第12話 ボーノ・フレミング
アリネ草の採取を終え、りそなはグレヴァンへの帰路についていた。
依頼された十束は確保した。
余分に採った分もある。
「初仕事としては上出来かな」
あとは無事に帰るだけ。
肩から下げた採取袋が、歩くたびに傷へ響く。
フォレストウルフに引っかかれた腕と背中が、
まだじくじくと痛んでいた。
「痛っ……」
裂けた袖の下には、乾きかけた血がこびりついている。
生活魔法で汚れは落とせても、傷そのものが治るわけではない。
「帰ったら、ちゃんと治療しないと……」
そう呟きながら森を歩いていると--
少し先の木の根元に、人影が見えた。
「……?」
りそなは足を止めた。
男が一人、地面にしゃがみ込んでいる。
何かを採取しているらしく、りそなにはまだ気づいていない。
大きい。
最初に思ったのは、それだった。
しゃがんでいても分かるほど大きな身体。
背中は広く、腕も太い。
立ち上がれば、二メートルを超えるかもしれない。
(でかっ……)
装備を見る限り、冒険者のようだった。
その男が手にしている草を見て、りそなは目を細める。
(あれ、アリネ草?)
男は根を残し、葉と茎だけを丁寧に刈り取っていた。
りそなが受付嬢から教わったのと同じ採取方法だ。
少し迷ってから、声をかける。
「あの」
男の手が止まった。
ゆっくり振り返る。
「……何だ?」
低い声だった。
「それ、アリネ草?」
「ああ」
「あなたも採取依頼?」
「ああ」
「…………」
「…………」
会話が終わった。
(終わり!?)
こちらから声をかけたとはいえ、もう少し何か返ってくると思っていた。
愛想が悪いという感じではない。
りそなを睨んでいるわけでもない。
ただ、本当に必要なことしか喋らないらしい。
男が立ち上がった。
「うわ……」
思わず声が漏れた。
やはり大きい。
二メートルを超えている。
近くで見ると、壁が立ち上がったようだった。
男はりそなの顔を見た。
次に、裂けた袖へ視線を落とす。
「……怪我してるな」
「え?」
「腕」
「ああ、これ?」
りそなは自分の腕を見る。
「たいしたことない。ちょっと引っかかれただけだから」
「何に?」
「フォレストウルフ」
男の眉が、わずかに動いた。
「一匹か?」
「三匹」
「…………」
「何よ、その顔」
「一人で?」
「そうだけど」
男はりそなの腕と、泥で汚れた服を見た。
背中の傷までは見えないはずだが、
まともな状態ではないことくらい分かるのだろう。
「歩けるか?」
「歩ける」
「血が出てる」
「もう止まってるって」
りそなが腕を動かしてみせる。
「痛っ」
傷が引きつった。
男が黙ってりそなを見る。
「……今のは、ちょっと痛かっただけ」
「そうか」
「本当に大丈夫だから」
「そうか」
「…………」
「…………」
(心配してくれてる……のよね?)
表情からは、よく分からない。
無表情のまま、じっとこちらを見ているだけだ。
男は採取したアリネ草を袋へ入れた。
「俺も戻る」
「グレヴァンに?」
「ああ」
「じゃあ、一緒に帰る?」
「構わない」
短い。
だが、断るつもりはないらしい。
男が採取道具を片づける。
りそなは、その大柄な身体を改めて観察した。
森の中で出会った、見知らぬ男。
怪我を心配してくれたので、悪い人間には見えない。
それでも--
(せっかくだし、試してみようかな)
マインドリーディング。
意識を男へ向ける。
まず感じたのは--
平静。
警戒心は多少ある。
だが、敵意はない。
りそなに対する下心も--
(ない)
何か企んでいる様子もない。
(怪我してる女の子を見つけて、親切なふりをして近づこうとか……)
さらに思考を探る。
(~…………~)
「…………」
何もない。
いや。
本当に何も考えていない。
(~帰るか~)
「…………」
それだけだった。
(え?)
りそなは、もう少し探る。
(~腹減ったな~)
「…………」
(~帰ったら飯食うか~)
(それだけ!?)
罠もない。
計画もない。
女の子をどうこうしようという下心もない。
深謀遠慮など、欠片もない。
(あ……この人、バカなんだ……)
まだ名前すら聞いていない男に対して、ずいぶんな結論だった。
「……何だ?」
男が不思議そうにりそなを見る。
「いえ、何でもないです」
「そうか」
また会話が終わった。
(ある意味、すごく分かりやすい人かも)
「私、リソナ。昨日、冒険者になったばかり」
「……ボーノ」
「ボーノ?」
「ボーノ・フレミング」
「よろしく、ボーノ」
「ああ」
ボーノは採取袋を背負い、グレヴァンへ向かって歩き始めた。
りそなも、その後を歩く。
並んで歩くわけではない。
ボーノが少し前。
りそながその後ろ。
「…………」
「…………」
(気まずい……)
しかしボーノ本人は、まったく気にしていないようだった。
大柄な身体のわりに、歩く速度は速くない。
いや。
りそなが傷をかばって歩いても、離されない程度の速さだった。
(もしかして、合わせてくれてる?)
ボーノの思考へ意識を向ける。
(~怪我してるから、ゆっくりでいいか~)
「…………」
やはり、心配してくれているらしい。
「ボーノ」
「何だ?」
「ありがとう」
「……何が?」
「何でもない」
「そうか」
それ以上、ボーノは聞かなかった。
りそなも黙って、その大きな背中を追った。
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