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第5章 運命は変えるためにある(4)

短い睨み合いのあと――。


アルブレヒトは、誰にも気づかれぬほど小さく息を吐いた。


この場で外国の使節にいつまでも噛みつけば、自分の威信を削るだけだ。


……遊び好きなパーティー狂。

数か月ごとに男を替えるという噂の女。


芳しくない噂は、帝国に来てからの彼女の行動とも相まっていた。

もともと限りなく悪かった印象は、さらに底を抜けた。


しかし、アルブレヒトは確信した。

頭の中に花畑しかない馬鹿に、あんな目はできない。


――だとすれば、これまでの奇妙な行動は何のためだ?

今になって演技をやめた理由は?


この女は、腹立たしいほど読めない。

彼は、何度目かも分からない思考を繰り返す。


うっとうしい。

そして、どうにも癪に障る。


それ以上に――気になって仕方がない自分が気に入らない。


張り詰めた空気の中、アルブレヒトは部下を従えて壇上へ上がる。

軽く鳴らした手の音が、ホールに響いた。


パチッ――。


恐れ混じりの視線の中で、彼は唇の端を吊り上げる。


「今回のリューネの日は、我が戦勝の宴も兼ねている。

記念に、ささやかな余興を用意した。……存分に楽しむがいい」


『余興』と言いながらも、彼の口元には嘲るような笑みが刻まれていた。


合図とともに、両腕を縛られた男が引き出される。


血と汚物にまみれた、かつては華やかだったはずの服。

髪はアルブレヒトに似た金だが、今はひどくくすんで見えた。


引き出された男が壇の下に跪かされると、ざわめきが広がった。


「三皇子、三皇子だ!」

「内戦で二倍の兵力を持ちながら敗れて……国外逃亡の途中で捕まったのよ!」


アルブレヒトが手を上げる。

会場は水を打ったように静まり返った。


「どうだ、諸君。見覚えのある顔ではないか?

数か月前までは、帝国で最も高貴な座に就くと豪語していた男だ」

「貴様、アルブレヒト!」


髭も剃らず、見る影もなくやつれた男が顔を上げる。

その目だけは、いまだ軽蔑と憎悪に濁っていた。


「卑しい血が流れる貴様ごときが!」

「失敗だったな。犬には口輪をはめるべきだった」


アルブレヒトは無感情な目で見下ろすばかりだった。


「卑しいお前が俺を、犬呼ばわりするのか!?

俺には、高貴な血が流れているんだ!」

「この有様になっても、まだ状況を理解できないのか、クラウデルン?」

「卑しく生まれたせいで、高貴な血筋が守るべき名誉も知らぬのか?

俺は帝国の第三皇子であり……お前の兄だ!」

「……兄だと?」


ふっ、とアルブレヒトの喉から笑いが漏れた。


「はははっ!」


静まり返ったホールに、嘲るような笑い声が響き渡る。


「俺を弟とも認めず、『卑しい血』だと罵っていたのは、他ならぬあなたではなかったか。

それで今さら、兄として扱えと?」

「そ、そうだ! 俺はお前と違って、高貴な血のみを受け継いでいる!

そもそも――あんな汚らわしい娼婦から生まれたお前が、本当に父上の子だと……」


ガキッ。


鈍い音が、言葉を断ち切った。


「くっ……ううっ!」

「あなたはいつも、俺だけでなく、亡き母上や姉上までも辱めた。

足を開くだけの売女だと、そう罵っていたな」


その言葉を吐きながらも、アルブレヒトの口元には静かな笑みが浮かんでいた。


「その下劣な口の方が、よほど卑しくはないか、クラウデルン。

まるで今のあなた自身のように」

「ぐっ……」

「あれほど多くのものを手にしていたのに。

何ひとつまともに使いこなせず、このざまだ。

何も持たなかった卑しい俺に、あっさり負けたな……『兄上』」

「そ、それはお前が卑劣な手を使ったからではないか!」

「卑劣? 誰が?」


アルブレヒトは首を振り、短く笑った。


「……ああ。平和交渉を持ちかけた席で、裏から襲いかかって殺そうとした――あなたの話か?」

「だ、黙れ! 黙れ!」


彼は、醜くわめく異母兄を見下ろした。

伏せられた長い睫毛が、青紫の瞳に深い影を落とす。


……母上……。


弱い母上をいたぶり抜き、最後には毒殺した首謀者。

それがこの三皇子の母だということを、誰もが知っていた。


ただ、彼女が外国の王女だったため、誰一人口にしなかっただけ。


十五年耐えた。

待った。


あの地獄を、一度で終わらせる気はない。


――そうだ。

簡単には死なせない。


端整でありながら、荒々しさを帯びた手が、ワイングラスを高く掲げた。


「吠えるのに必死で、さぞ喉も渇いているだろう?

なかなかのワインだ。存分に味わえ、『兄上』」


ちょろちょろ――。


赤い液体の細い流れが落ちる音だけが響く。

息遣いさえ聞こえない静寂の中で。


頬を濡らして流れたワインは、大きく揺れる喉仏を伝い、さらに下へ落ちていく。

胸元に染み込んだ赤が、じわじわと広がった。


まるで、顔も体も血にまみれたかのように。


「くっ、アルブレヒト! 俺を辱めるな!

お前は皇族の誇りを、なんだと思うのだ……!」

「誇り? ……はは!

十年前、あなたはエーリヒを気絶するまで鞭打っていたな。

『助けたければ、その卑しい頭を地に擦りつけて頼め』と、そう言っていた。

……あの時、あなたは俺の誇りを守ってくれたか?」

「……!」


――三皇子の宮殿へ駆けつけた時のことは、今も鮮明に覚えている。


『なんだ、まだ息があるじゃないか?

よこせ。今度は俺が直接やってやる!』

『で、殿下、もし間違って死んでしまったら……』

『あんな奴一人死んで誰が困る?

俺は皇子だ! まず生意気な目玉から抜いてみるか?

焼きごてで炙るのもいいな』


今でも鼻腔にこびりつく、あの日の血の匂い。


血まみれになっても反抗すらできず、痛みに震えるエーリヒ。

その横で、一方的に暴力を振るいながら、心底楽しげに嗤っていたクラウデルン。


十歳だった。

唯一の友を失う恐怖に、誇りなどすべてかなぐり捨てた。

言われた通り、頭を地面に押しつけ、声を枯らして頼み込んだ。


『お願いです……! エーリヒを、助けてください、兄上……!』

『黙れッ! 誰に兄上だ、下賤の分際で!』

『……お願い、いたします、皇子殿下』

『は? はは! やっと分を弁えたか。

二度と兄上などと呼ぶな。殺したくなる』


力尽きたエーリヒを支えて帰った。

付き従う者もなく、ただ二人きりで。


『……エーリヒ……』

『申し訳、ござい、ません……。アルブレヒト、殿下……』

『今日を忘れない。俺が弱かったから……俺たちが弱かったから、だ』

『殿下……』

『十年だ。十年以内に、必ず跪かせてやる。

同じ苦しみを……いや、その十倍の絶望を味わわせてやる。絶対に……!』


そうだ。


一日たりとも忘れず、待ち続けた。

今日という日だけを。


「覚えてなどいない! 何という濡れ衣だ、アルブレヒト!」

「あなたが覚えていようがいまいが、関係ない。

俺はただ、あなたがやったことを返しているだけだから」


ただ弱いというだけで踏みにじったのなら――

より強い者に踏みにじられるのも、当然だろう。

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