そして再び
どうしてこうなったのか
そのときそう思った。
目に焼き付くように、闇夜に燃える炎を見ている少年がいる。
視線の先には少年が訪れていた村があった。家屋は焼け落ちており、辺りを覆うように黒い煙が空に向かい伸びている。
数刻前まで静かに寝静まっていた村に火が付いた。
盗賊か?いや、違う。
炎の中に動く物体がいる。炎の中から逃げるように飛び出してきたそれは、赤黒く焼け爛れたものを掴んでいた。魔物だ。村の誰かが魔物の襲来に気づき、追い払おうとして火を使ったのだろう。それがまさか村全体を覆う様な事になったということは…火が身体についた魔物が駆けまわったりしたのだろうか…
逆光でどんな魔物なのかわからない。目を凝らし、特徴がないかみる。巨体に岩のような四肢、頭のてっぺんにある一本つのは先が欠けていた。欠けた一本角…
そんなはずはない、そう思った。
少年が昼に倒したはずの魔物だった。
どうしてここにいるのだろう!あの時仕留めたはずなのに!
先生から教わったことを思い出す、「魔物は執念深い、だからこそ確実に殺しなさい」…私は殺せなかったのだろう。魔物は賢く、残虐な生き物だ。魔物が掴み食い千切っている赤黒く焼け爛れたもの…あれは村の人の身体の一部だったのだろうか。
焼けた匂いに鉄の臭いが混じる。酷い悪臭が向こうからする。手に持っていた肉塊を平らげ舐めとている魔物は茫然とした少年を見る。酷い悪臭の中でも嗅ぎ分けられたのか、あるいはその姿を覚えていたのか…焼け爛れ剥き出しになった口角を歪に上げ、ぎょろっとした瞳に復讐の念を宿す。そして少年に向かって魔物がその焼けた体で迫る。
少年は腰に下げた剣を抜かず、その様子を他人事のように見ていた。
私が、殺し損ね…この村に住む人たちは無残に殺されたのか。ならば、ここで私が死ぬことが、償いになるのだろうか…
魔物の拳が少年に迫り全てを諦めた瞬間、魔物との間に何かが滑り込むようにして入り込んできた。そして、目にもとまらぬ速さで振りあがっていた腕を切り裂き、魔物を蹴り飛ばした。
一瞬の出来事で、頭が追いつかない。私は、助かったのか?
「これは…ひどいね」
焼け落ちる村の崩壊の音の中に、からっとした女性の声が聞こえた。
目の前には見知らぬ女性がいる。小柄な背格好で村にいた女性たちのように一般的な茶色の髪の女性だ。手には短剣を携えている。
この人は村の住民なのだろうか?
否、少年は目の前の村の人間ではなかった。女性が振り返ったとき、首からぶら下げている指輪に目が行った。…幹のような柄の銀色の指輪、そして小さくも炎に照らされ金色の光線が映えるシトリンが付いている。
この女性は冒険者だ。
そう理解するとともに、
「君はここにいてね!」
そう話すと炎の中に飛び込んでいった。
先ほどとは茫違った理由で然としていると、炎の中から血を吐くような醜い呻き声が聞こえてくる。それと同時に「しぶとっ」「ぎゃっ火がつく!」「ちょっちょっと待って!」「ヘイ!パス!」…元気そうな女性の声が場に合わずに聞こえてきた。
そうして声は聞こえなくなった。辺りは静かで、村が焼け落ちていく音だけが聞こえてくる。
あの冒険者は大丈夫なのだろうか。あんな炎の中に飛び込んで、無傷では済まされない。魔物は倒せたのか?
そう考え、安否の心配をしていると、勢いよく炎の中からその冒険者が飛び出してきた。屈みこみ、せき込みながらも煤で汚れた頬を裾で拭い、少年を目にするとにかっと笑った。
いきなり現れて、場違いな雰囲気を醸し出すこの冒険者がとても苦手だと少年は思った。
この人は何なのだろうか。そう考えていたのが伝わったのか、余裕がなくいつものポーカーフェイスが出来ていなかったのか、はっと気がついたように慌ててその冒険者が口を開く。
「私!えっと、ジルって言います」
怪我してますねーそう言って、少年の近くまで駆け寄り少し離れた場所に座らせ怪我の手当てを始めていった。
命を助けてもらって、怪我の手当てもしてくれたのに、未だに一言も話していないことに少年は気がついた。
「…ありがとうございます」
足に包帯を巻いている冒険者に礼を言うと、どういたしましてと返され、また無言が続いた。
傷の手当が終わると冒険者は、
「私以外の人も来るから、それまで一緒にいよっか」
よいしょっそう言って少年の傍に座る。
燃える村を二人で眺める。これは傍から見てどうなのだろうか。そんなことを考える気力もなく、少年はじっとする。
ジルと名乗った女性は、こちらを頻りに気にしており、声を掛けようとしている様子だ。次第にその様子に苛立ってくる。なんなのだこの人は。
「あなたはどこから来たんですか。」
少し会話をしたら満足して黙るのだろうか?
自分の命を助けてくれた相手に静かにしてほしいとは言いづらく、適当に話をふる。すると、戸惑っていた様子の女性は嬉しそうに顔を緩めて話をする。燃え続ける村を見つめながらの会話は、意外な事に途切れる事はなかった。ひとつひとつ、相手のことが分かっていく。国境の村から来たこと、弟がいて目に入れても痛くないとこのと、冒険者には5年前になったこと、家族のこと、村のこと…ここには村からの要請があり来たこと、村人は皆助からず少年だけが生存者であること…
そのことを聞き、たまらず膝を抱え俯く。冒険者が慌てたような様子だが、そんなことに構っていられない。自分のわがままでここまで来て、魔物を倒したつもりでいた。けれども、こうして魔物は復讐をしに村まで降り、この惨劇だ。護衛の騎士も、村人たちも皆死んでしまった。
なんて罪深いことをしてしまったのだろうか。
深く、耐え難い後悔と悲しみが圧し掛かる。いっそあの時死んでしまった方が、よかったのではないのか?
そう考えてた時、傍らで何らかの決意を決めた冒険者が少年に覆いかぶさるように肩を抱きしめてきた。
少年は驚いた。こんな風に誰かに近づかれたことはない。まして女性なら尚更のことだった。
恥ずべき行為と思い、その抱きしめてくる腕を振りほどこうとするが、思いのほか冒険者は強くほどけず、びくともしなかった。
なんなんだ…と思っていると、先ほどとは打って変わって静かな声色で話しかけてきた。
「君がなにに対して責任を感じているのかは、私にはわからないけれど…君は悲しんだり、後悔したりしている暇はないよ。君はこれから頑張らないといけない。たった一人の生き残りなんだ、周囲の人はそれを憐れんでくれるだろうけれど、皆がそうである訳ではない。悪意を持って君を傷つける輩もいるはずだよ。そういう状況で君は生きていくんだ。君は今、悲しんだり後悔しているね。その気持ちは大切だけど、いつまでもそうだと君自身がだめになっちゃうよ」
かっと身体中が熱くなる。
「じゃあ、どうすれば、いいと言うんですか。こんなことになったのは、私の所為なんです。あなたには助けていただきましたが、関係ないでしょう。」
ぽっとでてきたこの人は、何を言っているのだろう。少なくとも自分の心配をしてくれてるのだろうが、いい迷惑だ。相手を責めるように話してしまう。
それでも、言葉は続く。
「そうだね、私は君の人生の登場人物のモブみたいなもんだよ…それでも心配なんだよ。君が今回のことで押しつぶされることがあったらと考えると…魔物はいつだって恐ろしいことをしてくるよ。私はね、これは君の所為であったとしても、魔物の所為でもあると思うよ」
私のことを静かな翡翠色の瞳が見つめる。
「君が全てのことに責任を感じなくてもいいんだ。けれど、このことで君が悩んだり、後悔することがこの先あったとしたら…そんなときは思い出してほしい。どこかにいる私は君を許すことを。君が悲しんで後悔していたことを知っているから許すことを」
偉そうに話して、本当に自分勝手で腹立たしい人だ。…もぶってなんだ?
そうして話し終えたとき、後ろの方から人の声が聞こえる。振り返れば自分たちを見つけたのか、駆け寄ってくる。
「おーきたきた。よかったね君!転移魔術使える奴がいるから、ここから避難してね。」
本当にころころと雰囲気が変わる人だ。
あんな話をした手前、どう言葉かけたらいいのかわからず、お礼だけを伝え、別れた。
家に帰るとまず、父上に殴られた。今回のことは自分の責任だと。
そして、屋敷でひそひそと聞こえる。私を気遣う言葉とともに、冷めた言葉が耳を掠める。
あぁ、これがあの冒険者が話していたことか。
すとんと腑に落ちる感覚がする。そして自分の罪の深さを感じた。自分の行ったことへの責任、そして罪。償っても償いきれない事実が重くのしかかてくる。けれどもそれと同時に思い出す。「私は許すよ」というあの冒険者の言葉を。
もうあのころのような失態は犯さない。そう誓い、騎士に就いた。
部屋の窓辺に立ち、夜空を見上げる。5年前もなんとなく誰もいないところで夜空が見たくて、密かに村から一人出て行って丘から夜空を眺めていた。街の喧騒から離れた住宅街は静かで辺りは暗く、街灯のみが石畳を照らしている。
あの時見上げた夜空とは違う。あの夜空は、散りばめられた星々が一筋の川のようにどこかへ流れるような様は美しかった。
あの頃は、将来どうなるのかが不安だった。次男である私は当主になることは早々ない。今もそうであるように兄上は優秀な跡取りだった。こんな愚弟にも優しく接して下さる。両親はそんな兄上のみを見ていた。それを羨ましく思っていたが兄上のことを妬ましく思うことはなかった。そのことがより自分のことを焦らせたのだ。どうすれば、父上や母上は私のことを見てくれるのだろうと。頭は秀でているわけでもなく、剣の腕前も兄上には及ばなかった。私は焦っていた。
そして、ある日噂を聞く。なんでも辺境の村の子どもが銀等級であるエルダーウルフを一人で討伐し、最年少で冒険者になったと。
そんなことがあるのかと初めは疑っていたが、もし本当だとしたら。私も冒険者になれるほどの証があれば、両親は自分のことを見れくれるのではないのかと。
結局は上手くいかなかったがな。
あの頃を思い出すのと同時に、冒険者の女性を思い出す。
変な女性だった。
けれども、今思い返せば、見ず知らずの私を励ましてくれていた。そして私が後悔することを分かった上であのようなことを話したのだろう。
「許す、か」
「私は君を許す」…その言葉は大して思い出すことはなかった。数回思い出したことがあっただけ。けれどもその言葉が、優しい声色で頭の中で繰り返された。
あの女性は今なにをしているのだろ。冒険者なのだ、生きているのだろうか。
どうしてあの女性に会いたいと思うのだろ。会えたとしても何も話すことはないのに。
考えることをやめ、床に就く。明日はギルドに赴く要件がある。あの元騎士団長のところに行くのだ。今は寡黙なギルドマスターであるが、騎士団長時代は相当なものだったらしい。噂では恐ろしい方だが、今はどうなのだろう。そんな方に明日伝える用件のことを考えため息が出る。
悩む騎士をよそに、夜は更けていった。




