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第二十一話:死亡フラグイベント 〜中学生トラブル編〜

(なんだかイライラする。集中できない。)


放課後、廊下側の自席で司法試験の過去問題に取り組んでいる俺の視界の端で、さっきからチョロチョロと動く不審な影がある。

田口だ。小学生の頃の「吉田さん取り囲み事件」以来、まともに言葉を交わしたこともない男だが、どうやら俺に用があるらしい。


(……過去問を解くペースが上がってきたのだが…よくない予感がするなぁ)


俺はペンを置き、短く声をかけた。


「おい」


「ひっ……!」


ビクッと反応した田口がのそりのそりと近づいてくる。


「なにか?」


「小2の時の約束を破ってごめん。話しかけてしまいました」


確か近づくなとか言ったな…

それ以降喋らなくなったので、誰もいない空き教室に場所を移した。


「なにか?」


俺は努めて穏やかに、短く促した。

それでも田口は今にも泣き出しそうな顔で、なかなか口を開かない。一木が俺のことをどのように語り継いだのかは知らないが、少々怯えすぎだ。

数分の沈黙の後、彼はようやく絞り出すように言った。


「……吉田さんを、野球部の先輩に紹介したい。……許可を、もらえないかな」


(……??)


一瞬、思考がフリーズした。

この怯えよう、俺と対峙しているからだけでなく、恐らくその野球部の先輩とやらがややこしい奴なのだろう。

しかし、こいつ正気か。あの日、俺が相応の手間をかけて引いた境界線を、今また踏み越えようというのか。


(……はい、どうぞ。吉田さんを献上しまーす!、とでも言うと思っているのか。)


過去の吉田さんの、あの震えていた背中が脳裏にフラッシュバックし、胃の奥が熱くなる。


(……いや、落ち着け。俺の長所は、他人の顔色を伺い過ぎて、ブチギレそうになっても一度「冷静」フェーズを挟めることだ。そうやって感情を殺し、苦しくて辛い思いをしながら、必死に生きてきたはず。)


ゆっくりと鼻から息を吸い、時間をかけて吐き出す。

よし。だいぶ安定してきたな。


「ふぅーーーー……。ぶち殺すぞ、今ここで」


深呼吸は無意味だった。あまりに非論理的な提案に、システムエラーのごとく本音が漏れ出た。

俺が一歩近づくと、「ひぃぃぃっ!」と情けない声をあげ、地べたに這いつくばりながら、ことの顛末を話し出した。


・野球部の井口先輩で、親がヤクザだということ。

・田口が吉田さんと同じクラスだと知り、彼女にするから紹介しろと脅されていること。

・井口を止められる奴がいないから、自分にはどうしようもないこと。

・小学生の時、(恐らく)暴力なしで自分を含む四人組を制圧した俺を頼ってきたこと。


どうやら、吉田さんを売るのには反対だが、自分では防ぎきれない。だから「お前が何とかしてくれ」ということらしい。

情けないとは思うが、気持ちはわかる。

前世でも井口はいた。確かにウザかった。ただ、あの時の記憶では、自ら「親がヤクザだ」と吹聴するようなタイプではなかったはずだ。

だが、今の田口のような一年生からすれば、あの独特の威圧感は十分に脅威なのだろう。


(……井口に対して妙な違和感があるな。)


ただ、問答無用で差し出すのではなく、俺を「解決策ソリューション」として頼ってきたことだけは評価しよう。

あとは俺のリソースをどこまで捌けるかだ。

まずは過去の記憶の整理と現状把握、そしてスケジュールのヒアリング。

……IT営業の要領を思い出す。


【案件名:井口による吉田さおり接触未遂事案】

■ 現状分析(AS-IS)

・井口が田口を媒介にして吉田さんへの接触を図っている。

・吉田さん本人はまだこの脅威を認識していない。

・敵のスペック:井口(背後に不良の影? 要確認)。


■ ヒアリング項目(To-Beへの課題)

・納期: 何日までに紹介しろと言われているのか。

・ステークホルダー: この件を知っているのは誰か。野球部全体か、井口の個人プレーか。

・リスク: 拒絶した場合の田口へのペナルティ、および吉田さんへの強行策の有無。


「いいよ。……まずは君が知っている情報を教えてほしい。誰が、いつまでに、何をしようとしているのか」


俺は努めて穏やかな、カウンセラーのような微笑みを浮かべた。


(……来年一月の一般教養試験まで、約七ヶ月。時間はあるようでない。大きな山の前に、また面倒な案件が紛れ込んできたな、それよりもまた吉田さんか。モテるなあ。)


などと呑気なことを考えていたが放っておくわけにもいかないので、過去問用紙を閉じ、静かにメモ帳を取り出した。

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