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『約束を守っていただけなのに、なぜか天下が近づいてきました。』〜和議の娘と、遅刻魔の韋駄天〜  作者: 藤乃澪
第三章 偽報の火種

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第三十一話 多々見友政、女に囲まれる

会談を終えたあと、澪は庭先で出された茶を飲んでいた。


交渉も終わった。


資料もまとめた。


あとは帰るだけ。


そう思っていたのだが。


「多々見様」


少し離れた場所から、若い女の声が聞こえた。


澪が何となくそちらを見る。


友政が、三人ほどの若い女性に囲まれていた。


一人はこの城の侍女らしい。


もう一人は家臣の娘だろうか。


残る一人は、友政の腰にある弓を見ながら目を輝かせている。


「弓がお上手だと伺いました」


「まあ、それなりに」


「よろしければ今度、教えていただけませんか?」


「今度?」


友政が困ったように笑う。


別の女がすぐに口を挟んだ。


「城下もまだご覧になっていないでしょう? 私がご案内いたします」


「いや、俺らもう帰るけど」


「では次にいらした時に」


「次……」


友政の視線が一瞬、こちらへ向いた。


澪と目が合う。


助けを求めているようにも見えたが、澪は茶を一口飲んだ。


本人がどうにかするだろう。


その隣で、侍女が小さく笑った。


「気になりません?」


「何が?」


「多々見様ですよ」


澪はもう一度庭を見る。


まだ囲まれている。


「人気ですね」


「そうではなくて」


侍女は少し困ったように笑った。


「他の女性に囲まれていて、気にならないのですか?」


「別に」


澪は即答した。


「本人がどうにかするでしょ」


「……そうですか」


「はい」


侍女は澪と友政を交互に見た。


何か言いたそうな顔をしている。


澪は首を傾げた。


「何ですか?」


「いえ」


侍女は笑みを深くした。


「何でもありません」


庭の向こうでは、友政がまだ捕まっていた。


「では次に来られた時はぜひ」


「いや、約束はせんけど」


「弓だけでも」


「それも俺じゃなくても教えられるやろ」


珍しく歯切れが悪い。


澪はその様子を見ながら、少しだけ笑った。


大名が何を欲しがっているか。


家臣が何に不満を持っているか。


商人がどこで利益を得ようとしているか。


そういうことなら、澪はよく分かった。


言葉の裏を見ることも。


誰かの沈黙から意図を読むことも。


けれど。


「澪」


友政が女性たちの間から抜け出し、こちらへ歩いてきた。


「帰るで」


「もういいの?」


「何が」


「弓教えてって」


「断った」


「城下案内は?」


「それも断った」


「もったいない」


友政が足を止めた。


「……何が?」


「せっかく案内してくれるって言ってたのに」


友政はしばらく澪の顔を見た。


「お前、ほんまに何とも思わんの?」


「何を?」


「……いや」


友政は大きく息を吐いた。


「もうええわ」


「何なの」


「何でもない」


さっきの侍女と、まったく同じことを言った。


澪は不思議そうに首を傾げた。


大名の本音も。


家臣の不満も。


戦を始めようとする嘘も。


澪は見抜く。


けれど、自分に向けられた好意だけは。


なぜか、いつまで経っても見抜けなかった。

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