第二十八話 私は嘘をつく人とは組めません
当主の顔から笑みが消えても、澪は同盟を破棄しなかった。
それを意外に思ったのか、相手が探るように口を開く。
「……では、この件は水に流していただけると?」
「いいえ」
澪は即答した。
「信用度が下がりました」
広間が静かになる。
友政が後ろで、わずかに顔を上げた。
当主は眉をひそめる。
「信用度、とは」
「そのままです」
澪は机の上に置かれた報告書を整えた。
「今までなら、そちらから“南国が兵を集めている”と報せが来たら、少なくとも事実として受け取ってから考えました」
一枚目の報告。
城下に集まった人足。
二枚目。
商人たちが見た物資の動き。
三枚目。
静かなままだった国境。
「でも、もうできません」
当主の表情が硬くなる。
「これからそちらから来た情報は、全部別のところから確認します」
「我らの言葉を信じぬと?」
「一度、戦を始めさせるために嘘を混ぜられたので」
澪の声は変わらない。
怒鳴りもしない。
机を叩きもしない。
それがかえって、広間の空気を冷たくした。
「ただし」
澪は続ける。
「同盟は切りません」
今度は当主の方が驚いた。
「……なぜだ」
「まだ実害が出てないからです」
「我らは貴国を謀ったのだぞ」
「はい」
「それでも?」
「私が確認したから、兵は出なかった」
もし確かめずに動いていたなら。
兵が国境を越えたかもしれない。
南国も軍を出したかもしれない。
誰かが死んだかもしれない。
田畑が荒れ、道が焼け、商人が逃げたかもしれない。
だが、それは起きなかった。
「起きてない被害まで足して報復する気はありません」
澪は淡々と言った。
「腹が立つことと、国を動かすことは別なので」
友政が小さく息を吐いた。
当主は黙っている。
「ただ」
澪はそこで初めて、相手をまっすぐ見た。
「次、また同じことをしたら」
声の調子は変わらない。
「今回のことも一緒に考えます」
「……今回のことも?」
「一回目は、間違いだった可能性があります」
澪は指を一本立てた。
「二回目なら、“そういうやり方をする国なんだ”って判断します」
二本目の指を立てる。
「そうなったら、同盟を続けるかどうかも含めて考えます」
当主の喉がわずかに動いた。
「脅しか」
「説明です」
澪は首を傾げた。
「次に何をしたら、どうなるか。先に伝えてるだけです」
返す言葉がなかった。
しばらくの沈黙のあと、澪は報告書をまとめて立ち上がった。
「領地の話なら、普通に交渉してください」
「嘘じゃなくて、条件を持ってきてください」
当主は答えなかった。
澪は一礼し、そのまま広間を出た。
廊下まで来たところで、後ろを歩いていた友政が口を開く。
「お前さ」
「なに」
「怒鳴らん方が怖いな」
澪は振り返った。
「怒鳴って何か変わる?」
「いや、変わらんけど」
「じゃあいらないじゃん」
友政は少し黙ったあと、肩をすくめた。
「……相手、めっちゃ怯えてたで」
「嘘つかなきゃいいだけでしょ」
澪はそう言って歩き出す。
友政はその背中を見ながら、小さく呟いた。
「それが一番怖いんやって」




