第15話 相性
翌朝。
りそなはいつものように銀の小鹿亭で朝食を済ませ、
冒険者ギルドへ向かった。
ギルドに入ると、ボーノはすでに依頼掲示板の前にいた。
「おはよう、ボーノ」
「……おはよう」
昨日と変わらない。
二メートルを超える巨体。
腰には大剣。
立っているだけで周囲の冒険者が微妙に距離を取る。
--狂戦士。
昨夜フィアから聞いた言葉が頭をよぎった。
「何かいい依頼あった?」
「ああ」
ボーノが一枚の依頼票を指さした。
「これ」
「どれどれ……」
農場を荒らしているホーンラビットの群れの駆除。
場所はグレヴァン近郊。
危険度も低い。
「これにする?」
「ああ」
「じゃあ、決まりね」
二人は受付で依頼を受け、街を出た。
◇
依頼を出した農場は、
グレヴァンから歩いてそれほどかからない場所にあった。
畑の一角が派手に荒らされている。
「うわぁ……」
葉は食い散らかされ、ところどころ地面まで掘り返されていた。
農場主の話では、数日前からホーンラビットが現れるようになったらしい。
一匹や二匹ではない。
確認できただけでも十匹以上。
「結構いるみたいね」
「ああ」
「どうする?」
「探す」
「……そのまんまね」
森との境に沿って歩き始める。
しばらくして、りそなはマインドリーディングを発動した。
意識を周囲へ広げる。
数十メートル先。
木々の向こうから、いくつもの単純な思考が流れ込んできた。
(~ 腹が減った。 ~)
(~ 食べ物。 ~)
(~ 畑。 ~)
りそなが立ち止まる。
「いる」
ボーノも止まる。
「どこだ?」
「あっち」
りそなは畑の向こうを指さした。
木々の陰。
まだホーンラビットの姿は見えない。
「……見えるのか?」
「え?」
しまった。
「いや、……なんとなく」
「そうか」
ボーノはそれ以上聞かなかった。
ほどなくして茂みが揺れた。
一匹。
二匹。
さらに三匹。
次々とホーンラビットが姿を現す。
「来るよ!」
「ああ」
ホーンラビットの一匹が地面を蹴った。
額から伸びた角をボーノへ向け、一直線に突進する。
「ボーノ!」
ボーノは避けない。
「ちょっ--」
右手を伸ばした。
ガシッ!
「…………」
角を掴んだ。
突進してきたホーンラビットを、片手で。
そのまま--
「ふん」
ぶんっ!
ホーンラビットが宙を飛んだ。
「え?」
ぐんぐん小さくなる。
そして森の彼方へ消えていった。
「……おい!」
りそなが叫んだ。
「討伐証明ぶん投げてどうする!」
「…………」
「…………」
「……あ」
突然の出来事に固まっていたホーンラビットたちが、一斉に動き出した。
「逃げる!」
数匹が森へ向かって走り出す。
りそなはすぐにマインドリーディングを発動した。
逃げ惑うホーンラビットたちの思考を拾い、その動きを読む。
「右に三匹! そっちはボーノ!」
「ああ」
「左は私がやる!」
二人が同時に駆け出した。
ボーノが追いついた一匹を大剣で仕留める。
続けて二匹目。
りそなも逃げる一匹の進路へ先回りし、剣を構えた。
ホーンラビットが方向を変える。
だが、その動きもすでに読んでいる。
「そっちに逃げると思った!」
踏み込んで剣を振る。
数匹には森へ逃げられたものの、
農場周辺に居ついていた群れのほとんどを討伐することができた。
地面には討伐したホーンラビットが並んでいる。
りそなはそれを数えて--
森の方を見る。
その視線の先には、先ほどボーノがホーンラビットを投げ飛ばした方向。
「一匹分、損した……」
「……すまん」
「次からは普通に倒してね」
「ああ」
◇
それから数日。
二人はいくつもの依頼をこなした。
Dランク冒険者、ボーノといると受けられる依頼の範囲も広がる。
ホーンラビットの駆除。
アリネ草の採取。
街道周辺に現れた魔獣の討伐。
そして今日は--
「ゴブリン五体以上。場所は大森林浅層。常時依頼……っと」
りそなは依頼票を確認した。
「これでいい?」
「ああ」
「ボーノ、本当に何でもいいのね」
「討伐なら問題ない」
「薬草の方が好きなんじゃなかった?」
「薬草も好きだ」
「……そう」
よく分からない人だ。
だが、何日か一緒に行動して、分かってきたこともある。
ボーノは強い。
とにかく強い。
巨体から想像できる通り力がある。
見た目に反して動きも速い。
大剣を振り回しているように見えて、周囲もしっかり見ている。
少なくとも、りそなが知る限り--
(狂戦士って感じじゃないんだなぁ……)
「どうした?」
「何でもない」
「そうか」
大森林へ入ってしばらくすると、りそなはマインドリーディングを発動。
ほどなく、複数の意識が引っかかる。
「……いる」
ボーノが大剣の柄に手をかける。
「数は?」
「ちょっと待って」
直接姿は見えない。
それでも頭の中に、いくつもの感情と思考が流れ込んでくる。
(~ 獲物 ~)
(~ 殺す ~)
(~ 腹が減った ~)
(~ 人間 ~)
(~ 奪う ~)
(五……)
いや。
(六匹)
「六匹いる」
「そうか」
「正面に三匹。右奥に二匹……左の茂みに一匹隠れてる」
ボーノがりそなを見る。
「何?」
「……おまえ、【索敵】スキル持ちか?」
りそなの額に冷や汗が浮かぶ。
「え?……ちょ、ちょっとカンが良いだけよ」
「そうか」
ボーノは前を向いた。
おーい、それで納得していいの?
少しくらい疑え。
茂みの向こうからゴブリンが飛び出した。
「来た!」
三匹。
正面。
ボーノが前へ出る。
一匹目が棍棒を振り上げた。
大剣が横薙ぎに走る。
「ギャッ!」
一撃。
二匹目が横から飛びかかる。
ボーノは身体をひねり、大剣の柄で殴り飛ばした。
三匹目。
(後ろに回る気だ)
「ボーノ、後ろ!」
振り向くより早く、大剣が背後へ振られた。
「ギャアッ!」
りそなも剣を抜く。
(右から来る)
まだ姿を見る前に身体を動かす。
茂みから飛び出してきたゴブリンの棍棒が、
さっきまでりそなの頭があった場所を通過した。
「遅い!」
踏み込む。
剣を振る。
ゴブリンが倒れた。
(もう一匹!)
右奥。
逃げる?
違う。
回り込むつもりだ。
「そっち行った!」
「ああ」
ボーノが走る。
あの巨体で、どうしてそんな速度が出るのか。
逃げようとしたゴブリンに追いつき--
大剣が振り下ろされた。
残る一匹。
(……どこ?)
マインドリーディングに再度意識を集中する。
すぐ近く。
怯えている。
逃げたい。
でも動けない。
「そこ!」
りそなが茂みを指さす。
ボーノが踏み込む。
「ギャッ!」
飛び出してきたゴブリンが逆方向へ逃げた。
しかし、その先にはりそながいる。
「残念」
剣を構えた。
ゴブリンの動きが止まる。
「挟み撃ちね」
「……ギャ」
数秒後。
最後のゴブリンも地面に倒れた。
◇
その後も、二人は依頼をこなした。
数匹のフォレストウルフに囲まれたこともあった。
「左から二匹!」
「ああ!」
「一匹、後ろに回る!」
「分かった!」
りそながマインドリーディングで敵の位置と動きを読み、
ボーノが圧倒的な力で叩き潰す。
ボーノが敵を引きつけ、その隙をりそなが突く。
りそなのマインドリーディング。
ボーノの戦闘力。
どうやら--
この二人。
思っていた以上に相性がいいらしい。
◇
さらに数日後。
依頼のない午後。
りそなは一人でグレヴァンの街を歩いていた。
「ん?」
石造りの立派な建物の前で足を止める。
入口の上には、女神を象った紋章が掲げられている。
「リュミナ聖教の教会……?」
確か、リュミエラを祀ってる教会。
「そういえば、祭壇前で祈って呼びかければ、
リュミエラが応えてくれるんだよね?」
中は静かだった。
高い天井。
長椅子が整然と並び、その奥には大きな女神像が立っている。
りそなは女神像を見上げた。
慈愛に満ちた微笑。
優雅な衣。
神々しい姿。
「…………」
(盛ってない?)
周囲では何人かの人々が静かに祈りを捧げている。
りそなも空いている長椅子に腰を下ろした。
しばらく女神像を眺める。
りそなも手を合わせた。
(…………)
(何をお祈りすればいいんだろ?)
そのときだった。
ひらり。
「ん?」
何かが上から落ちてきた。
一枚の紙。
りそなの膝の上に着地する。
「……何これ?」
拾い上げると文字が書かれていた。
<森の小川沿いに中層まで行ってみ。おもろい展開になるで>
「…………」
りそなは紙を見る。
もう一度読む。
そして。
ゆっくり女神像を見上げた。
「何やってんのよ、あいつ……」
間違いない。
この関西弁。
リュミエラだ。
(だったら普通に話しかけてくればいいのに)
そこで、りそなはふと思った。
(……もしかして)
マインドリーディング。
(前に使ったの、警戒されてる?)
だから直接話しかけず、こんな紙切れを寄越したのだろうか。
「…………」
ありそうな気はする。
でも、本当のところは分からない。
もう一度、紙を見る。
「中層か……」
一人なら行かない。
今のりそなには、まだ危険すぎる。
でも、
今なら--
「ボーノ、付き合ってくれるかな……」
ただ--
女神がわざわざこんな紙切れを寄越したのだ。
ろくでもないことだけは、間違いない気がした。
翌日。
りそなは「ちょっと付き合って」とだけ言って、
ボーノを小川沿いまで連れ出していた。
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