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第6章 真珠はほどけ、運命は絡む(2)

***


私は彼らを静かに見つめてから、誰もいないテラスへ向かった。

そして、ずっと堪えていた長い息を吐き出す。


「あぐっ…… いった……」


やっぱり高いヒールなんて、履くんじゃなかった……!


……この前、皇城に来たときも似たようなことがあったような……。

もしかして、私の足首とこの皇城は、どうにも相性が悪いらしい。


見事に伸びた十二センチヒールは、確かに美しかった……けど。

もっと低い靴にするべきだった。


人は愚かで、同じ過ちを繰り返すという。

――まさに、今の私。


足首がじんじん痛む。

触れば分かるほどの腫れ。

……捻挫ねんざだね。


すぐ処置していれば、ここまでひどくはならなかっただろうけど……。

恥に負け、気づかれないよう引きずったのが裏目に出たわけだ。


だって、あの深刻な状況で言えるはずないでしょう?


緊張の糸が切れた瞬間、足を踏み外したんだ。

防御魔導具が無事に発動したのを見て、「よかった……!」と踏み出した、その一歩。

――そこで、『ガクッ』と華麗に捻挫、なんて。


絶対に言えない。


人が白鳥を優雅で美しいと思うのは――

外からはただ水面に浮かんでいるように見えるからだ。

その下で、必死に水を掻いている足など見えないからだ。


……まあ、もう幕引きの空気だ。

帰ってから氷で冷やし、明日医者を呼べばいい。


問題は……あの広い会場を横切って、馬車まで歩くことね。


ううっ……考えただけで恐ろしいっ……!


私は覚悟を決めながら、目を閉じた。

その瞬間、唇が強く引き結ばれる。


考えまいとしていた、さっきの悲惨な光景が……ちらつく。

私は呻きを再び飲み込んだ。


――会場を染めあげた、暗赤の血の海。

あちこちに散らばった、三皇子だったはずの、肉片。


もし魔導具が発動しなかったら――あれは私とエーリヒ、そしてアルブレヒト皇子だったはず。

ひどい吐き気がする。


「うううっ……」


生まれて初めて目にした、恐ろしい光景だった。


喉が熱い。

込み上げる空えずきを、必死に飲み込む。


理由はただ一つ。


――私は、白鳥でいなければならないから。


悲鳴を上げて気絶し、運び出されても許される令嬢にはなれない。

私は父がいなければ……何の権利も保証されない庶子にすぎないのだから。


深呼吸する。

よし、やっと少し落ち着いた。


……落ち着いたら落ち着いたで、考えたくないことまで戻ってくるんだけど。


アウフェンバルト帝国まで来たのに、エルには会えなかった。

でも、エーリヒは助けられた。

目標は達成、ということにしておこう。


でも問題は……父だ。


父が怒る姿を想像するだけで。

頭のてっぺんから爪先まで、冷たいものが流れ落ちる。


今でも逃げた方がいいのかなって、思ってしまうほどに。

帰れば大使にぐるぐる巻きにされ、オブロフへ送り返されてしまうかも……?


自宅軟禁で済めばいいけど。

本気で怒ったら、六十過ぎの男の後妻に差し出すとかもしれない……。


想像するだけでゾッとする。

やっぱり一刻でも早く脱走を……。


「ここにいたのか」


震えていた指が、ぴたりと止まった。

私はゆっくりと体を回し、声の主へと向き直る。


「あら、お客様ですね」


泰然とした言葉に、男の眉がわずかに動いた。


「客は俺ではなく、そなたの方だと思うが?」

「もちろん理屈で言えば、殿下がこの城の主で、私はただの賓客ひんきゃく

――でも今の状況では、私が先客ですわ」

「本当に、よくしゃべる口だな」


彼が呆れたように言いながら、頭を横に振った。


月のない真っ暗な夜。

遠い灯りが淡く差し、整った輪郭が浮かび上がる。

白金の髪が、静かに光っていた。


しばしの沈黙の末、彼が口を開いた。


「姉上が、そなたに本当に感謝していると。

先程は慌てすぎて、礼の言葉さえ言えなかったとおっしゃっていた」

「それは恐れ多いお言葉です」

「正式に感謝の挨拶をしたいので、ぜひ自分の招待を受けてほしいとおっしゃっていた。

そして……」


小さくため息をついてから、アルブレヒトは言葉を続けた。


「俺も、そなたに深い感謝を表したい。

そなたは、俺とエーリヒの命の恩人だ。

いくら礼を尽くしても足りないだろう。本当に、感謝する」


アルブレヒトは、拳を握った右手を左胸に当て、深く頭を下げた。

視線は彼の肩で一瞬だけ止まった。


「……!」


私は目を大きく見開いた。

帝国の皇子である彼が、私に直接頭を下げるなんて。

……『見てやる――』と思ってはいたけどね。


驚いた私は、慌てて手を振った。


「皇子殿下が、こんなことで頭を下げるなんて……!

そんな必要は全くありません。

正直、感謝の言葉すら期待していませんでしたし」

「……何だと?」

「あっ、いや……しまった?」


脳を経由せず、口が本心をそのまま吐き出してしまった。


――わぁ、やっちゃった……。

今日はあまりにも酷使したせいで、疲れた脳がストライキ中なんだ。

でも、言い訳にはならないな。


横からの視線が、とても熱い。

私はその刺すような視線を避けて、そっと顔を背けた。


正直、少しも期待していなかったのに。

こんな傲慢な帝国の皇子様が私に頭を下げるなんて……。

だって、相当嫌われていたから。


まさか、予想が外れるなんて……。


「そうか……」


恩人だから、我慢してくれているのかな。

彼は何か言いたげで、それを堪えているようだった。


唇を引き結びながらも、アルブレヒトは黙って顔を上げる。

長いまつ毛が、顔に薄い影を落とした。


それを見て、私は再び感嘆した。

緊張がほぐれると、彼の容姿の美しさに改めて気づかされる。


なんで男のまつ毛がこんなに長いんだ?

まつ毛だけじゃない。瞳、髪の毛、そして汚点ひとつない白い肌まで――。


……こんな美貌、あり得るのか?

本当に、私と同じ人間なんだよね?


すらりとした体つきでも、肩は適度に広く、腕はしっかりしている。

なのに、どこか繊細だ。


アーデルライド皇女も、妖精や天使のように美しい。

けれど、彼はそれを超える。

まさに、完璧。


この美貌なら、博物館にでも飾って鑑賞すべきじゃないかしら?

なのに、この美男子が皇位戦争の勝者で、次の皇帝になるなんて……。


世の中、不公平すぎない? 本当に。


私は話題を変えた。


「私に聞きたいことが山ほどおありなのは、お察しします」

「もちろんだ」

「ですよね。でも、今お話しするには慌ただしすぎます。

日を改めて、きちんとお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「うむ」

「一度の説明では終わらないでしょう。

さっきの神経質――いえ、堅そうな方には特に。

どうせなら関係者をすべて揃えて、いっぺんに済ませた方がいいでしょう?」


アルブレヒトの肯定を聞いた瞬間、内心でほっと息をついた。

足首の痛みが、急に強くなったせいだ。


気取られないように、そっと扇で口元を隠した。


……もう少しだけ我慢して、私の足よ。

本当に、二度とこんな高いヒールを履くものか。


「実は、私も気になることがありました」

「何だ?」

「うーん……少々おこがましいのですが、どうしても聞きたいことがあります。

皇女殿下とエーリヒ……。あれはどうしてなんですか?

側にいれば誰でも気づけるほど、二人がお互いを大切に思っているのに」


少し口が苦くなったが、私はそれを認めざるを得なかった。

アーデルライド皇女とエーリヒが同じ空間にいるだけで、空気が切なくなる。


帝国に来てまだ間もない私でさえ、一目で気づく。

ならば、他の人が気づかないはずがない。


皇女の方が少し年上だという話は聞いた。

それでも、皇子の信頼する親友と、彼の愛する姉の結びつきは理想的なはず。


なのに、どうして……?

やっぱり身分のせいか?


暗闇の中、彼がわずかに唇を噛むのが見えた。


「……姉上は、二度も政略結婚を強いられた。

俺の勢力が弱かったせいで、まともな縁談もなく……。

年上の貴族の後妻として嫁がなければならなかった」


帝国の皇女なのに。

想像以上だった。

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