第二十七話 領地が欲しいならそう言えばいい
使者を寄越した国の城で、澪は当主と向かい合っていた。
友政は少し後ろに座っている。
机の上には、南国について集めた三つの報告と、一枚の地図。
当主は穏やかな笑みを浮かべた。
「南国の脅威について、ご理解いただけたかな」
「いえ」
澪は即答した。
笑みが、わずかに止まる。
「南国に侵攻の意思はありません」
澪は一枚目の報告を開いた。
「城下で集められていた人の多くは、人足でした。城壁と街道の修繕」
二枚目。
「商人の話でも、木材や縄は動いてる。でも武器が大量に売れた形跡はない」
三枚目。
「国境の兵も増えてない」
当主は黙って聞いている。
「つまり、“人を集めている”は本当。でも、“二千の兵を集めて侵攻準備をしている”は違う」
「……そう見えるだけかもしれぬ」
「なら、もう一個聞きます」
澪は地図を広げた。
南国との境。
その少し手前にある、細長い土地。
そこを指先でなぞる。
「ここ、欲しいんですよね?」
当主の目が動いた。
友政も地図を見る。
「ここ何があるん?」
「街道」
澪は答えた。
さらに指を滑らせる。
「この道を通れば港まで早い。それに、ここを押さえれば通行税も取れる」
その土地自体は、広くない。
肥沃な田が広がっているわけでもない。
大きな城があるわけでもない。
けれど、人と物が通る。
それだけで、価値は変わる。
「南国と戦になれば、この辺りは最初に揉めます」
澪は当主を見る。
「私たちも出兵すれば、勝った後に領地の分配を要求できる」
当主の笑みが、少しずつ消えていった。
「……何が言いたい」
「この土地が欲しいなら、そう言えばいいってことです」
広間が静まり返る。
友政だけが、澪の横で小さく息を吐いた。
また言った。
そんな顔だった。
澪は構わず続ける。
「領地が欲しい。港への道が欲しい。通行税が欲しい」
「それなら交渉できます」
当主の眉が動く。
「でも」
澪は、三つの報告を地図の上へ置いた。
「嘘ついて、私に戦を始めさせようとする人とは組めない」
「戦とは、そのような綺麗事だけでは――」
「綺麗事じゃないです」
澪は遮った。
「戦を始めるなら、人が死にます」
「田畑も荒れる。商人も逃げる。城も道も壊れる」
「その損を全部払ってでも欲しい土地なのか、まず計算してください」
当主は何も言わなかった。
澪は少しだけ身を乗り出す。
「欲しいものがあるなら、交渉すればいいんですよ」
「嘘つくより、その方が安いです」
しばらくして。
当主の顔から、完全に笑みが消えた。




