。
「矢?」
「敵襲!」
二人の冒険者が武器を抜く。
「エレノア様、下がって!」
ガルドが叫んだ。
茂みが揺れた。
一匹。
また一匹。
緑色の小柄な人影が姿を現す。
「ゴブリン……」
エレノアも短剣を抜いた。
だが--
右にもいる。
左にも。
「おい……多くないか?」
護衛の一人が呟いた。
さらに茂みが大きく揺れた。
現れたのは、普通のゴブリンより明らかに大きな個体。
一匹。
そして--もう一匹。
「ホブゴブリン! 二匹いるぞ!」
その声と同時に、再び矢が飛んできた。
「弓持ちもいる!」
ガルドが踏み込んだ。
一匹目。
剣が閃く。
ゴブリンが倒れる。
そのまま身体を反転させ、エレノアへ向かっていた二匹目を斬り伏せた。
「エレノア様。私から離れないでください」
「分かってる!」
三匹目。
ガルドの剣が、その胸を貫く。
「……強え」
Dランク冒険者の一人が思わず呟いた。
だが、敵は止まらない。
次々と茂みから現れる。
「多すぎる!」
四方から迫るゴブリン。
その後方から矢が飛んでくる。
「くそっ!」
一人の冒険者が矢を避けた。
その隙を突いて、ゴブリンが飛びかかる。
「危ない!」
エレノアが短剣を振るった。
ゴブリンが怯む。
「お嬢様、前に出るな!」
「でも!」
「エレノア様!」
ガルドが叫ぶ。
その前に、巨大な影が立ちはだかった。
ホブゴブリン。
「グギャアアア!」
振り下ろされた棍棒を、ガルドが剣で受ける。
鈍い音が森に響いた。
「ぐっ……!」
「ガルド!」
「こちらへ来てはいけません!」
もう一匹のホブゴブリンが動いた。
エレノアへ向かって。
「お嬢様!」
Dランク冒険者が割って入る。
だが、その横腹を別のゴブリンが襲った。
「ぐあっ!」
「--!」
男が倒れる。
「大丈夫!?」
エレノアが駆け寄った。
「来るな!」
遅かった。
目の前にゴブリン。
さらに、その向こう。
ホブゴブリン。
エレノアは短剣を握り直した。
怖い。
手が震える。
こんなはずじゃなかった。
薬草を見つけて。
採取して。
帰るだけだった。
女神様の神託だったから--
「エレノア様!」
ガルドの声が響いた。
* * *
「ん?」
りそなが足を止めた。
小川の流れる音に混じって、何か聞こえた。
金属がぶつかる音。
叫び声。
「ボーノ」
「ああ」
ボーノにも聞こえたらしい。
--マインドリーディング--
意識を周囲へ広げる。
いた。
一人じゃない。
複数の人間。
強い焦り。
恐怖。
痛み。
そして--大量の殺意。
「誰か戦ってる」
「近いな」
「行こう」
二人は走った。
小川沿いを進み、木々の間を抜ける。
そして--
「……なに、これ」
りそなは立ち止まった。
ゴブリン。
数が多い。
一〇匹どころではない。
しかも、その中に明らかに体格の違う二匹がいる。
「あれもゴブリン?」
「ホブゴブリンだ」
「ホブゴブリン……」
さらに奥には、弓を持ったゴブリンまでいる。
人間は四人。
一人はすでに倒れていた。
冒険者らしい男がもう一人。
年配の騎士が、大きなゴブリンと戦っている。
そして--
「女の子……?」
自分より年下に見える少女。
その少女へ、もう一匹のホブゴブリンが近づいていた。
「…………」
りそなは戦場を見た。
異世界に来て。
冒険者になって。
パーティーを組んで。
初めて中層へ向かったその日に。
こんなテンプレみたいな場面に出くわす?
頭の中に、あの女神の顔が浮かんだ。
「……おもろい展開ってこういうコト?」
ホブゴブリンが少女へ迫っている。
騎士はもう一匹のホブゴブリンに阻まれていた。
「ボーノ」
「ああ」
ボーノが腰の大剣を抜いた。
りそなも剣を抜く。
「大きい方、お願い!」
「ああ!」
ボーノが駆け出した。
二メートルを超える巨体が、一気に加速する。
「えっ!?」
少女がこちらを向いた。
ホブゴブリンも気づいて棍棒を振り上げる。
「グギャッ!」
ボーノは止まらない。
踏み込み--大剣を振るった。
ガンッ!
大剣と棍棒が激突する。
「グギャ!?」
押し負けたのはホブゴブリンだった。
その巨体が大きくよろめく。
りそなはその間にもマインドリーディングを発動していた。
意識を周囲へ広げる。
殺意。
焦り。
恐怖。
いくつもの感情と思考が一度に流れ込んでくる。
正面のゴブリン。
右の茂み。
--右から射る。
弓?
ひときわ明確な思考が流れ込んできた。
(~来る!~)
「ボーノ! 右!」
ボーノが即座に身体をずらした。
ヒュッ!
飛んできた矢が、その横を抜けていく。
りそなは矢が飛んできた方向を見る。
木々の向こう。
弓を構えたゴブリンが二匹。
(あいつらがいると邪魔ね)
「ボーノ!」
「ああ!」
「大きいのは任せた!」
「分かった!」
それだけでいい。
りそなは地面を蹴った。
「私は弓を潰す!」
木々の間を縫い、ゴブリンアーチャーへ向かって駆け出した。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
本作品『特異個体 ~転生先は別サーバー~』は、
「カクヨム」「ネオページ」でも公開しています。
毎週 水曜日、金曜日、日曜日に更新予定です。
投稿作業の都合などにより、サイトによって最新話の公開が
多少前後する場合があります。
あらかじめご了承ください。
ブックマークや★などで応援いただけると執筆の励みになります!
よろしくお願いします。




