第十一話 雑談は情報です
澪が友政へ託したのは、敵方の南部を預かる家臣への書状だった。
その男は、敵方当主の長男と折り合いが悪い。
けれど澪が求めたのは、寝返りではなかった。
「寝返ってほしいわけじゃないの」
「ほな、何を頼むん?」
「中立でいてほしい」
友政が眉をひそめる。
「それだけ?」
「それだけ」
澪は地図の南側を指した。
「この人が預かってる兵は二百。二百が動かなければ、八百が六百になる」
「まだ倍やで」
「次がある」
澪はさらに別の場所へ指を滑らせた。
そこは、以前の和議で何度か立ち寄った村だった。
敵軍が進軍するなら、兵糧を集める場所になる。
「この村にも頼む。越境してきた兵には米を出さないでって」
「……お前、どんだけ喋ってんの?」
「え?」
「誰と誰が仲悪いとか、どこの村が兵糧出すとか。普通そんなん覚えとる?」
澪は少し考えてから笑った。
「雑談って大事だよ」
「雑談?」
「正式な話し合いより、本音が出るから」
酒の席で漏れた愚痴。
帰り際の何気ない一言。
家族の話。
土地の話。
その時は何の役にも立たないように見えた話が、今になって全部つながっていた。
友政は呆れたように息を吐く。
「怖いな、お前」
「失礼だな」
澪は書状を差し出した。
「これ、日が落ちるまでにお願い」
友政が受け取る。
「今から?」
「今から」
「……走れば間に合う」
澪がぴたりと止まった。
「その考え方をやめろって言ってるの」
「間に合えばええやろ」
「よくない!」
しばらく睨み合ったあと、澪は干し飯を包んで友政へ押しつけた。
「途中で倒れないでよ」
「誰に言うとんねん」
友政は笑って、それを懐へ入れた。
そして次の瞬間には、もう走り出していた。
八百対三百。
その差を埋めるために必要だったのは、新しい策ではない。
澪がこれまで人と話し、覚え、積み重ねてきたものだった




