第三十話 覚えている女
それから数か月が経った。
同じ国から、再び使者がやって来た。
前回とは違い、使者の手には最初から分厚い資料が抱えられている。
「今回は、こちらを」
澪が受け取る。
地図。
街道の利用状況。
港までの距離。
現在の通行税。
希望する領地の範囲。
その代わりに提示する交易条件まで、細かく書かれていた。
澪は一枚ずつ目を通していく。
友政が横から覗き込んだ。
「めっちゃ持ってきたな」
使者が少し緊張した顔で答える。
「今回は、すべて最初から申し上げます」
澪が顔を上げた。
「どうぞ」
使者は一度息を整えた。
「我が国は、この街道沿いの土地を望んでおります」
地図の一点を指す。
前回、澪が当主へ突きつけた場所だった。
「理由は、港への道を確保するためです」
「はい」
「さらに、通行税の一部を我が国へ移したい」
「はい」
「その代わり、港での交易税を一部引き下げる用意があります」
澪はもう一度資料を見る。
欲しいもの。
その理由。
こちらへ渡せるもの。
全部、書いてある。
「今回は全部持参しております」
使者が慎重に言った。
澪は頷く。
「よろしい」
友政が吹き出した。
「教育されてるやん」
使者が何とも言えない顔をする。
「友政」
「だって前と全然ちゃうやん」
「最初からこう言ってくれればいいのに」
澪は資料を広げた。
嘘をつかれたことは、忘れていない。
だからといって、いつまでも同じ場所で止まるつもりもなかった。
正直に条件を持ってきたのなら、正直に交渉する。
それだけだ。
「じゃあまず、領地をそのまま渡す案はなしで」
使者の顔が固まる。
「……やはり難しいでしょうか」
「土地は渡さない。でも街道の利用権なら話せます」
澪は地図の上を指でなぞった。
「通行税を全部持っていかれるのは困るので、分配にしましょう」
「分配」
「あと港への道を使う代わりに、そちら側の街道整備費も負担してください」
使者は慌てて筆を取る。
友政が隣で笑った。
「始まったな」
「何が」
「金の話」
「大事でしょ」
「はいはい」
交渉は、その日だけでは終わらなかった。
だが、前回とは違った。
欲しいものを隠さない。
条件を誤魔化さない。
互いに損と得を並べて話す。
それだけで、話はずっと早かった。
帰り際。
使者が深く頭を下げる。
「今後も、必要なことは最初から申し上げます」
澪は少しだけ笑った。
「その方が助かります」
使者が去ったあと、友政が言った。
「やっぱ覚えてたんやな」
「何を?」
「前のこと」
澪は当然のように答えた。
「忘れるわけないじゃん」
「怖」
「何で」
友政は笑って首を振った。
後世に残された外交文書には、こんな一文が記されている。
『藤本は欺けば怒らず。ただし忘れず。
故に二度欺くこと、最も危うし』




