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第九話:フラグ 〜小学生必死編〜

昨日は、空腹とストレスと疲れで意識が飛んでしまった。

サボり方がわかったとはいえ、昨日は本当に辛かった。帰ったら、殴られた回数や感情などを忘れないように書き込んでおこう。

朝起きたら身体は全快していた。若いとは素晴らしい。

晩御飯がそのまま残っていたので飲むように口に捩じ込んだ。

一切俺を守ってくれない祖母のご飯は前世と変わらず美味しかった。朝から肉汁が乾き切ったモサモサのハンバーグを完食し、夏休み前、最後の登校日を迎える。


教室に着くと何となく見知った面々がいた。

一木、木本、本田、田口。

彼らはいつもつるんでいる4人組で、何とかサンダース?何とかシャワーズ?というチームの野球クラブに所属している。

俺の記憶だと特に絡んだ記憶はないのだが、今目の前に立ち塞がっている。


「相変わらず汚い手だな(笑)」

「貧乏だから手袋も買えねえのか? 素手でその辺の枝でも振ってんのかよ!」

「お前なんか貧乏人が野球クラブに入ってもレギュラーになれねえよ!」


下卑た笑い。土木作業員として泥にまみれて働く父への蔑視を含んだ、子供特有の無自覚な暴力。 かつての俺なら、ただ俯いて、この嵐が過ぎ去るのを待っていただだけだった。


(まあ、確かに汚い手だね。血豆だらけで、傷まみれ。)


「……何とか言えよ!」


小突かれた衝撃で、首がガクンと揺れる。 視線の端で、担任が背を向けて教卓を片付けているのが見えた。


(……ああ、担任は『見て見ぬふり』をするタイプだったっけ。それよりも、、、いっちょやってみっか!!)


前世の俺は何もできなかったが、昨日親父にやられたことで腹も立っている。殴ればマメが痛むし、そもそも小二の拳では殴られてもさほど痛くないだろう。むしろ俺の方が痛い。

俺は小汚い筆箱を開け、落書きだらけの十五cm定規を取り出した。

四人組がざわつき始める。


「な、なんだよそれ――」


俺は間髪入れずに、定規を叩き込む。


「えい!えい!えい!えいいいいい!!」


妙な掛け声と共に放った定規攻撃を、一木と田口の二人の急所に食い込ませる。

相手が子供とはいえ、初めて他人に暴力を振るったため、心臓はバクバクだったが、 一木の言葉が終わる前に、定規の「角」を奴らの側頭部や二の腕に叩き込んだ。 骨が表皮に近い神経が密集する場所、らしい。


「……う、うわあああああん!!」


予想だにしなかった反撃、そして定規の角という鋭利な痛みに、二人は一斉に泣き崩れた。 すると、地蔵のように動かなかった担任が、脱兎の如き速さで駆け寄ってくる。


(全く動かないからお地蔵さんかと思ってたぜ。流石に定規使ったのはまずかったかな。でもこちらも昂っていたし、、、)


泣き喚く二人と、唖然としている二人、脳内で言い訳を繰り返す俺。

担任は現場の惨状(定規を軽く突き立てただけ)を確認し、俺たちを見据えてこう言った。


「……これでおあいこだな」


意外な言葉だった。 一方的な説教が始まるかと思ったが、担任のその一言には「喧嘩両成敗」だという昭和・平成あるあるな思想が出ていた。まあ、いじめとかになっても面倒くさかったのかもしれない。

もしくは彼なりの不器用で、等価交換的な決着の付け方としてくれたのかな。

だが、そんなことよりも気になることがある。


(こいつら四人の中の一人だけ、首元が結構赤いな。ドス黒いとまではいかないが。)


四人の中のリーダー格で、いわゆるヒエラルキー上位の「一木」の首元は本来の皮膚の色よりも赤く染まっている。


(こいつは特に要注意だな。子供だからといって油断するのはやめよう。とはいえ、デポルっぽい奴が近くにいるというだけで、メラメラと殺意が湧いてくるな。)


ふと隣を見ると、吉田さんが驚いた顔でこちらを見ていた。 軽蔑されるかと思ったが、彼女は俺と目が合うと、机の影で小さく、一瞬だけ親指を立て、そのまま教室を出て行った。 血の滲んだマメをボーッと見つめながら、夏休みの計画を練る。

明日からは、午前中から夕方にかけて「図書館」に通えるように準備をしておこう。 十五歳までに司法試験合格。無謀な挑戦だとは思わない。人生のやり直しという、本来なら絶対にありえないことが俺に起きている。時間は有限な筈なのに、七歳からやり直せている。このやり直しの人生も時間も無駄にしなければ、俺が成し遂げたいことは絶対にできるはずだ。

そのためには、この長期休み、必ず意味のあるものにしよう。

固い決意を胸に、膨大な夏休みの宿題をカバンに詰め込んだ。

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