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第14話

冷たいコンクリートの床に、革靴の足音が規則正しく響き渡る。


俺は感情をフラットに保ったまま、闇の深部へと足を踏み入れていた。


「今日の昼間も、余計な業務が発生してしまいました」


誰に言うでもなく呟き、俺はネクタイの結び目を少しだけ緩めた。


昼間、愛海のダンジョン探索に「授業参観」として同行した際のことだ。娘が圧倒的な魔法で周囲を驚愕させる中、死角から上位の魔物が奇襲をかけてきた。


俺は咄嗟に胸ポケットの事務用品を引き抜き、迫る脅威を瞬殺した。ただのボールペンによる一撃。だが、その光景を見たプロの探索者たちは、娘以上のバケモノを見るような目で俺に平伏してしまった。


「お、恐れ入りました……!」


そんな過剰な敬意を向けられても困る。俺はただの会社員であり、娘の保護者に過ぎないのだから。


だが、その圧倒的な力を見せつけてもなお、裏社会の連中は諦めが悪い。


愛海の才能に目をつけた悪徳ギルドや海外の組織が、彼女を拉致しようと暗躍を始めているという情報が入っていた。


有給休暇は無限ではない。これ以上、娘の護衛のために休みを消費すれば、仕事に支障が出る。


何より、週末の家族旅行という大切な予定が脅かされる。


俺は静かな怒りを胸に秘め、深夜の「残業」を決行したのだ。


かつてのように、自分の手の届かないところで大切なものを失ってしまうことだけは、絶対に避けなければならない。


俺は完璧な父親でありたい。そのためなら、どんな手段でも使う。


だからこそ、愛海が寝静まった深夜に単身アジトを強襲している。


廊下の先から、武装した手下たちが殺到してきた。


「おい、あいつだ! 殺せ!」


飛んでくる魔法や凶器。俺はビジネスバッグを盾にするまでもなく、手元の書類を処分する時のように指先を動かした。


オフィスで日常的に行っている、高速裁断の動作。


それが空間断裂のスキルとして発現し、手下たちの武器や防具が、寸分違わぬ均等なサイズに細断されていく。


「な、なんだこれは……!」


「ひぃっ、バケモノだ!」


俺は淡々と歩みを止めず、立ちはだかる障害を「不要な書類」として処理していく。圧倒的な暴力と会社員仕込みの事務処理能力で、娘の日常を脅かす裏社会の脅威を一晩で完全解体する。


◆ーーーー◆


アジトの最奥、モニタールーム。


氷川透は、壁一面に並んだ監視モニターを前に、銀縁眼鏡の奥で目を剥いていた。


「馬鹿な……赤城がやられただけでなく、数十人の武装メンバーが、ただの会社員に……!」


氷川は冷徹なインテリヤクザ風の男だが、想定外の化け物の襲来に完全にパニックを起こしていた。


画面の中では、くたびれたスーツ姿の男が、まるで散歩でもしているかのような足取りで、次々と手下たちを無力化していく。


どんな魔法も、どんな凶器も、あの男には一切通用しない。


黒崎の強引なやり方に内心不満を持っていた彼は、いずれ組織を乗っ取ろうと企んでいた。


だが、そんな野望も今となっては無意味だ。


このままでは、自分もあのバケモノの「処理対象」にされてしまう。


「私はここで死ぬわけにはいかない……!」


氷川は黒崎に報告することなく、自分だけ助かろうと裏口からの逃亡を図った。


◆ーーーー◆


裏口の重い鉄扉を開け、夜の路地裏へ飛び出した氷川。


冷たい夜風が頬を撫でる。


「ハァ、ハァ……助かった……」


しかし、その安堵は一瞬で打ち砕かれた。


「お疲れ様です。どちらへ行かれるんですか?」


暗がりから、静かな声が響いた。


「ヒッ……!」


逃げ出した氷川の先回りをしていた誠だった。


「き、貴様……!」


氷川は懐から拳銃を取り出し、誠に向けて発砲した。


銃声が路地裏に響き渡る。


しかし、放たれた銃弾は、誠の指先が軽く弾いただけで、空中で真っ二つに割れて地面に落ちた。


「な、なんだと……!」


「夜分遅くに大きな音を立てるのは、近所迷惑ですよ」


誠は淡々と告げ、一歩距離を詰めた。


「ま、待て! 私じゃない、黒崎が勝手にやったことだ! 金ならいくらでも払う!」


氷川は必死に命乞いをする。


「申し訳ありませんが、弊社ではそういった裏取引は受け付けておりません」


俺は冷徹に告げ、ビジネスバッグを振り抜いた。


「物理的説得」の前に、氷川はあえなく沈み、白目を剥いて気絶する。


氷川を無力化し、残るは元凶である黒崎巌のみ。


俺は最奥の部屋へと向かう。


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