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第4章 出会いと四日後に予定された死(3)

***


舞踏会場の外を見て回るのは、思ったより時間がかからなかった。


やはり、表から眺めるだけでは限界があった。

爆弾テロそのものは、会場の中で起こるのだから。

リューネの日の準備で、皇城の従者たちが慌ただしく行き交っていた。

さすがに、ゆっくり見て回れる雰囲気でもなかった。


そもそも報告書も、会場内で爆弾テロが起こることを予見していただけだ。

会場のどこで、どのように起こるのかまでは、何ひとつ記されていなかった。


うーん。あの苛烈な内戦を勝ち抜いたアルブレヒト皇子が、愚かなはずはない。

実際に見たところ、皇城の警備も厳重だった。

それなら、爆弾テロはいったいどうやって起こるというのだろう……?


「……どうかなさいましたか?」

「いいえ。ただ、あまりに立派で見惚れてしまって」


けれど、『あの』情報部が確信したことなら。

必ず起こることなのだろう。


外ばかり見ていても、あとで抜け出すのに都合のよさそうな場所ばかり目につく。

幼い頃から鍛えられた、本能に近い探索能力とでも言うべきか。

……まさか、ここで働くことになるわけでもあるまいし。


名残惜しさを押し殺し、戻ろうと身を翻したそのときだった。


向こうから、若く、それでいて落ち着いた声が聞こえてきた。

上品さの滲む、澄んだ声音だった。

挨拶すべきか迷ってエーリヒを見上げたが、口にしかけた言葉はそこで止まった。


……どうして、そんな顔をしているの?


現れた女性たちの中で、誰が最も高い身分かは一目で分かった。

私にはない凛とした気品を、光のようにまとっていた。


誰なのかも、すぐに分かった。

あれほど透き通るようなプラチナブロンドを見間違えるわけがない。


エーリヒは中央に立つ女性の前に進み出ると、片膝をついてうやうやしく頭を下げた。


「黄金獅子とローゼンハイトの栄光を。皇女殿下に、ご挨拶申し上げます」

「……久しぶりです、エーリヒ。お立ちなさい」

「はい」


静かで美しい声。

華奢な身体に流れ落ちるプラチナブロンドが、そよ風に揺れる。


上体を起こすエーリヒを見つめていたスミレ色の瞳が、私へと向けられた。


「初めてお会いする方ですね。エーリヒ、この方は?」


帝国式の、あの退屈な礼儀作法に従うなら――

私はエーリヒに紹介を任せて、ただ丁寧にお辞儀をするべきだ。


両手でドレスの裾をつまみ、軽く膝を曲げて、一礼した。


「こちらは、今回オブロフの使節としてお越しになった、イリィチャ令嬢でございます」


「高貴なる黄金のローゼンハイトの栄光を、四皇女殿下に。

ご挨拶申し上げます。エカテリーナ・アースナヤポリャーナ・イリィチャと申します」


そう。彼女は帝国の四皇女にして、七皇子アルブレヒトの唯一の同腹どうふくの姉。

アーデルライド皇女。


皇女は微かに感嘆の息を漏らした。


「オブロフから来たという使節がそなたでしたか。

女性だと聞いてはいましたが……想像していたより、ずっとお若いのですね。

遠路お越しいただき、ありがとうございます。どうぞ、帝国で良き時を過ごされますように」

「温かいお言葉に、深く感謝申し上げます。皇女殿下」


皇女は、使節としての来訪に対する礼をわざわざ口にした。

アーデルライド皇女は、皇族の中で唯一、心から七皇子を案じている人だ。だからだろう。


「顔を上げなさい」と穏やかに促されて、私はゆっくりと頭を上げた。


そして、息を呑む。

……今まで、自分の顔が醜いなんて思ったことはなかったのに。


――本当に、現実の人間なの?

天使か、伝説の精霊だと言われたほうが納得できるんだけど。

その上、どこかに淡い哀愁を漂わせるなんて反則だ。


ちょっと本気で見惚れてしまいそうなんだけど……あれ?

その瞬間、稲妻みたいな思考が脳内を駆け巡った。


……確か、聞いたことがある。

アーデルライド皇女は、アルブレヒト皇子とよく似ていると。


――えっ、まさか。あの肖像画、誇張ではなかった可能性があるってこと?

突然、皇子の顔がたまらなく気になり始めた。


「イリィチャ令嬢をご案内していたのですか、エーリヒ?」

「はい。令嬢が帝国へいらっしゃるのは初めてだとおっしゃるので、このようにご案内しております」

「そうでしたか」

「皇女殿下は、散歩中でいらっしゃいますか?」

「ウンターハウゼン伯爵夫人のお見送りを終えたところでした」


エーリヒと向き合って微笑むその表情には、どこか切なさがあった。


「もう少しお話ししたいところですが、先約があります。

短い時間でしたが、お会いできて嬉しく思います、イリィチャ令嬢。

いずれまた、ゆっくりお話しできる機会がありますように」

「光栄に存じます、皇女殿下。リューネの日に、またお目にかかれますことを願っております」

「そうですね。エーリヒ――」

「はい、アーデルライド殿下」

「どうか、イリィチャ令嬢を丁寧にご案内してください」

「もちろんです」


皇女は私とエーリヒに向かって、ほんの少し微笑んだ。そして侍女たちと去っていった。

気高く、しかしどこか悲しげに。


後で一度、調べてみようか。そんなことを考えながら、振り返る。


皇女の姿はもう遠ざかっているのに、エーリヒはまだ片膝をついたまま、深く礼を捧げていた。

去っていく影を、見送るように。


……彼の表情は見えない。

だけど、どうしてだろう。

私は、彼がどんな表情をしているのか、なんとなく分かる気がした。


ふうん、これは……。


そっと、自分の唇に指を添える。


――そして、その様子を遠くから静かに見つめている男がいた。



***


それは、文字通りの偶然だった。

煩雑な書類の山に苛立ちを押し殺しながら、アルブレヒトは思った。


――このままじゃ、即位前にストレスで倒れそうだ、と。


彼は執務室から出て、やみくもに廊下を歩く。


「国をここまでめちゃくちゃにしておいて、よくもまあ統治者面ができたものだ……クズどもが」


貴族も王族も同じ。

義務は果たさず、権利だけを貪る者ばかりで、この国を腐らせてきた。


患部かんぶは切除しなければならない。

だが、その範囲があまりにも広い。

下手をすれば、国という『患者』そのものが死にかねない。


――それが、今のアウフェンバルト帝国だ。


「クズばかりで、有能で信頼できる人材があまりにも足りない」


ため息をつき、アルブレヒトは二階のバルコニーの欄干らんかんに腕を預ける。


四日後、リューネの日。

形式的とはいえ、皇太子となることが公に発表される予定だ。

これからも、休める日など一日もないだろう。


……エーリヒが側にいてくれたらよかったのに。

あの苛立たしい使節を案内している彼も、そろそろ戻る頃だろう。


休む暇もなく、走ってきた。

でも、まだ安心なんてできない。これからが本当の始まりだから。


アルブレヒトは、悲鳴を上げる身体に無理やり力を込めた。


親友は、アルブレヒトが壊れてしまうのではないかと心配している。

だが、それは違う。


走り続けなければならない。

そうしなければ、逆に……倒れてしまう気がする。


「……だから、止められない」


――そう呟いた、その瞬間だった。


風に乗って、声が届いてくる。

アルブレヒトはぱっと顔を上げた。


「……姉上の声? それに、エーリヒ……?」


距離は遠く、木々が視界を遮っていた。

だが、完全に見えないわけではない。


木々の隙間から、女性たちのドレスの裾がふわりと円を描く。

話を終えたのか、彼女たちは身を翻し、遠ざかっていく。


――そこへ、強い風が吹き抜けた。

アルブレヒトは思わず目を見開いた。


サーッという風の音とともに、大きく揺れる木の枝の向こう――。

片膝をついて頭を垂れるエーリヒ。その隣で、鮮やかな赤髪が風に波打つ。


あまりの鮮明さに、気づけば視線を奪われていた。


アルブレヒトの知る限り、あれほど印象的な赤い髪の女性など、他にいない。


「今、エーリヒと一緒にいるような人なら……まさか」


皇城入りの報告はすでに受けている。

だから不本意ながら、招待状も送った。


だが、見えたのは赤い髪だけ。

アルブレヒトは顔を確認しようと身を乗り出すが、枝葉が再び視界を塞ぐ。

葉の隙間から、赤い色がかすかにちらちらと見えるだけだ。


アルブレヒトは一歩踏み出しかけて、足を止めた。

立ち上がったエーリヒと、その隣の赤髪は並んで建物の中へと消えていった。


「オブロフの使節か……」


考えれば考えるほど、胸の奥がざわつく。

ほんの一瞬、枝葉の隙間から見えただけの赤い髪。

それだけのはずなのに、妙に目の奥に焼きついて離れない。


……やはり、気に入らない。


何かが引っかかっている。

けれどそれが何かは、はっきりとは説明がつかない。


耳元を打つ風の音が、午後の陽射しの中でひどく鮮明に響いた。

その音が、まるで体の奥深くまで届くような気がした。


アルブレヒトはその感覚に唇を噛み、そして離した。


目を閉じても、赤い残像がちらついている。

厚い氷壁さえ溶かしてしまう、炎のように。

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