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『約束を守っていただけなのに、なぜか天下が近づいてきました。』〜和議の娘と、遅刻魔の韋駄天〜  作者: 藤乃澪
第三章 偽報の火種

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第二十八話 私は嘘をつく人とは組めません

当主の顔から笑みが消えても、澪は同盟を破棄しなかった。


それを意外に思ったのか、相手が探るように口を開く。


「……では、この件は水に流していただけると?」


「いいえ」


澪は即答した。


「信用度が下がりました」


広間が静かになる。


友政が後ろで、わずかに顔を上げた。


当主は眉をひそめる。


「信用度、とは」


「そのままです」


澪は机の上に置かれた報告書を整えた。


「今までなら、そちらから“南国が兵を集めている”と報せが来たら、少なくとも事実として受け取ってから考えました」


一枚目の報告。


城下に集まった人足。


二枚目。


商人たちが見た物資の動き。


三枚目。


静かなままだった国境。


「でも、もうできません」


当主の表情が硬くなる。


「これからそちらから来た情報は、全部別のところから確認します」


「我らの言葉を信じぬと?」


「一度、戦を始めさせるために嘘を混ぜられたので」


澪の声は変わらない。


怒鳴りもしない。


机を叩きもしない。


それがかえって、広間の空気を冷たくした。


「ただし」


澪は続ける。


「同盟は切りません」


今度は当主の方が驚いた。


「……なぜだ」


「まだ実害が出てないからです」


「我らは貴国を謀ったのだぞ」


「はい」


「それでも?」


「私が確認したから、兵は出なかった」


もし確かめずに動いていたなら。


兵が国境を越えたかもしれない。


南国も軍を出したかもしれない。


誰かが死んだかもしれない。


田畑が荒れ、道が焼け、商人が逃げたかもしれない。


だが、それは起きなかった。


「起きてない被害まで足して報復する気はありません」


澪は淡々と言った。


「腹が立つことと、国を動かすことは別なので」


友政が小さく息を吐いた。


当主は黙っている。


「ただ」


澪はそこで初めて、相手をまっすぐ見た。


「次、また同じことをしたら」


声の調子は変わらない。


「今回のことも一緒に考えます」


「……今回のことも?」


「一回目は、間違いだった可能性があります」


澪は指を一本立てた。


「二回目なら、“そういうやり方をする国なんだ”って判断します」


二本目の指を立てる。


「そうなったら、同盟を続けるかどうかも含めて考えます」


当主の喉がわずかに動いた。


「脅しか」


「説明です」


澪は首を傾げた。


「次に何をしたら、どうなるか。先に伝えてるだけです」


返す言葉がなかった。


しばらくの沈黙のあと、澪は報告書をまとめて立ち上がった。


「領地の話なら、普通に交渉してください」


「嘘じゃなくて、条件を持ってきてください」


当主は答えなかった。


澪は一礼し、そのまま広間を出た。


廊下まで来たところで、後ろを歩いていた友政が口を開く。


「お前さ」


「なに」


「怒鳴らん方が怖いな」


澪は振り返った。


「怒鳴って何か変わる?」


「いや、変わらんけど」


「じゃあいらないじゃん」


友政は少し黙ったあと、肩をすくめた。


「……相手、めっちゃ怯えてたで」


「嘘つかなきゃいいだけでしょ」


澪はそう言って歩き出す。


友政はその背中を見ながら、小さく呟いた。


「それが一番怖いんやって」

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