第5章 運命は変えるためにある(5)
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《アルブレヒト皇子の復讐心から生まれた驕り。
それが、彼の足を大きく引きずることになるでしょう》
予測報告書の一文が、耳元で囁かれたようによみがえる。
胸の奥がざわつく。
《リューネの日。
舞踏会場に引き出される三皇子クラウデルンは――
七皇子アルブレヒトに対してテロを試みると推測されます》
《その手段は、オブロフ製の超小型の結晶式魔導工学爆弾《ちょうこがたけっしょうしきまどうこうがくばくだん》。
三皇子が腹心の秘書名義で、急ぎ購入した履歴が確認されています》
……報告書通りなら、テロは今、この舞踏会場で起こる。
背筋を、冷たいものが滑り落ちた。
外の警備はあれほど厳しいのに。
肝心の皇子のそばは、まるで虚を突かれたように手薄だ。
三皇子は、衣服のどこかに爆弾を隠しているはず。
でも……。
私はネックレスの小さな真珠に指先を添えた。
……爆弾はどこに隠されているの?
そしてそれは、いつ?
「くっ……くくく……ふっ……ははは……」
下げていた頭を上げた三皇子の口から、狂気じみた笑いがあふれ出す。
すべてを諦めた者だけが放つ、破滅の色を帯びた笑い。
両目には不穏な狂気。
揺らめく瞳が、アルブレヒトを射抜いた。
「そうか……。ずっと胸に誓っていたのだな?
小賢しい野郎よ! ああ、俺は敗れた。
だが、お前ごときを誰一人認めはしない。断じて!」
「……」
「骨の髄まで高貴な貴族たちが、卑しいお前を?
くはっ……! それだけは、絶対に変わらんぞ!
帝国の恥だ! お前も、男を食い物にする汚いお前の姉も! くはははははは!」
「クラウデルン――!」
アルブレヒトの顔が、初めて険しく歪んだ。
《三皇子は七皇子をわざと挑発し――
自分の側に引き寄せた瞬間、自爆する》
「おお、哀れなアルブレヒトよ! おお、哀れなる帝国よ!」
私は体を強張らせた。
……あの超小型爆弾で、皇子とエーリヒが共に死ぬ確率は、約十パーセント。
エーリヒが死に、皇子が重傷を負いながら生き残る確率は、約八十五パーセント。
報告書の通りなら、もうすぐだ。
真珠のネックレスを握る指が震える。
三皇子は、止まることなく笑い続けた。
世界で一番楽しいことでも見つけたかのように。
子供のように笑いながら、涙をこぼしている。
誰もが、その異様な熱に釘付けになった。
私は息を殺し、アルブレヒトとエーリヒの側へ静かに忍び寄る。
一歩。二歩。
軍服を着た男たちが、私をちらりと見る。
けれど、制止の声はかからない。
……怖がった私が、エーリヒの側に避難したがっていると思っているのだろう。
そう誤解してくれるなら、むしろ好都合だ。
ドレスの裾を握る手のひらは、じっとりと濡れていた。
《ここまでは、すべて三皇子の思惑どおりに進むでしょう。
ですが、当情報部では変数の介入を想定しています》
エーリヒ・フォン・ハルデンベルク。
極限の忠誠心に加え、卓越した身体能力を持つ――七皇子の唯一の親友。
『予言』によれば、彼はこれからアルブレヒト皇子の前に立つ。
そして、全身で彼を守る。
たとえ、その身を犠牲にしても――。
報告書の通り、怒りに駆られたアルブレヒト皇子が三皇子へと歩み寄る。
彼の部下たちは、数歩下がった場所に立っていた。
――すべて、書かれていた通りに。
真珠のネックレスを握りしめた私の指が、細かく震える。
オブロフ製の結晶式爆弾。
爆発範囲は極めて狭い。
だが、その範囲内での殺傷力は比類ない。
……そして今の私は、すでにその射程内にいる。
防げなければ、エーリヒもアルブレヒト皇子も、私も。
この場で即死する。
膝が、今にも崩れそうにわなないた。
ドレスがそれを隠してくれるのは、この上ない幸運だった。
……あとは、すべてが思い描いた通りに進むよう、祈るしかない。
萎えかけた足に力を込め、耐える。
もうすぐだ。
本当に、もうすぐ。
転がったまま頭をもたげた三皇子の顔が、醜く歪む。
ワインに濡れた頬の上で、血走った瞳が悪鬼のようにぎらついた。
「くくっ、ふはは――!
卑しい血筋に汚れる帝国なら! いっそ滅びてしまえ!」
「何だと!?」
「死ね、アルブレヒト!
卑賤の分際で皇位を狙い、兄弟たちを手にかけた外道め!」
「……貴様!!」
足が、高く振り上げられる。
その瞬間、理解した。
――あの靴だ。
結晶式爆弾は、靴底に隠されていたのだ。
……発見できなくても当然だと、納得する暇すらない。
――二秒。
三皇子の靴が下がり始める。
私は真珠のネックレスを握りしめ、思い切り引き裂いた。
お願い。
どうか、間に合って……!
――一秒。
「危ないです! 殿下!」
結晶式爆弾の存在を知らずとも、エーリヒは直感で悟った。
これは、何か取り返しのつかない危険だと。
早く、アルブレヒト殿下を!
自分がどうなっても構わない。
ただ、あの方だけは。
あの方だけは、絶対に守らなければならない……!
驚いた顔でこちらを見る、親友にして主君。
エーリヒは驚異的な瞬発力でアルブレヒトを強く押しのけ、前へと飛び出した。
その刹那、彼は己の最期を予感し、ぎゅっと目を閉じる。
……アルブレヒト様、どうか――
――零秒。
ぱらぱらっ――!
真珠の粒が床いっぱいに弾け、転がる音が響いた。
ほぼ同時に、三皇子の足が床を強く踏みしめた。




