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第十話:夏休みの宿題は八月三十日から 〜小学生必死編〜

夏休み初日。 かつての俺にとって、この期間は「大毅の監視が強まる地獄」であり、山積みの宿題を前に絶望し続ける毎日だった。中学卒業まで、俺は一度として期限内に宿題を出せたことがない。父のせいにしているようだが、これは俺の当時の性格のせいもある。普通にだらしなかった。

だが、今の俺には時間が足りない。 やりたい勉強、手に入れたい知識、そして書き上げなければならない「計画」が山ほどある。 学校から押し付けられた「小学生の宿題」などに、俺の大切な夏を1秒たりとも浪費させるわけにはいかない。

朝、五時。 大毅が現場へ向かうための準備を始める足音で、俺は目を覚ました。 かつては恐怖で布団に潜り込んだその音を、今は「自由時間へのカウントダウン」として聞く。

父が家を出た瞬間、俺は机に向かった。


「……まずは、このゴミ(宿題)を片付ける」


算数と国語のドリルを開く。 小二の問題など、大人からすれば反射で解けるレベルだ。


(...小二の勉強を軽々できて無双できて楽しいでしょ?というためのやり直しの人生じゃないよな…?)


戯事を考えながらも、サクサクと鉛筆が紙の上を滑っていく。

計算、漢字、文章読解。作業のように淡々とこなしていく。


(この同じ漢字を何回も書くのだけは、本当に無意味すぎ草生える、というやつだな)


次は読書感想文だ。 俺が選んだのは、先日図書室で借りた『人体のふしぎ』。

小学生が書くような「すごかったです、おもしろかったです」ではない。

少しイキったタイトルを書いてみる。


「筋組織の修復と超回復のメカニズムについて」


そんな内容を、三十五年分の語彙力と漢字を駆使して、無駄に書き上げた。


午前八時。 前世の俺なら、朝からアニメを見ていた。

「某レイガン」アニメや「君が好きだと叫ぶのバスケ」アニメの再放送に夢中になっていたはずだ。

夕方までは天国のような時間だった筈だが、そんな今の俺の目前には「完全攻略」された夏休みの宿題が山となっていた。


「よし。これで、俺の『本当の夏休み』が始まるぞ」


前世では、八月三十日に始めていた夏休みの宿題たちが初日にして完遂していることで、少し優越感に浸る。

俺は、親父に見つからないよう机の奥底に隠していた、例のジャポニカ学習帳を取り出した。 だが、これでは足りない。単なる「やり直し」の備忘録ではなく、二〇二六年のあの絶望を、法律を根底から書き換えるための「人生の仕様書」が必要だ。

かつてIT営業時代、何千と記載した議事録。要約ができないのは内容を理解していないのと同じだと、上司に灰皿を投げられんばかりの勢いで罵倒された記憶が蘇る。あの時の屈辱さえ、今は貴重な経験値だ。

俺は自分自身の脳を解体するように、ペンを走らせた。アウトライン構造で記載するのが把握しやすくなるコツだ。


■ プロジェクト名:【法改正】のため概算スケジュール

フェーズ1:基礎構築(〜十二歳 / 小学校卒業)

 十一歳(小五): 試験範囲の全網羅。六法の基本構造を脳内にインプットする。

 十二歳(小六): 過去問演習。正答率八〇%以上を安定稼働させること。


フェーズ2:司法試験突破と「父:大毅との野球地獄」の回避(〜十五歳 / 中学校卒業)

 十三歳(中一): 司法試験・一次試験(一般教養)突破。

 一次試験を突破すると、翌年より免除期間(二年間)が発生するため、必ず十五歳までに合格する。

 【最優先・リスク回避】:中学からの「野球座学」の阻止

 前世からの予測: 中学進学後、大毅は「野球部への強制入部」に加え、

  夜間は「肉体トレーニングをさせながらの野球中継視聴」を強要してくる。

 内容: 腕立てやスクワットの最中、中継の次の一打、次の配球を当て続けなければならない。

     外せば即、暴力。これは勉強時間を奪うだけでなく、精神や体力を摩耗させる無意味な「支配」。

 十五歳(中三): 旧司法試験・最終合格。


フェーズ3:軍資金・アライアンス確立(〜十八歳 / 高校卒業)

 進路確保: 偏差値不問の底辺校へ。学業コストを最小化。

 キャッシュフロー: 卒業までに八〇〇万円を調達。

  ※システム開発・法律実務代行により、資金を稼ぎ出す。

 アライアンスパートナー: 高校時代に、背中を預けられるエンジニア等のビジネスパートナーを最低一人は確保。できれば営業一人、エンジニア一人まで獲得できればベスト。


フェーズ4:実装・本番環境(三十代〜)

【最終コミットメント】: 性犯罪および掠奪種デポルの厳罰化。

 二〇二六年のあの夜の絶望を二度と繰り返さないために。法、政治という名の武器を手に、理不尽を抹殺する。


「……うんうん、いい感じに無謀(笑)でもこれでいい。俺は一度死んだのに、やり直せている。あの日の怒りも微塵も忘れていない。自分を守るためだけに生きた前世とは違う。この気持ちさえ忘れていなければ、何だってできる。はず。」


俺はノートを閉じ、深く息を吐いた。

窓の外、七月の強い日差しが、俺の「一度目の死」の記憶を焼き切るように照りつけている。

ほとんどが皮算用だ。なんの不具合もなく計画通りに行くことなど、システム開発の世界では万に一つもない。

だが、二度目の人生は死に物狂いで、全力で生きると決めている。

この小さな命一つでどこまでやりたいことが実現できるか、自分自身の人生ながら見ものだ。


その日の午後、図書館へと向かった。 小さな背中に「法改正の設計図」を背負い、俺の孤独な戦いが本格的に幕を開ける。


(しかし暑いな、、、)


前世では、夏の気温は三十五度は当たり前だった。

一九九七年では、三十度までいけば真夏日だ。

今現在では二十九度とかそれくらいだろう。しかし小二の体には中々厳しいものがある。

だが図書館はとても冷房が効いている。家では冷房は厳禁なので大変助かる。

そして図書館の静寂は、今の俺にとってどんな音楽よりも心地よかった。

児童書のコーナーには目もくれず、俺は真っ直ぐに「社会科学」の棚へと向かう。


(……あったあった!しかし想像以上に分厚いな…バーガーキン○ぐらい分厚い。)


予想通り、そこには少し年季の入った『六法全書』をはじめ、刑法、民法、訴訟法の基本書がずらりと並んでいた。 今の俺の肉体は小学二年生。そもそもの脳のスペックも、決して「一度見たら忘れない」ような天才のそれではない。前世でも、怒られたくないが故に、人一倍の努力と、営業で培った「執念」だけでギリギリ生きていた凡人だ。

だからこそ、戦略がいる。


「まずは、全体像の把握……。それから、俺の『目的』に直結する分野から潰していこう」


俺は重厚な六法全書を机に運び、分類を始めた。 民事、行政、商法……。どれも重要だが、今の俺が最も渇望しているのは、傷害や性犯罪の焦点となる「刑法」だ。

あの二〇二六年の夜、俺を刺したデポル。冴子さんを連れ去りそして…それを見逃してきた社会の歪み。

それらを裁くための「ルール」がどう記述されているのか。

俺は貸出許可を得た数冊の専門書を広げ、ジャポニカ学習帳に猛烈な勢いで書き殴り始めた。


 ・罪刑法定主義の原則

 ・構成要件、違法性、有責性

 ・現行の性犯罪に関する量刑の規定


「……甘い。甘すぎる、見てるとイライラしてくる!しかし目が離せない!(うぉぉぉぉぉ!!)」


条文を追いながら、俺は奥歯を噛み締めた。 今の法律では、俺が目指す「絶対的な守り」には程遠い。 だが、書き換えるためには、まず今のルールを完璧に理解し、そのバグ(欠陥)を見つけ出さなければならない。システム開発でいうところのデバッグ作業だな。

読み方のわからない専門用語があれば、隣に置いた国語辞典を秒速で引く。

カリカリ、と鉛筆が紙を削る音だけが響く。 周囲では、他の子供たちが絵本や図鑑を眺めて笑い声を上げている。当然、俺もそこに入りたい!などと思っていないが、目の前の慣れない勉強と、帰宅後に確定している父とのトレーニングで、ストレス値がグングン上昇している気がする。つまり余裕がないのだ。


(…あぁ、うるさいなぁ。もうちょっと離れたところ行ってくれないかな…いやいや周りのせいにするな。俺の集中力が足りていないだけ。一歩ずつだ。残念ながら今世でも天才ではない。だからこそ遠回りでも人の十倍やる。百倍読む。十五歳でこの厚い壁を突き破るために)


指にタコができるほどの筆記量。 人生をやり直し、自分のすべきことのために勉強をできることの嬉しさがある。手のひらのマメの痛みさえ、今は心地よいスパイスに感じられる。

その日の閉館間際、俺のノートには、自分なりの「日本の刑法の急所」をびっしりと刻みこんだ。


(ふぅ、意味あるのかなこの方法で…)


不安になりながらも、ひとまず勉強した気にはなったので、その日は帰路についた。

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