第二十三話:デジャヴ〈後編〉 〜中学生トラブル編〜
「俺が右腕持つわ」
「じゃあ俺、左腕な」
下卑た笑い声で意識が浮上する。
光の入らない、埃とカビの臭い。ここは体育倉庫だろう。前世の野球部時代、先輩からの「しごき」で何度も閉じ込められ、暴行を受けた場所だ。
(……制服は脱がされていない。)
左胸のポケットに、確かな感触がある。起動できていればいいのだが。
後頭部と腕が、焼けるように痛む。
拘束はされていない。地面に転がされているだけだ。
人数と配置を確認するために顔を上げると、赤のTシャツにカッターシャツのボタンを全開にした、腰パンの男がこちらを覗き込んでいた。いかにも「不良」という格好をしている。ご◯せんのキャラにいそうだな。
で、そいつが「井口」だ。横には調査の結果、取り巻きと判明していた二人がいる。真口と外口だろう。三人とも三年生だ。
「こんにちは、久世くんだよね?」
殴って監禁しておいて、今さら確認か。
返事をする代わりに肺の空気を整えようとすると、間髪入れずに右腕を蹴り飛ばされた。
「返事は? 僕たち三年生だよ? 最上級生なんだよ?」
最上級生だからなんだというのか。折れてはなさそうだが、右腕が痛い。
「……俺を嗅ぎ回っていたのは、そっちじゃないんですか」
「へぇ、自覚はあるんだ。で、何が目的? 田口から何か聞いたわけ?」
「ええ。井口さんが、俺の『彼女』を狙っているとお聞きしましてね」
重い頭を無理やり回し、ブラフを投げる。
「へえ、彼女? 吉田を連れてこいとは田口にしか言ってないんだけどな。……あいつ、喋っちゃったんだ」
真口だか外口だかが歩いていった先に、誰かが転がっている。
田口だ。ピクリとも動かない。俺たちの会話を盗み聞きされていたようで、一緒に連行されたらしい。
そして、目が暗闇に慣れてきた頃合いに「それ」が視界に入った瞬間、俺の全身の血が、限界を超えて沸騰した。
口元に布を巻かれ、声も出せずに涙を流している吉田さんが、パイプ椅子に縛り付けられていた。
(……ああ、デジャヴだ。)
前世の最期。何も本気で取り組まず、周りに合わせて自分を殺し、ただ漠然と生きて、守りたいと思った人も守れずに殺された、あの無様なシーン。
二度とあんなことは起こさないと、必死に自分を研磨してきたつもりだった。
「俺は頑張っている」
「だからもう大丈夫だ」
そんな甘い自己満足に酔っていた自分を、今すぐ殺してやりたい。
(……ああ、ダメだ。抑えられない)
自分が、怖くなってくる。
このやり直しの世界で、唯一普通に、そして優しく接してくれたのは、吉田姉妹だけだった。
彼女たちは、俺の「大切な人リスト」の最上位に書き込まれてしまっている。
また失うのか。また、踏みにじられるのか。そう考えた瞬間、目から涙が溢れた。
「ようやく見えたみたいだね。君の自称彼女はここにいるよ。……じゃあ、本当かどうか確かめてあげようか?」
井口が吉田さんの猿ぐつわを外す。
「彼は君の彼氏なの?」
「大切な人だから、お願い、放してあげて……!」
彼女は泣きながら、必死に俺を庇うように訴えた。
「はい、嘘つき確定。彼氏か聞いたのに『大切な人』だってさ。嘘つきには制裁が必要だよね」
井口が楽しそうに吉田さんの顎を掴み、顔を近づける。
彼女の絶叫が倉庫に響く。
だが、次の瞬間。
井口たちの動きがピタリと止まり、俺を凝視した。
何事かと思ったが、すぐに理解した。
俺が、大笑いしていたのだ。大爆笑である。
人生でこれほどまでに笑ったことがあっただろうか。
十秒か、二十秒か。腹の底からこみ上げる哄笑が、暗い倉庫の中に響き渡る。
「……ふぅーーーーーー……」
笑い終わる頃には、既に涙は枯れていた。
それと同時に、人を「殺す」覚悟も決まっていた。




